《2-22》
またまた久しぶりですいません
〈親たちの因果編④〉
バターンッ!!!
「レイチェル、これはどういうことだ!」
午後の麗らかな日差しの中、サロンでは楽しくおしゃべりをしている紳士淑女が穏やかにすごしていた。
そこに場違いな怒号が響く。
この日はレイチェル様が主催されたお茶会でした。
ここ数年で貴族として叙爵された、新興貴族とよばれるの方々をお呼びしての会。その新興貴族とのつながりを持ちたい方もお呼びして、いい出会いの場になればとレイチェル様の提案でした。
婚約者のいない子息と令嬢の出会いの場を、古くから領地を持っている貴族はその特産品の販路開拓のため、商人から貴族になった新興貴族は新たに扱う商品を仕入れるため。令嬢同士の繋がりも大切だ。馴れないマナーに苦労している新興貴族令嬢を優しく導くその令嬢たちの様は、レイチェル様の目に止まり、城での女官に採用されるかも知れない期待を持たす。
各々が期待と野心を笑顔に隠して和やかに過ごしていたのだ。
そこへ大きな音をたてて硝子張りの扉を開き、ずかずかと入り込んだかと思えば、わたくしたちのテーブルへバンッと両手を叩きつけさらには怒鳴り散らしたのだ。
チェスター他、最近はフリージア取り巻きと呼ばれる2人の侯爵と男爵の子息たち。
取り巻きに隠れるようにフリージアがいる。
「いきなり何の話でしょうか?」
いきなり怒鳴りつけ目の前を大きな音と共に叩きつけらた掌。
それに対して、眉をひそめて不快そうに聞き返したレイチェル様の所作は美しかった。
例え眉を寄せたその顔であっても、怒鳴り声にも目の前を叩きつけられても、怯むことも動じることもなく冷静な声と態度で毅然と返すその姿は、まさしく王妃として度胸の据わった為政者らしかった。
不快を表した一拍あとには美しい水色の瞳を睫毛で伏せ、手元の扇を音もなく開きチェスターとの間に隔たりをつくる。
それは、チェスターの顔など見たくないというあらわれ。
義兄であるチェスターとは最近、話もしていないらしい。
本来なら跡取りとして領地経営を学ぶ義務があるのだが、チェスターは休日に公爵家に戻りもせずに遊び歩いているという。
ブラッドリーは休日も生徒会の仕事に追われていて、それを手伝うわたくしとの逢瀬はいつも生徒会室で話すことが最近は予算の進み具合。職場の上司と部下の様な会話しか最近はしていないわ。誰のせいだとおもっているのか、思い出したらムカムカしてきました。
義理とはいえ、ロックウェル公爵の兄妹の突然始まった騒ぎに、それまであった穏やかな空間は物音一つしない緊張感ある空間に変わったのです。
「これはなんだ!
義父上から手紙が届いた。俺が公爵の跡取りから外れて養子を弟に変更する?
どういうことだ!お前が何かしたのか!!!」
そう言って顔を真っ赤にして唾を飛ばして怒鳴り散らすチェスター。
おかげでテーブルの上にあるお菓子やお茶はもう手を付けることができなくなりましたわ。こんな男の吐き散らした唾が付いたかもしれないものなんて、この食器はもう使えないかもしれないですね。
折角、このお茶会の為にレイチェル様が新しく工房から購入したセットでしたのに・・・
その手にはクシャクシャに握りつぶされた手紙らしき、紙の束が握られていた。
それにしてもやっと、公爵様は決断されたのね。
以前は休みの日に公爵邸で領地経営を学ばなければいけないなんて言って、生徒会の仕事から逃げ回っていた癖に、フリージアが生徒会室に来るようになってからは、全く帰っていなかったよう。
学園でなにが起きているのか、公爵様が調べない筈はない。
どうも学園に入ったあたりから徐々に、化けの皮が剥がれていたようで、公爵様は訝しがっていたのだけど、出会った幼少の頃は素直な子だったからとそれでも信じていたい心がおありだったみたい。
わたくしのところにも、レイチェル様には内緒で調査の方がいらして、全てを話させて頂きましたわ。
勿論、今まで報告が出来なかったことは、直にお会いして公爵様に謝罪致しました。
その時の公爵様の苦り切った顔。レイチェル様の性格をわかっているから、わたくしが止められていて言いたくても言えなかったのだろうと、直ぐ様、悪かったと謝られる人を気遣ってくださるところは本当にそっくりな親子です。
チェスターについては、もっと詳細な調査をしてから早めに対処するからそれまで内密にと念をおされていました。勿論、ブラッドも同じくです。
わたくしはあれから、まだかまだかと待っていましたが、やっと、やっとすべてが整ったということなのですね。
うふふっ、チェスターの弟のロニー様は、レイチェル様と同じ年ですが、誕生日が2か月後のはずですから義弟になるのでしょうね。
チェスターの発言を聞いた、何人かの子息令嬢はざわついていた。次期公爵の交代がある意味、この場だけだが周知されたのだものね。誰につくべきか、流れを静かに見極めようとするものもいる。尤も、チェスターなんて公爵を名乗って、さらに次期王妃のレイチェル様の義兄というのがあっても、まともに付き合うには割りの合わない人柄ですけどね。その全てをなくしてしまった彼とは親しくしたいと思えるような性格ではない。
「レイチェル様を責めるのはやめてもらいましょうか?
