≪1-04≫
お茶会の日は早々にやってきた。
初夏の強い日差しを遮るパラソルのほかに、日よけの白い幕も張られた小川の流れる涼しげな庭園でお茶会は行われた。
わたくしは夏にぴったりな薄いブルーのオーガンジーを何枚も重ねた涼しげなノースリーブのドレスをきて伯爵家の玄関口で馬車を降りた。
邸宅の規模は侯爵家の我が屋敷のほうが大きくはあるが騎士の訓練場もあることから敷地は広大で、門を潜ってから玄関口までちょっとした距離があった。
そういえば、わたくしは他家のお茶会は王宮のを除けばひさしぶりです。
3歳でからかわれてからは、自家で行われるもの以外は出たことが無かったのよね。
・・・・・・・・・大丈夫よね?
馬車を降りてお母様に手を引かれてその後ろをお兄様がついてくる。
お茶会の会場の入口には主催者の伯爵子息のサイラス様と新妻のキャサリン様が仲良く出迎えてくれた。
入口でお母様とサイラス様たちへ一通りの社交辞令のご挨拶のあと中に促された。
勿論、わたくしも招待客としてきちんとご挨拶させていただきましたわ。
この日までおさらいと言うことで、マナーを重点的に学びましたもの!
お兄様は挨拶が終わると顔見知りだったようでサイラス様にオスカー様の居場所を聞いて、そちらへ向っていきました。
お兄様とは朝久しぶりに、本当に本当にほんっっっっっとうに久しぶりに挨拶だけを交わしました。
心構えは出来ていましたが、挨拶の後お兄様は視線をそらされて、顔をこちらに向けることも極力しないようにしていて馬車の中では外ばかりを眺めていました。
お母様は、わたくしと一緒のお茶会がよほど嬉しいのかお兄様の様子に気づいた様子はありませんでしたからよかったです。
わたくしも嬉しそうなお母様の話し相手になって笑顔で過ごすことが出来ましたしね。
わたくしはお母様と一緒に示された席に座り、同席したお母様のお友達のオルグレン伯爵夫人たちと愉しく歓談していました。
なるべく心の平静を保ったまま。
これは物語の知識を思い出してから得たことですが、シルヴィアの瞳は感情によって変化することが多いようです。
普段は綺麗な深い青で嬉しいと薄い水色から黄緑色、心浮き立つほど嬉しいとき例えるなら、物語では夜会で王太子殿下とダンスを踊っているときはキラキラと黄色に瞳が煌いていたと一文があったから、よっぽど嬉しいと黄色になるらしい。あと、嫉妬に怒り狂ったときは炎のようなオレンジとあって、断罪されるような絶望したときは暗闇のような濃紺とあった。
だから、なるべく感情の機微を表に出さないように気をつけておけば瞳色を青に保てるんじゃないのかなと思うんですよね。
たぶん、今更だけどこれ以上瞳色で気色悪いなんて言われないようにしたい。
王城と同じことがあったらわたくしのメンタルがこれ以上はもちません。
と、思っていたのですがね。
「シルヴィア様って、瞳色が変わるって本当ですの」
「それって、おかしくないですか?」
「ありえない、そんなのでまかせだろう」
「わたくし王宮で見ましたもの」
「僕も見ましたよ」
所謂、宴も盛り頃お手洗いに席を立ち、戻る途中の廊下で数名の同年代の子供たちに囲まれましたわ。
前回もですが・・・わたくしはお手洗いに立つと何かあるのかしら、なんだかいやだわ。
今回もいくら子供が少ないとはいえいないわけでないし、伯爵家の次男のクライヴ様とオスカー様はまだ婚約者がいませんから、ここぞとばかりに連れて来ますよね。
それにしてもなぜ、わたくしはそんなに悪意たっぷりに囲まれて、口撃を受けなければいけないのでしょうか?
攻略対象者でもなければ、我が家のお茶会に招いたこともないような見知らぬ方々。
所謂、モブ?取り巻き?ガヤ?太鼓持ち?
