《2-21》
お待たせしました(待ってくださっていたらうれしいです)
〈親たちの因果編③〉
おもいのほか長くなってます。
もう一話親の因果編続きます。
「はぁぁぁぁぁ」
思わず漏れた大きな溜息。
淑女の鑑と後輩からだけでなく、年が上のご令嬢方からも尊敬の目で見られているわたくしとしたことがはしたない。
すぐに手で口元を押さえたが、きっとすでに遅し。あんな隠しようもない、特大溜息、丸聞こえである。
「クスクス、どうしたリーリ?そんなに悩ましい声を出して。
気にしなくてもいいよ。ここには僕らしかいないのだから、言ってごらんよ。」
すぐ横から聞こえる笑い声。わたくしの未来の旦那様、ブラッドリー。今日も短い栗色の髪をさらりと流した爽やかで美しい愛しい男。その目の前には、大量の未裁決の書類の束。また彼の側で補佐しているわたくしの机にも手にも同じく書類がある。しかし、大変なその作業も二人で長く一緒にいられるなら苦にならない。きっとブラッドもそう思っているはず。
「はぁ、そうね。ありがとうブラッド。・・・貴方に言っても仕方がないことはわかっているけどね、わかってはいるのよ、でもね、でも、わたくしにはなにも出来ないのがもどかしくて・・・」
あれから1ヶ月がたった。
そして、現在生徒会室にはブラッドが言った通り、わたくしとブラッド2人きり。今の生徒会はブラッドがいるからこそ機能しているぎりぎりを保っている状態だった。助けになるイライアス様は家の都合で生徒会に顔を出す頻度が減ってきている。
あれから二人の関係はよくなるどころか、悪くなる一方のような気がする。
あのあと追いついた、レイチェル様はわたくしの胸に縋りついて声を押し殺して涙を流していた。声を上げずにただハラハラと流す涙にどれほど、殿下の言葉に傷ついたか偲ばれた。わたくしもただただ黙って細い背中を上下に手のひらで優しくなでていた。
一頻り泣いた後、顔を上げたレイチェル様はまだ元気がなかったが何か踏ん切りがついたのかわたくしにこう言った。
『申し訳ないのだけど、しばらくはお手伝いに行くのをやめます。今のわたくしと殿下では少し距離を置くことも大切かもしれません。』
そう言ったあと寂しそうに微笑まれたあの顔に、なにもしてあげることができないわたくしの無力さを感じた。
翌日、わたくしは殿下とブラッドリーにそれを伝え、了承を得た。チェスターが相変わらず文句を言っていたが殿下が善しとし、一睨みしたことそれはそのまま決定となった。
そしてフリージアは変わらず、頼んでもいない手伝いと称して日参しては殿下との距離を縮めていたように見えていた。
シャーロットにはレイチェル様の傍にいつもいてもらうようにしてほしかったから、こちらもお手伝いを休んでもらった。
おかげで生徒会の仕事は滞っている。各部署から出された書類の精査、采配、予算の決済が進まずこれから先の行事への進行も手つかずのまま。
現在は急ぎのものをブラッドリーが淡々とさばいている。わたくしもその助手としてできる限りの手伝いをする。
本来するべき会長のアイザック殿下に至っては、あの翌日から生徒会室に顔を覗かせて、すぐにフリージアと連れ立ってどこかに出ていく。
噂では街へ出かけているとか・・・
噂だ。
噂だけど、実際に二人でラフな私服に着替えて、殿下は少し変装して学校の門をくぐるのを見た。・・・レイチェル様と一緒に。
その時に何も言わず、表情も変えずただそこに立っている樹木を見るような何の興味もない、いや、そこにいると認識さえもしていないような顔をしてレイチェル様は離れていった。
