《2-26》
楽しんで下さるとうれしいです。
「・・・お嬢様、お茶が入っ、り、ました。」
「あら?ありがとう。・・・っ!・・・・・・・・・マギー。」
冬の弱い光が差しこむドーム型の温室で花々を見ながらのお勉強会。
ときどき、かわいい妖精たちが先生にちょっかいをだしているが、髪を引っ張たり顔に熱風を当てたり足元に水をまいたりとかわいらしいものだから見て見ぬふりをする。
そしてちょうど区切りがいいところで休憩となったのだが・・・
見習いの馴れない手つきで出された紅茶を口に含むも、すぐにソーサに戻してしまった。
「ギルっ、このお茶はなんですか?渋過ぎ!香りも飛んでるし茶葉のおいしさも台無しよ!
ちゃんと手順通りにしたの?」
シルヴィアの声をうけて味見をしたマギーが、それを口に含んだとたん大きな瞳をキッと釣り上げ入れた新人を睨み付けた。睨んだと言っても子供の大きな瞳、そぐわないような厳しい叱咤の声を出した相手は見習い執事として就いたばかりのギル。
そう、ボブ爺の玄孫のギル、16歳。
つい最近まで侯爵領地の屋敷の外回りをボブ一族が一手に管理している、その一人として働いていた。そしてこの度ボブ爺に呼ばれてこの王都のレーヌ邸で働くことになったという。
あの庭のことは、ギルとの顔合わせとなる予定だったのだが、あんなことになり翌日改めて今度は、シルヴィアの部屋でとなった。
ちなみにシルヴィアの部屋で話すにあたり、風の妖精に遮音をおねがいした。意外な人物によってだけど・・・
「こんやっちゃあは、風の妖精の加護をもろうとるんよ。わしの子ぉらぁの中でも一番妖精に好かれとるけぇのぉ。他の子は祝福はあるがのぉ、加護をもろうとるんはこいつだけなんよのぉ。
あっこはのぉ、加護をもっとるもんしか入れん妖精の庭なんよのぉ。ほいじゃけ妖精の話をしよう思うたのにこんちゃぁがめいでのぉ。困ったもんでぇ。妖精もまぁお嬢ちゃんが来たもんじゃけぇ喜びよってわやくそやりよってのぉ・・・」
つまりは父である侯爵から、妖精のことを知っているボブ爺に妖精の事について話し合う、周辺に声が漏れない適切なところをと言われてあの庭に連れて行った。ところが妖精たちは大好きなシルヴィアが庭に現れたものだからもうそれはそれは喜んで、新たな妖精が誕生するほどで収集が付かなくなり、さらにはギルが乱入したことで妖精たちが暴走を始め、深窓の令嬢たるシルヴィアが倒れたということ。
部屋での話は、お父様とボブ爺、マーガレットで落ち着いて話が今度はできた。
話としては、妖精の事については他言無用。ここにいる人と家族以外で知っているものがいればすぐ言う様にと聞かれてジルベルト殿下とダリア王女殿下の前で披露したことがあると言ったときは、かなり、苦い顔をさせてしまった。それはなんとかすると言ってもらえた。
勿論、マギーは誰にも話さないし墓場まで持っていくというようなニュアンスのことを声高らかに宣言してお父様を感心させた。
いや、墓までの必要はないんだけどね。
「爺から話を聞く限りではシルヴィアはいくつかの属性の妖精の加護をもらったらしいが?」
「ええ、お父様。緑と風と火と水とあと光の妖精もです。」
「光の妖精・・・そこまでとは・・・、はあ、まぁ・・・」
あら?わたくしが指を折りながら数えて指が折れる度に顔色が悪くなるお父様?5本すべての指が折れた後の絶望したようなそれでいてほっとした顔、小さく闇の妖精・・・と聞こえたが、闇の妖精にはあったことがない。いるんだ・・・、って、思うこと自体危険な気がしてその後の思考を無理やり遮断した。
「それでだ、シルヴィア。妖精の知識はどのくらいあるんだ?」
「妖精さんは優しいけど子供の様に面白いことが大好き。だから、あまり無理なことを言わないほうがいい。あと、心で会話ができます。呼びかけたらすぐにたくさん集まってくださいますし、お願いってしたら叶えてくださいました。あっ、爺わたくし聞きたいことがありました。妖精さんにお礼をしたいのですがどうしたらいいですか?」
「んん~っ、お礼?そんなんいらんじゃろう。お嬢ちゃんがまた庭に出て妖精と笑って話しちゃらぁ、ええとおもうがのぉ。」
笑って妖精とお話?
「妖精の対価の話っちゅうんなら、いらんいらん。妖精を見ることができんもんと加護持ちとは根底から違うけぇのぉ。ましてや、お嬢ちゃんは愛し子じゃろう?そんな子から対価に何か貰おうとするような妖精は誰もおらん。ありがとうゆうて、にこにこ妖精と遊んどったらええ。」
そうなのか?