貴方がロックウェル公爵に見放されたのは、自業自得です。あれだけ毎回、公爵家から帰って来るように言われていたにも関わらず、無視していたのですから然るべき結果です。」
落ち着いた声に振り向けば、レイチェル様の側にロニー様がいらしてチェスターに向き合う。
今回のお茶会に参加されていたのです。まさかこのような展開になるとはおもわなかったのですが、ロニー様が見識を広めるために参加させてほしいと人伝いに願い出たようでした。いま思い返すと、こうなることがわかっていたのかも?ロニー様は、チェスターと本当に兄弟なのかというほど頭が切れる方なのですね。チェスターのような横柄さもなく人を見下すような言動も見たことがありません。男爵家の生まれのせいかもしれませんが、他者を立て、自らは裏方のように常に気遣いのある行動をされています。けれどへりくだるような卑屈さはない、紳士然とした柔和なイメージの好感ある方。
勿論、成績もチェスターは学年下位ですが、ロニー様はギリギリと本人は言いますが、学年上位の成績者のクラスに在籍しています。同じクラスにレイチェル様も、シャーロットもいます。
何から何まで違いすぎる兄弟。
「なっ、それは、生徒会が・・・」
「調査をしてみて驚きましたよ。
放課後や休日には、特定の令嬢を追いかけまわすか、如何わしい店に入り浸り公爵家の名を使って借金をしていたそうですね。」
「しっ、知らん!そんなことはっ!」
「言い逃れはできません、すべて調査済みです。
それにレイチェル様への態度も公爵様はお怒りです。
明日の休日は両親も一緒に話し合う予定になっています。僕は貴方を逃がさないように連れてくるように言われていますから、公爵家から人を借りてきています。絶対に逃がしません。自らの行いの罰を受けてもらいます。
レイチェル様、・・・こんな兄を長年押し付けて申し訳ございませんでした。
僕なんかが何の役に立つかわかりませんが、兄が貴方に行ったこと僕が償わせてください。貴方に誠心誠意、仕えさせていただきます。どうか、側に置いてください。」
冷たくチェスターを一瞥すると、レイチェル様に向き合い真摯な態度で頭を下げた。
ロニーも入学してから何度もチェスターの態度も行動も良くないとチェスターを、実弟としてやんわりと注意をしてきた。そのたびに、『俺は公爵になる男だ』『男爵も継げないようなお前が口を利いていい相手ではない!』などと怒鳴り馬鹿にしていたのだ。わたくしもその姿を見たことがある。ロニーが気を使い人気が少ない場所で話をしようとしても、取り巻きを連れ大きな声で威嚇するようなことをすれば人は自然と集まる。態々そうして、ロニーを辱めていたようにも思える。時にはひどい言葉で生家の男爵家を蔑むことを言っていた。
それは公爵のものとして眉を顰められる行動だったが、本人は気が付かない。
レイチェル様のことと相まって、血を分けた親兄弟まで見下すようなその態度に、いつか罰が下ればいいと心の中でいつも怨嗟を呟いていたものだ。
そのツケがこれである。
「ロニー、頭を上げてください。親戚であってもあまり交流のなかった貴方ですが勤勉家なのは存じていましたよ。あの手紙が本当ならば、貴方もこれから公爵の名に恥じない行動をとってもらう様になります。まずは、人前で頭を下げるのはここの限りにしてください。そしてこれからは姉弟としてよろしくお願いします。仕えるなんて言わないで、対等に仲良くしましょ」
「レイチェル様・・・」
「うふふっ、私の方が誕生日は先でしたね。でしたらわたくしのことは、姉とお呼びになってくださいな。さあ」
「・・・あっ、あ、あの、・・・・・・姉、上・・・」
「はい、ロニー、何ですか?」
恥ずかしそうにレイチェル様に呼び掛けるロニー様は、真っ赤な顔ででも嬉しそうです。レイチェル様も優しい眼差しを向けて微笑みます。
義理の姉弟としてこれから関係を築くであろう2人はにっこりと微笑合い、穏やかな空気が流れた。
「そんなの、俺は認めん!!!」
そのほっこりとした空気を壊す大馬鹿者をすっかり忘れていた。
このままその辺の植木の様に忘れてしまえればよかったのに・・・
「だいたい!公爵の名に恥じぬ行動というが、レイチェル!貴様はどうなんだっ!!!