レイチェル様は生徒会の手伝いがなくなると、王妃教育のために放課後は毎日王城に通う。入学したときに週に1度で良いように調整してもらっていたが、レイチェル様から進めてほしいと願い出たと聞いた。たまに王妃様に着いて公務もしているとも。まだ殿下との未来を諦めたわけでないと思うけど、思いたいけど、あの何も感じていない顔に何故だかひどく焦りが生まれた。
レイチェル様と殿下のご結婚は決定事項よ。
今更、どんなに間になにが誰が入り込もうとしてもそれは変わらない。変わらないはずなのに・・・
不安で仕方がなかった。
それでも、学園で会えばわたくしに笑顔で駆け寄ってくるのは変わらず、いつも傍にいて支えてあげたくなる。
何があってもわたくしは味方です。
そう、傍でいつもいつも伝えていた。
「気持ちはわかるが、あの二人は長い付き合いだ。こちらが思っているよりお互いをわかっているさ。」
「でも・・・」
「それに見えているものが全てではない。」
支えてあげたい、そう思っていても王妃になるであろう教育も重圧もかなり大きいだろう。せめて2人が支え合っていればこちらがこんなに心配なんてしないのに・・・
「そうですが、実際にこの目で見てしまうと・・・」
「何かあったのか?」
ブラッドの言うこともわかるけど、最近のお二人の拗れ具合はひどすぎる。事情を知らないであろうブラッドはわたくしの顔から何かを察したようだ。
「実は、今日のお昼に・・・」
わたくしとブラッドはお昼を食堂のテラスでとったあと別行動をとった。そのあとにあったことなのだが・・・
◇
食堂から、お昼のあとはシャーロットと何人かの令嬢たちとカフェにいると聞いていたのでそちらに顔をのぞかせようと移動をしていた。その途中、白いパラソル、白いガーデンテーブルセットのおかれた中庭を通った。
「一体、どれだけの人に媚びを売るつもりですか!!!」
中庭にできた人だかり。
大きな金切り声が響いた。
そちらに注視してみれば、そこにはフリージアと数人の男子生徒たちとがパラソルの下に座り、その周りを女生徒5人が取り囲んでいた。
「誤解だ、マリア。僕らはテスト勉強に付き合ってくれたフリージアにお礼でランチをしていただけだ。やましいことなんてない」
そう言って取り囲む女生徒に弱り切った顔で話すのはエイムズ伯爵の子息だ。そしてよく見れば女生徒の先頭にいるのはエイムズ様の婚約者の令嬢のようだ。
近づいてみれば、テーブルには所狭しとサンドイッチや唐揚げやフルーツなどが入ったランチボックスが並んでいた。
「やましいことはない?あなたはそうでもこの女はどうかしら?この女は日替わりで、高位貴族の子息やお金持ちの跡取りなんかとベタベタしているんですものね。
そんな汚らわしい女と一緒にいて、あなたの評判がどれほど落ちているのかわかっていますの!」
「違うわ!
私は、勉強を教えてほしいと言われたから一緒に、」
「一体何のお勉強されていたのかしらねぇ」
「本当にねぇ」
「おい、失礼だぞ。本当にテストのための対策をしていたんだよ」
「こんな阿婆擦れに何を教わるというのよ」
「学年一位だぞ」
「どうせ体でもつかってるのよ」
エイムズ様とフリージアの弁解も、婚約者の女生徒だけでなく周りにいる女生徒も信じることもなくそこからはひどい罵り合いが始まった。
その大きな声にまばらだった中庭の人も集まりだす。
このままではいけないと、止めに入ろうかと前の人をかき分けていた時だった。
「いったい何の騒ぎなの。」
大きくはないけど静かで愛らしく、そして威厳もある声が汚い言葉の応戦を割って入る。
そしてモーゼのように人垣がわれて、レイチェル様がそこに姿を現した。
騒ぎを起こしている面々の顔を一人一人確認していく。その時、フリージア様の顔を他よりも長く見ていたのは、気のせいではないと思う。
そして厳しい顔を騒ぎの中心エイムズ様とその婚約者様の二人に向ける。
「このような寛ぎの時間に、何を大きな声を出しているのですか?