そして、ん?愛し子?
何、それ?
「ボブ爺、ちょっとまて、説明の順序ってものがあるだろうが?」
「ええじゃないかい。どうせ今から話すんじゃろうが?後も先もどっちでもええじゃろ?
お嬢ちゃんは、“妖精の愛し子”なんじゃよ。
王女様も同じように愛し子じゃったから、遺伝か?瞳と同じかのぉ?」
そう言ってフォッフォッて笑い出す爺と対象に、お父様は頭を抱えていた。
愛し子・・・って、そんなの設定にあったかしら?
ヒロインが聖魔法に目覚めてから聖女となったのはストーリーにあったけど、“妖精の愛し子”というのはなかったはず。憶えていないというには、ネーミングが印象深い、忘れるはずはないよね・・・。
それにシルヴィア・レーヌは、悪役令嬢という役柄そんな愛し子なんて、嫌われ役が愛しいなんて名をもらうとは思えない。何かの間違いじゃないかな?
嫌われるのがデフォルトの悪役令嬢、それが愛し子なんて・・・
どういうこと?
「あぁ~もう、だから爺は・・・。
ヴィー、よく聞きなさい。この国、いやこの世界の魔法の仕組みからおさらいをしよう。」
お父様の話は普通の魔法とは、というところから始まった。実際に魔法を使えるようになるのは12歳の誕生日の後。それまでは、親から基本知識を教わるだけ。
基本知識は、人の体には大きさは違えど魔力壺があり、その魔力壺には空気中にある魔素を空気と一緒に取り込むことで魔力をためることができる。そして取り込める魔素に属性がありそれは壺によって違う。魔力壺は遺伝するので、両親どちらかの属性を受け継ぐことになる。基本、属性は一つ。稀に両親両方の属性を受け継ぐが、本当に珍しいこと。
ただし12歳までは魔力壺に蓋をされている状態のため、属性や魔力の強さを知るのはそのあとになる。
そしてここからが、魔力壺を解放してから習う事柄なのだが、魔素とはつまり妖精がまき散らすあのキラキラらしい。蝶が飛んで散る鱗粉のようなもの。それを人は呼吸するとともに体の魔力壺に入れてから人が使える魔法に変化させていると言われている。魔力壺が体内にあると言ってもそれは比喩であり、実際に目にしたものはいない。体の目に見えない器官と言われている。
人は安易に妖精を見ることが出来ないが、稀に見ることができてさらには直接妖精の力を借りることができる人がいる。力を借りる、つまりは、妖精の魔力をそのまま使うことが出来る。体内に取り入れて変化させない分、強力な魔法が使える。しかも普通の魔法を打ち消すこともできる。
なにそれ、すごい。
普通は妖精の魔力の一部を体に取り入れて魔力にしているのだから、そのまんま、妖精の強力な魔力にはかなわないということ。
そして、妖精の魔法は祝福や加護を与えたものが使える。
ただし、祝福と加護はもちろん違う。祝福持ちは妖精の一部の魔法として使うことが出来るが、加護持ちは妖精に願えばほぼ使える。
そして、加護も祝福も通常は一つの属性の妖精にしかもらえない。
それ以上は、人には過ぎた力となるからだ。使いこなせない過ぎた力は人を壊す。体も思考もといわれている。
だがそれを覆す、妖精が吸い寄せられる人が存在する。
数十年、時によっては百年待っても生まれない、それが“妖精の愛し子”。
愛し子は、生まれた時から妖精がその周りをいつも飛んでいる。ただ幼いころにはその存在に気が付くことはなく、年を経て分別ついた頃その姿を目にとらえることができそれによって妖精が加護を与えることができるのだ。
妖精の愛し子は、普通とは違う姿を持っている。
妖精は綺麗なものを好む。
それも自然に由来した綺麗なもの。
光の当たる陽だまりのように温かい心。
水のように流れる美しい髪。
炎のように強く熱い心。
植物のようにしなやかな四肢。
そして、空にかかる虹のような瞳。
古い文献にもそう記されていた。
それは数百年たって生まれた曾祖母の王女様の誕生の時に、賢者からその瞳をみてその可能性を示唆された。
それは国にとって大きな吉兆でもあったが、同時に凶兆でもあった。
聖女は、魔力の遺伝によって変異した聖魔法だが10年20年のスパンであらわれる。