そんなど~でもいい人に何言われてもいいんですけどねぇ・・・
正直、鬱陶しいですわ。
この方たちは、わたくしの将来を左右することはない。断罪に関係する、攻略対象でもヒロインでもない、恐れることは何もない。だって、囲んでる皆さんの家格は、我が筆頭貴族レーヌ侯爵家より格下。ましてや、現宰相のお父様に敵うのは、王様ぐらいですもの。
塞いでいる道を開けてもらいましょう。
「・・・それがどうかしまして?貴方たちは、わたくしが誰か知ってのことですの」
必死に頑張ってつんと澄まして、その顔をそれぞれ見ながら言えば男の子たちはちょっと怯みます。
家格については男の子の方が重要視していますものね。お父様にわたくしが言いつけでもすれば、未来はお先真っ暗です、そのまま黙ってもらいましょうか。
そして鬱陶しいので、速やかに開放して欲しいですわ。
「まぁ、そんな怖い顔で睨まないでくださいませ。折角シルヴィア様と仲良くなってあげようとしていますのに・・・」
しかしながら女の子の方は、同性の家格については重要でないのですよね。
まったく、お家でどんな教育されているのやら…
言ってることがおかしいですわ。
睨んでないし、仲良くしていただく必要もないのに、
たかが伯爵家如きが、侯爵家の令嬢に『してあげよう』だなんて、聞いて呆れますわ。
「そうですわ、そんなだから王太子殿下の婚約者候補から外されたのですわ」
あら、そうなんですね。
外れたのですか!うれしい!!!
そういえば、ゲームのシルヴィアは王宮お茶会でフェリクス殿下に出会ってから、お父様にお強請りして婚約者になったのですよね。
そうか、わたくしはまだきちんと殿下に出会ってないし、このまま他の方が婚約者になって下されば、悪役令嬢としてお役ごめんでモブとして過ごすことが出来ますわ。
普通に攻略対象者の妹モブ!
うん、すごくいい配役じゃない!
それがいい、それで行こう!
「まあ、そうですか。で、どなたが王太子殿下のご婚約者になられますの」
その新しい婚約者様、心から応援しますわ。
わたくしの満面の笑みが気に食わないのか取り囲む令嬢たちは急に憤りだした。
「カトリーヌ様ですわ!オズボーン侯爵家の!!
シルヴィア様と違って、王太子殿下だけでなく、隣国の王太子妃にと乞われるほどの方ですわ!」
「令嬢の鑑と言われる方ですもの。それこそ、レーヌ侯爵嫡子のアレックス様も婚約者候補ですわ」
「正式にまだ王家から婚約の打診はありませんが、わたくしたちはカトリーヌ様こそが、次代の王妃に相応しい方と思っておりますもの!」
まあ、それはそれは。
そういえば物語では、わたくしよりも2歳上のカトリーヌ様はお兄様の婚約者候補でした。
そうか、わたくしの次に家格と年齢的にカトリーヌ様が候補に挙がるのね。
つまり、この方々はカトリーヌ様の取巻きの皆様というわけですね…
まぁ、本人が居ないところでご苦労さまです。
わたくしは、ゲームのシルヴィアと違って殿下の婚約者になりたくありませんし、無害ですわ。
「・・・そういえば、もしもカトリーヌ様がアレックス様とご結婚されたらシルヴィア様のお姉様になるのではなくって」
「うふふ、そうなったら侯爵家を追い出されますわね」
「そうですわね、そんな気持ち悪い瞳色の妹なんて嫌ですものね」
1人が嫌らしく笑い言い出せば同調するようにせせら笑う
「おい、もうやめろ・・・」
「侯爵家の令嬢だぞ」
言い過ぎていると思ったのか男の子たちが窘めるけど、それが余計に火に油なんだな…
というか、それならはじめからこんなことするんじゃない!もう遅いですよ!!そんなことも気づかないような人たちなんて相手にしたくないです!!!
なのに・・・
「アレックス様も可哀想ですわ。こんな気味の悪い妹なんて一緒に何所も行きたくないですわね」
うっ!
「あ~ら、そういえばアレックス様とシルヴィア様が一緒にいるところあまり見ませんものね」
ぐっ!
「やはり、兄君にも嫌われるようではねぇ」
うふふっ、あははっと笑う声は可愛いけど、その話す内容は可愛くない
わかっているわよ!
嫌われているわよ!
避けられているわよ!
何なのこの人たち、わたくしに何の恨みがあってそんな事言われないといけないのよ!
なるべく相手にしないようにしていたのに、痛いところを突かれて思わず睨みつけてしまった。
わたくしが反応を示したのが嬉しいのか、さらに嫌らしく笑いだす令嬢たち。
この何も言わないで、くすくす笑う感じが一番嫌い。
集団にならないと、何も出来ないくせに!
