《2-24》
視点が変わります。
マギーママ
↓
シルヴィアママ
↓
シルヴィア
よろしくお願いします
「わたくしの天使が、貴女を助けたのよ。
貴女が何故、あのような場所にいたのか教えてくださるかしら?」
美しく優しそうに見える笑みを浮かべながらその高貴な夫人からは、有無を言わせぬ圧を感じる。
それでも流浪してから初めて、喉のつかえがなく話せそうな気がする。
人生を終わらせる予定だった。
私がいることでたくさんの人に迷惑をかけ、不幸にさせる。
でも浅ましくも、やっぱり娘の成長を近くで見守りたい。そんな欲を持ってしまった。
そんなときに、
天使が、助けてくれた。
まだ生きてと言われた気がした。
でも、助けてくれたのは人の子だった。
それも、嘗てたくさんの迷惑をかけたリーリエ様の娘。
その人は、愛娘は天使だと言った。
私もあの意識が途絶えそうな中、見たのはやっぱり天使だと思う。
そして助けてくれた。
夢じゃない。
私の口から初めて、誰に言っても信じてもらえない事情を話すことがすんなりできた。
あれだけ、誰に話すのも躊躇って無理だからと諦めていたのに・・・
全てを聞き終えたリーリエ様は、娘の願いだからと念を押された上で手をさしのべてくれた。
白魚のように、細く透き通るような白さの美しい手。
私がその手を取っても良いのだろうか?
「─────」
リーリエ様が言った言葉。
私の全てを洗い流す言葉だった。
気がつくと、その嫋やかな手を崇めるように握り、額へ押し当てていた。
目からは止めどなく涙が流れた。
今、改めて思う。
ほんの少しだけ足掻いてみようと、まだ諦めるのは早い。生きて償おう。
私が役に立つのか分からないけど・・・
許されない罪の贖罪も、まだできていない。
もう、私は逃げない。
◇
「そうよ、正解。すごいわぁマギー、理解力がとても良いわ。
うふふっ、わたくしも教え甲斐がありますわ。」
「そんな、お嬢様の教え方が良いんです」
「あらあら、お仕事以外の時は、名前で呼んでねってお願いしたのもう忘れたの?
それともわたくしとお友達になるのはそんなに嫌なのかしら?」
「そんなっ、私ごときが・・・」
「駄目よ、そんなことを言わないで、わたくしが認めたマギーはごときなんかじゃないわ。」
「お嬢様・・・」
「ほら、また・・・。せっかく初めての女の子のお友達なのに、名前も呼んでくれないなんて・・・わたくし泣きそう・・・」
「そんなぁ~、泣かないでください。友達です!名前も呼びます!・・・あっ、の、シっ、シルヴィア様・・・」
「うふふっ、なあに、マギー?」
「もう、シルヴィア様ぁ~、うふふ。」
ガラス張りの半テラスのサロンから完全に外に出たテラスでクスクス笑い合うかわいらしい声が聞こえる。
天気がいいからと外でマギーのお勉強を見てあげるのと、張り切っていたかわいらしい娘は、楽しそうに屈託なく笑っている。瞳も新緑の明るい緑のように室内から見てもキラキラと瞬いている。
「奥様、お代わりはいかがでしょうか?」
「あら、フラン。もらうわ」
わたくしはサロンのゆったりとしたソファーに座り、愛らしい少女二人のやりとりを見て午後の時間を楽しんでいた。
そこに新しく入れなおしてきたポットを手に寄ってきたメイドは最近働き出したばかりのフランだった。
まだ不健康そうに見えるが、屋敷に来た時よりも幾分かふっくらしてきてもうじき年相応の健康的な姿になるだろう。
「・・・馴れてきたみたいね。
お茶の濃さも温度も丁度いいわ。流石、才女といわれたほどはあるわね。そこは変わらずにいてくれて、嬉しいわ。」
カップに注がれた紅茶を一口含み、その茶葉の特性をわかった入れ方に舌を巻く。
メイド長が教えたのは、たった一度。あれから練習をしていたのは知っていたが、もう完璧に習得している、その優秀さに昔を思いおこす。
流石かつて、わたくしのブラッドリーよりも、当時は王太子殿下で現在は国王よりも優秀な頭脳といわれた才女である。
尤も、その才女は名前をフリージアと言ったが、この新人メイドはフランと名乗っている。
野暮ったい眼鏡をかけ、斑なグレーの髪を纏めてメイドの印、カチューシャで押さえている。
才女と言われたフリージアは、もういない。
あの場所で一人寂しく亡くなり、朽ちていった。
遺体さえ確認出来ないのだ。
新たな名前、フランと名乗り生き直す。
髪も本人が希望して魔法で染めることにした。
名前も経歴も、宰相をしているレーヌ侯爵にかかれば新たに作ることは造作もない。ましてや、それが平民ならばなおのこと。
フリージア・カヴァナーの名は、わたくしたちの世代に、少々厄介で有名なのだ。善悪混ざりあった名。
学園始まっての才女。