しかし、妖精すべてに愛される“妖精の愛し子”の誕生は、めったにない。実際に王女の誕生が数百年ぶりであった。伝説となりつつあった時に生まれた変化する虹色の瞳の持ち主。
その身を狙って、他国からの脅威にさらされた。誘拐未遂は日常茶飯事。国内貴族たちもその恩恵にあずかりたいと王女を唆し王位につけようとする動きもあった。
国外国内、王女を廻って内紛が起きる寸前までいったが、そのすべてを王女は抑え込み跳ねのけた。しかし王女がそのように成長するまでの数年間は、大変なのもだったと王城各部署にある、当時の記録にはその凄惨たる人々の恨み辛み、いや、詳しい内容が記されていた。
つまりは
シルヴィアのこの瞳を持って生まれたことで“妖精の愛し子”であることは間違いないとのこと。
そして、“妖精の愛し子”については古い記憶のものとして、人々の記憶から忘れ去られようとしていたのでしばらくはシルヴィアが“妖精の愛し子”であることは伏せていた。
「そして、ここからもっと大事なことだ。
今回、シルヴィアがフェリクス殿下と婚約を結んだが、もともとシルヴィアが“妖精の愛し子”であった場合は婚姻して王家の庇護のもとに入ることになっていたんだ。妖精たちからの加護を得るまで、筆頭候補として様子見をしていたんだがな。
もしも他国からシルヴィアの身を攫おうとするものが現れた場合、今のこの国で一番信頼できる婚家は王家で間違いないからな。もちろん、お父様たちがしっかり守ってあげるが、シルヴィアもいずれは結婚するんだから、今回の婚約騒ぎはいろいろ思うところがあるが、良かったと思っているぞ」
話の締めとばかりにお父様の爆弾は大きかった。
妖精の愛し子の身一つで戦争がおこるって・・・
しかも、それを守るために王族との結婚が必至。
ってことで、婚約解消の線は消えた・・・
「明日、陛下に報告をするつもりだ。」
「えっと、それって、つまり・・・わたくしと殿下の婚姻は・・・」
「揺るぎないものだ。」
・・・絶対。
そんな・・・
断罪されないようにとは思っていたけど、婚約が継続されてその後は思いもしていなかった。
なにしろ、ゲームで断罪されなくても婚約は破棄されるものだったから。
・・・・・・もしかして、王子は解消できないからそれで無理やり破棄したのかな?
いや、まず悪役令嬢が妖精の愛し子なんてどこにもでてきていないんだから、シナリオが変わっている?
それとも、もともとここは物語とは関係ないただの似た世界なの?
どっちにしても、私が王妃になるなんて・・・
「ありえねぇ・・・」
頭を抱えそうになる感情を隠していたそのとき部屋の隅から聞こえてきた声。
あっ、忘れてた。
「なぁ、俺のことわすれてたろう?
いつまで座ってないといけないんだよ」
部屋の隅で足を折り曲げふかふか絨毯に座った状態の男。
その姿、ザ・正座。
「うるさいのぉ、今大事な話をしとるんじゃぁ。だまっとれ」
その男の頭を押さえつける爺。
「爺ちゃん、俺もう謝ったじゃん」
爺の玄孫、ギル。こげ茶の短髪、細目で切れ長といえば良い方な細いグレーの瞳。特に特徴を見つけられない顔。強いて言うなら、都会の街中で見かけないよく日に焼けた顔色か?
モブ中のモブ。
美麗な見た目の乙女ゲームの名のある登場人物でないことは一目瞭然の、印象に残りにくい使用人その1といったところだろうか?ちなみ同じ使用人でも、サラは小説にちょこっとだけ名前が出るだけあって平均よりもかわいい方だと思う。
主要人物の見目が良すぎるだけだ。
そのギルが王都の侯爵邸で働くことになったらしい。
庭師のボブ爺一族は、殆どが庭師を縄張りとしている。我がレーヌ家だけでなく、他家やお城で働いていたりする。
がっ、本来庭師見習いの筈のギルの格好がおかしい。
パリッとした白シャツ、黒生地に同じく黒だが艶の入った絹糸でステッチが入ったウエストコート、同じく黒のトラウザーズには両足の外側に黒の艶のラインが入っている。
屋敷で見慣れている姿。
執事見習いの服装で、若い見習いたちと同じ格好でいる?
それを庭師の制服?であるツナギの作業着をきた爺が押さえつけている。押さえつけているその様子よりもツナギの柄が迷彩なのがすごく気になる?いつも庭で会ってるときは白シャツと綿のチノパンだったような・・・?いつから変わった?