「・・・話がそれだけでしたらわたくしは失礼しますわ」
こんな嫌らしい笑いしか出来ない人たちに反論してもしょうがないわ、時間の無駄。
早く此処から、立ち去るのが一番いい。
目尻に涙が浮かんできそうになりながら、それでも悔しいから絶対に気取られないように立ち去ろうと、踵を返した。
そして、進む先を見上げたそこに、お兄様とオスカー様、魔道士団長子息のブライアン様が酷く不快そうな顔でこちらを見ていた。
とくにお兄様はとても怖い顔をされていて、思わず顔が強張って固まってしまいました。
お兄様がこんなところにいるとは思わず吃驚して凝視してしまって、倒れたあの日以来久しぶりに目が合いました。まっすぐに此方を見てくれるお兄様に驚いてツイそらしてしまいました。
ああ、駄目よ!
お兄様を避けちゃ!!
駄目でしょワタシ!!!
わたくしの変化で、お兄様たちの存在に気がついたカトリーヌ様取り巻きご一行は、わたくし以上に吃驚していた。
「あっ、あの・・・わたくしたちは、べつに、いや、あのっ・・・」
いきなりあらわれたお兄様にみんなの動揺は大きい。
わたくしを取り囲んでいた人たちは、何を言っているのか分からないことをもごもごと口篭り、目をキョロキョロ彷徨わせている。
カツカツッと靴音を立てて、わたくしの横に来て肩に手が置かれた。
恐る恐る顔を上げるとお兄様が居た。
お兄様はわたくしの肩をぐっと引き寄せると、わたくしに向かって優しく笑ってくれた。
前世の記憶が戻ってから初めてです
お兄様がわたくしに、推しがわたくしに微笑んでくれました。
そのお兄様の微笑で我慢していた涙腺が崩壊して頬を涙が伝い落ちてしまった。
そのわたくしを見たお兄様は、腕に力を入れてお兄様の胸に顔を埋めるようにして、取り囲んでいた人たちから見えないように隠してくれた。
「君たちに僕は会った覚えがないが、君たちは僕の気持ちを代弁できるほど僕のことを知っているようだね」
取り囲んでいた人たちへ睨みながら言った。
その顔は見えませんが声はとても冷ややかです。
なんだか背筋がゾゾッとしました。
「・・・こんなに綺麗な瞳を持つ、宰相をしている侯爵家の、僕の大切な妹に、君たちは何を言ったのかな?
僕のことをよく知っている君たちのことは父上にしっかり報告しないといけないね。クロムウェル伯爵子息、ヴァリー伯爵令嬢、ペイリー子爵子息、コニック子爵令嬢、ギデンズ男爵令嬢」
取囲んだ人たちのお家の名前を次々言いあげます。
あら、わたくしは伯爵までしか分かりませんでしたがまさか、男爵令嬢が居ただなんて・・・
よく侯爵家のわたくしに、あんなこと言えましたね。
集団って怖い…
ああ、それよりもお兄様さっきなんて言いましたか?
もう一度言って欲しいです。
綺麗な瞳って聞こえたような・・・
その言葉だけでもういいです!
取巻き様ご一行はどうやらお兄様の言葉で正気になったらしく、いろいろ言い訳をしていますが、もう遅いです。
男の子は早くから気がついていましたが、わたくしを取り囲んだ時点でアウトです。
本来なら赦されることではありませんからね。
でも、できたらあまり大事にしたくないです。またこの瞳色のせいでお父様とお母様にこれ以上迷惑を掛けたくないと思うもの。もう、さっきのお兄様の一言で十分ですもの。こんな下っ端さんたちに何を言われても平気だわ。
お兄様の胸を手で押して、その懐から離れ、
取り囲んでいた人たちを未だ睨んでいたお兄様は、わたくしを心配そうに見ています。
「こんな者たちのためにお兄様の手を煩わせるつもりはございません。
もう二度とわたくしの前に姿を見せないでくださいまし。次、会ったときはレーヌ侯爵令嬢として容赦いたしませんわ!
さっさと、ここから去りなさい!!!」
先ほどまで取り囲んでいた人たちに向き直りなるべく、威圧的に高飛車にそれはもう悪役令嬢シルヴィア様降臨で言い放ってやりましたわ。
流石に侯爵家の名前を出され、ゲームでも見ていたようなシルヴィアの悪役令嬢ぶりで傲慢に言えば足早に去って行きました。
ふう。
読んで下さりありがとうございます
もう少し今日中に書きあげます
よろしくお願いします