それでありながら、王太子を始めとした高位貴族をたぶらかし、公爵子息を破滅に追いやった悪女。
そして、王妃様の悪評もセットに話される。
フリージアを苛め抜き、学園祭から追い出したと謂われ無き中傷を受けながら、毅然としていたレイチェル様。
今でこそ、亡き側妃の子供たちを我が子のように慈しむ聖母のような王妃といわれているけど、ご成婚当時は、学園の噂を引きずって、社交界の影では陰湿な口さがないことを言われていた。
それでも、時間をかけて現在は世継ぎの王子を生み、公務も外交にも定評がある立派な王妃と、尊敬の眼差しと称賛を貰うまでになった。その道のりはさぞかし大変だっただろう、苦労が忍ばれる。
だから、その頃を思い起こすような“フリージア・カヴァナー”というキーワードはなくさないといけない。
本人も了承したことで、今後はわたくしの目の届くところに置いておくことにした。
「奥様、あの、ありがとうございます。
マーガレットのことまでよくしていただき、なんと感謝していいのか・・・」
フランを見れば、光差すテラスで、明るく光を反射して輝くような笑顔の少女たちを眩しそうに見て、儚く微笑んでいる。
「感謝ならば、シルヴィアにすることね。あの子が願わなければ、わたくしたちは貴方を屋敷から追い出していたでしょう。いえ、この場に連れてくることすらしていないわ。
わたくしは理由もなくそんなに親切ではなくてよ。
前にも言ったけど、貴女やマーガレットがシルヴィアに悪影響を与えるとわかれば容赦なく追い出します。
感謝しているというのなら、シルヴィアに迷惑をかけることがないようにあの子の望みを叶えてあげて頂戴。」
屈託なく声をあげて笑うシルヴィア。
瞳のことを気にしている素振りがあり、俯くことが増えて気になっていたけど、いまのあの笑顔を見れるならフラン親子を雇い入れることなど安いもの。。
フランの娘ということで、悪いことばかり考えていたけど、杞憂にすみそうだわ。
今のところは・・・
マーガレットとこのまま身分の隔てのない友情を育んでくれるなら安心。
でも
そうならない、シルヴィアの妨げになるようなら容赦はしない。
愛しの娘は、この先たくさんの困難が待ち構えている。
それには、シルヴィアが誰の手も借りずに立ち向かわなければならない。
一人で苦しくて悲しくて悔しい思いもするだろう。
でも、あの子ならできると思うから
フェリクス殿下と支え合える、未来の王妃に・・・
だから、それ以外の煩わしさはすべて取り除いてあげたい。
だって、親ってそういうものですもの。
◇
よく晴れたテラスのテーブルに広がるのは、簡単な計算を書いた問題の紙。
日の高い午後の太陽は、魔石ライトよりも眩しい位。
「すごいわ。マギーって教えればすぐに理解できるのね。」
最初は、足し算と引き算からだったが、それはマギーの母親フランから習っていたらしくすぐに解いた。
そして、かけ算とわり算を教えたのだが、初めはなんども躓いたが一度理解すると間違えることはなかった。
ゲームで成績優秀なアレックスと競うほど頭がいいとあったものね。流石ヒロイン様だわ。
テーブルの上に出した新たな問題集に取り組みだしたマギーを眺めながらゲームの展開を思いだしていた。
最近、所々あやふやなところもあるが、目の前のマーガレットは“ヒロインのマーガレット”で間違えないだろう。
キーワードは、ゲームのヒロインのスチルと、人物背景がゲームよりも細かく書かれた小説の中にあった。
まずは、容姿的にピンクの髪とピンクの瞳。イラストでもそうだったが、ピンクといってもパステルやきついピンクでなく、ときどき金にも光るピンクゴールドと描写があった。『聖魔法の発動だった。一筋の光を受けマーガレットの髪は金にも輝き、聖女の名にふさわしい神々しい姿で人々の病を癒していった』この一文はマーガレットの聖魔法が初めて発動された時で、小説の挿絵もカラーで綺麗だったから覚えている。このページを何度眺めていたことか・・・
それに瞳も、フェリクス殿下がマーガレットを見つめたときに『君の瞳は不思議な色だな。まるで筆で刷いたような金の筋が見える。吸い込まれるようだ』と声優さんのイケボ付きのスチルがあった。もう、このスチルってば悶絶ものよ。マーガレットの両頬に手を添えて、真剣な目で覗き込むフェリクスと顔を赤らめながらもその真剣な目から視線が外せないマーガレットの見つめあう画。このスチルは、PCに取り込んで画像を鮮明に加工してコンビニのコピー機で印刷したのよね。そのためだけに、画像処理ソフトを購入したもんね。結構、PCソフトって値が張るのよね・・・高かった・・・
そんなことは今はいいのっ!