「頼むよぉ、やだよぉ俺、執事なんてできねぇよぉ」
ギルは、爺たちと一緒にシルヴィアの部屋に入った途端、スライディング土下座で謝り倒された。
それにドン引きして、固まってしまったけどかろうじてひきつりながらも、忘れるからと言って許そうとした。
がっ、それを遮られて爺によって部屋の隅で正座をして話が終わるまで待つようにされたのだ。
「なんのためにお前を呼んだぁ思おとるんなぁ。大人しゅうしとれ。」
「い~や~だ~ぁ」
「ほじゃあ、帰れ。マシューにわしから連絡しといちゃるわぁ。今すぐ帰れ」
「・・・・・・・・・・・・じいちゃん」
部屋の隅で繰り広げられる攻防戦。爺の圧倒的優勢で話は交わされる。それに雇い主である侯爵は無言を通す。
と言うより、巻き込まれたくないと思っているに違いない。だって、私もそうだもの。目が合ったお父様が関わるなと警告している。
はい、素直に従い成り行きを見守ります。
「俺は、じいちゃんの弟子になるためにここに来たんだぜ。兄ちゃんたちだってあんなに羨ましそうにしてたんだ、帰るわけにはいかないじゃん。」
「知ったことかっ、わしのゆうことをきかんがんぼは、親の乳吸いにはよ帰れ。」
「じいちゃんの言うこと聞くから、少しでもいいから、じいちゃんの弟子にしてください!」
「ダメじゃ。早う帰れ」
「なんでも聞くからぁ~」
ふかふか絨毯に額を擦り付けて、本気土下座で泣きが入る。
やだなぁ、本当に泣いてる。涙だけじゃなく鼻水も出して・・・絨毯につけないでよ。
「しょうないのぉ。なら、お嬢ちゃんの執事としていっちょ前になったら、弟子にしたろう。」
「本当!」
暫く続いた攻防戦。
弟子にして、ダメじゃの繰り返しばかりで捻り変化球もなく、そろそろ飽きてきたなぁと思い始めたころボブ爺が折れた。
ん、折れたのか?
「真面目にお嬢ちゃんの専属執事をやり遂げたら、弟子にしてやってもええでぇ」
「やったぁ、ありがとう!俺、頑張るよ。」
あれ?結局、執事ということで落ち着いてない?
これは、爺が折れたと言うよりも。
「あぁ、ついでじゃ。ワシが昔教えた妖精魔法の使い方と注意を、お嬢ちゃんにおしえたりぃよ。お嬢ちゃんの近くじゃったら妖精がえっとみれるでぇ」
「何っ!そうか、そうだよな。愛し子だもんなぁ。わぁ、楽しみだぁ」
「まぁ、執事見習いからがんばりぃよ」
「うん、わかった!」
これは・・・丸め込まれた?
「お嬢様、よろしくなっ!」
いや、執事になるんだよね?
「こりゃっ!なんじゃその言葉は。ワシの弟子にはまだまだじゃの。仕方ないけぇ、執事長からしっかり基礎を習うんでぇ」
完全に丸め込まれてる。
一人前の執事なるには何年かかるのかなぁ
爺の言葉にワクワクした顔をしているギルに、執事が務まるのか不安がよぎる。
あれから5日。
見た目だけ立派な執事見習いギルは、幼いマギーにいつも叱られながら執事の仕事と、妖精魔法のことを教える教師をしている。
妖精魔法については、温室で授業を受けている。妖精があつまってるっていうのが一番の理由。
「やっぱ俺は、こっちが得意だわ。
んっん、お嬢様、今度はハーブティーを淹れました。」
そうして出された硝子のティーカップには、薄緑のきれいな液体から爽やかな薫り。
ミントを軸にブレンドしたハーブティー。
そのまわりをキラキラとした妖精たちが飛び交う。
あっ、これは間違いないやつだ。
「ギル!『淹れました』じゃないでしょ、『お淹れしました』言葉づかいもまだまだね。ボブ爺さんに毎日報告していますからね。」
マギーの指導の声を聴きながら、今日も平穏な日常を過ごす。
ギルの淹れたハーブティーは、程よい温度と爽やかな薫りと味。確かにさっきの紅茶に比べれば合格点をあげられる。
カップを口元で暫く香りを楽しみ、口に含む。
思わず綻ぶ口元が、ほっと体をあたたかく包む。ギルから教わる妖精魔法の休憩、この後ももう少し頑張ろう。
「あっ、そういえば、わすれてた。
執事長から明日は王妃教育で王城に上がるから伝えるように言われてたんだった。」
ぐっ!
呑み込む直前にギルから告げられた言葉で無作法にも噴出さなかったのを褒めてもらいたい。
明日?
明日って言った?
「それって、いつ言われたの?」
「えっと、3日前・・・」
なんと、3日も伝言を放置していたなんて・・・・・・
「ギル、貴方は執事失格よ!」
シルヴィアの声が響く温室。
その後、頭から水が降ってきて、泥を顔にぶつけられ、熱波を当てられよろけたところを転んだギルがシルヴィアに土下座で謝り倒してその日の授業は終わってしまった。
妖精たちの悪戯は、厳しいのだ。
読んで下さりありがとうございました。