殿下に相手にされないからといつもいつも、フリージアに行っていた嫌がらせ!
そんな卑劣な女が、公爵の名に恥じないというのか!!!!!」
呆然として落ち込んでいたが、突然、最後の足掻きのように顔を真っ赤にしてレイチェル様に詰め寄ろうとしていた。
それを阻んだのは意外と言うべき人だった。
「レイチェル様がそんな馬鹿げたことをするものか!」
普段は無口でおとなしいイライアス様。彼が大きな声をあげ、レイチェル様の前にロニーと一緒に庇い出た。
彼は外交官のお父様をお持ちであるのだけど、外交官に致命的な口下手な方で、しかし黙々とする事務方の仕事は好きでいつもブラッドリーの補佐をしていた。将来的には宰相になるブラッドリーの補佐官に任命できたらと言っているくらいの優秀な方。先日からお父君に進路の話をされるために家に頻繁に帰られていたのです。イライアス様の横に座られていましたのは、最近婚約したばかりのマイラー様。実はブラッドリーの従妹にあたりますの。婚約して間もないお二人ですが、ゆっくりとお互いを知合うなどして信頼関係を築いている過程でした。イライアスは無口ですが、人に優しい方ですのでその優しく誠実な心ですぐにマイラー様の心を射止めることでしょう。
わたくしといえば、ブラッドリーは少し遅れて参加予定になっていたので今ここにはいない。それもこれも生徒会の仕事が滞っているせい・・・。
イチャイチャしているわけではないけど、目の前でもじもじとお互いに顔を赤くして照れ合っている初々しいお二人を見ていると、ブラッドリーが恋しいです。
その大人しく無口な方が反論するくらい決めつけた言い方をするチェスターがひどいと思ったのでしょうね。若しくは、婚約者の前でいい姿を見せようとしたとか?
そんなこと、今はどちらでも構わないわ。
勝手な言い分で自己弁護しようなんて、ゆるされない。それに、そんな道理の通らない子供のような責任をすりかえる言動は、責任ある高位貴族の子息として失格。公爵様に見限られてるのも当たり前。
「貴方の勝手な思い込みで、レイチェル様を貶めるのはやめろ。
今の君がこうなったのも自業自得。もっと勤勉に公爵家の未来を見据えた行動をとるべきだったんだ。」
「うっ、煩い!俺は選ばれた、公爵になるべき男なんだ。お前たちのような低能な奴等とは違う!
それにレイチェルの嫌がらせなら、ここにいるフリージアが証言するさ!なぁ・・・」
いやいや、被害者の証言だけで加害者を決めつけるなんてありえない。子供でも分かる常識というものよ。
人の意見も聞かない、ある意味本当に子供なのかもしれない。
こんな人がレイチェル様と縁をもって支えるべき公爵家の跡取りから外されてよかった。
残念な目を向ける中、チェスターは縋るようにフリージアを見たがそのフリージアは取り巻きの子息たちに守られたまま、冷めた目でチェスターを見下ろしていた。
そんな目を受けたチェスターは、やっと気が付いたようで、サロンのすべての子息令嬢だけでなく普段は無表情を貫かなくてはいけないはずのメイドたちも冷ややかにその様を見ていた。
「えっ、・・・あっれ?」
「チェスター様」
その状況が呑み込めないのか、視線を迷わせるだけだったチェスターにフリージアが硬い声で話し始めた。
「チェスター様はもう公爵家の人じゃないんですよね。もう、なんの力もないんですよね。気に入らないからと家を潰される心配もないんですよね。褒めるところもないのに優しい言葉を言かけることも触りたくもないその腕に手を絡ませる必要もないんですよね。私の親しい人を脅したり傷つけられたり、没落させられるようなことはもうできないんですよね。
ああ、よかったぁ。これで解放される・・・」
サロン中のみんなが見ている前で心底嬉しそうに安堵の声を上げる。目の端には涙まで滲んでいた。
「・・・フリージアさん・・・どういうことなの?」
「私、この男に脅されていたんです」
唖然として思わず呟いたわたくしの声を正確に拾い上げたフリージアさんは、はっきりとそう告げた。
親の因果終わりません、まだ続きます
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