その描写のとおりであるマギー。さらに環境の改善で、痩せこけていた頬も少しふっくらしてきて顔色も良くなった。痩せていてもかわいらしいと思ってたけど、健康的になれば更に愛らしさが増して来るだろう。
次に幼少期に母親と死別しているということ。
これは、本当に間一髪だったと思う。
助けた母親フランは、臓腑が弱り切っていて暫くは食事さえもとることが難しかった。見てもらったお医者が言うには、いつ死んでもおかしくない状態だったといった。それが屋敷に連れてきて数日後、目が覚めたフランはおもったよりも回復していた。お父様とお母様が言うには、わたくしが妖精さんたちにお願いをしたから、守ってくれていたようだと教えてくれた。
あのまま、あの場所でマーガレットに出会わなければ、マーガレットはストーリー通りに母親を亡くして助けを求めた教会の人によって孤児院に保護されていたことだろう。マーガレットが母親から託された手紙には、マーガレットの保護を求めることが綴られていた。
あの時、マーガレットを見つけて本当によかった・・・
これで、母親と別れる悲しみを知ることなく、孤児院に身を寄せて肩身の狭い思いをすることもないもの。
って、
もしかして
これって、マーガレットの運命をわたくしが勝手に変えてしまったのではないかしら?
あの時は、家族と死に別れること以上の悲しみなんてないと思って他に何も見えていなかったけど
男爵家に引き取られて、貴族としての生活を潰してしまった。
学園に通って、殿下たちに出会う機会をなくしてた。
将来の選択をわたくしがレーヌ家のメイドにしてしまったせいで、できなくしてしまったのではないかしら?
気が付くと、サーっと血の気が引いてしまった。
そうか、ゲームのフラグを折るとかそんなことって小説ではよく見ていたけど、そこには誰かの運命を変えるということが付いてきていたのよね。
それが良いほうに動くならいいけど、破滅フラグを折った悪役令嬢だけが幸せになったとしたら、それは周りを不幸にするはた迷惑な行為ってこと。
今のマーガレットが不幸になったとは思えないけど、手に入れるはずだった幸せがあったのも確かだった。
「シルヴィア様、どうかされました?」
問題集を解いていたマーガレットが、黙り込んだわたくしに気づき声をかけてくれる。
それにわたくしは、何でもないわと言って間違えを指摘してあげる。再び問題に目を向けたマーガレットを見ながら少し恐ろしく思う。
勝手に運命を変えたわたくしを、この子はいつか恨むかしら?
この子は、自分が貴族の血を引いているって知っているのかしら?
もしも、裕福な暮らしがあるって知ったらどう思うかしら?
でも、母親のフランが何も言わないのにわたくしからは言えないわ・・・
男爵とフランについてちょっと調べてみる必要があるわね。
わたくしはお兄様と別れる未来さえ迎えなければ、他はいらないもの。
マーガレットがフェリクスルートを選択するなら、その時はなるべく早めに婚約を解消する必要があるわ。
ゲームや小説でも思っていたけど、本当にマーガレットは努力家で一生懸命でいい子なのよね。
屋敷の使用人たちにもすぐに馴染んで、メイド見習いとして簡単な仕事を午前中はして、午後はわたくしに付き合って一緒にお勉強をしている。笑顔を絶やさず、仕事も勉強も楽しそうにするマーガレットは誰からも好かれている。
この子を不幸にするつもりもないし、攻略対象はもとよりヒロインのもの。
選択から漏れたのならフェリクス殿下と一緒になれるかもしれないけど・・・
きっと、フェリクス殿下はマーガレットを好きになるわ。
だってこんなにかわいいんですもの。
その時わたくしは、絶対に悪役令嬢なんてなるものですか!
二人の仲を応援する一択よ!!!
読んで下さりありがとうございます。
評価、ブクマ、誤字脱字ありがとうございます。
間違いの指摘を貰いました。2章を再開するときに設定に差異がないか確認したのですが見落としがあったみたいです。髪色とか瞳色とかも設定を見ながらしているのですが、ごっちゃになってお見苦しいところが多々あるかと思いますがその時はどうか優しく指摘をお願いします。