ブリュー様?令嬢としてはしたなくてよ。エイムズ様?女性に声を張り上げるなど紳士のすることではありません。他の方々も、止めるならまだしも一緒になって・・・、とてもこのクオーツ学園の生徒のなさることとは思えないわ。」
「ですが、レイチェル様!」
レイチェル様の苦言にエイムズ様の婚約者のブリュー様は顔を背けてとても悔しそうな顔をされています。
「ブリュー様、言いたいことはたくさんあるでしょうが、このような人の多いところでされるのはどうかと思いますわ。お二人は幼少から仲の睦まじい婚約者なのですから、しっかり話し合えばきちんと分かり合えるはずです。
ねっ、ここはわたくしの顔を立ててどこか場所を変えてお二人でお話をされてください。」
先ほどまでの厳しい顔とは違いブリュー様をやさしく見詰め、困った顔でほほ笑むレイチェル様。さっきまでの威厳のある姿も気高く美しいのだけど、この困った顔も見てしまうと同世代の令嬢たちは何も言えなくなる。時には頼りがいのある王家の血筋の高位貴族の令嬢であり、時には周りを頼るような甘えたような困った笑みを浮かべるかわいらしい妹のように思える令嬢。
アイザック殿下の婚約者となってから、レイチェル様の人脈つくりは、本当に舌を巻くほどで、伯爵以上の令嬢たちのほとんどがレイチェル様を次期王妃として認めている。それほどに社交に力を入れている方なのだから。
この顔をされてお願いと言われて無下にできる令嬢は少ない。
「・・・・・・レイチェル様が、そう、おっしゃるなら・・・」
渋々と従うブリュー様。
その回りの令嬢たちも、それに無言で従う。
「エイムズ様、まだ休憩の時間はありますわ。どうぞブリュー様と話し合いをされてください。大切なかたなのでしょう?」
さらにエイムズ様にも声をかけて周りを見ると大きくないがよく通る声で忠告をする。
「さあ、皆様ももう解散されてください。あとは当人たちのことです。周りがとやかく言うことではありません。」
そう言って促すと、集まっていた生徒はバラバラと去っていく。その中にエイムズ様とブリュー様もレイチェル様に目礼をしてからどこかへ去っていった。
気がつけば、中庭にはレイチェル様とシャーロット、わたくしと、そしてフリージアだけが残った。
「・・・あの」
「フリージア様も、今回のことよく考えてください。」
あの時別れてから、フリージアとレイチェル様はまともに顔を合わせるのは初めてではないだろうか。
気まずい空気が流れた。
その中おずおずと口を開いたフリージアだったがそれと一瞬遅れてレイチェル様の毅然とした声で忠告がとぶ。
「はっ?」
それに対してフリージアの答えは、令嬢としてどうなのかというような間抜けな声が出た。
「以前から言っておりましたでしょ?貴女は男性との距離が近すぎます。折角、良かれとしたことが誤解を生んで今日のようなことがまたこの先も起きないとはいえません。だから・・・」
「わかっています!でも、それじゃあ・・・」
「・・・・」
レイチェル様の声にフリージアの悲痛そうな声が今度はかぶる。
「時間がないんです!だから・・・、迷惑はかけません、だからっ!」
「レイチェル!騒ぎを起こしていたのはお前なのか!!!」
必死に願うようにレイチェル様の手を取ってフリージア様だったが、そこへ入り込んできた第三者の声。
アイザック殿下は護衛騎士と年若い侍従見習の生徒を引き連れてこちらへ足早でやってくると、レイチェル様とフリージアを引き剥がし、その間に体を入り込ませた。
「またフリージアに何を言っていた!
前から言っているだろフリージアとは何もないと、いい加減にしろ。これ以上、酷くなるようなら・・・」
「どうされますか?」
その姿はどう見てもアイザック殿下がフリージアを庇い、レイチェル様を責めているようにしか見えなかった。それは向き合っているレイチェル様も同じに感じたのだろう。
その姿を見てスッと表情をなくして小さくつぶやく。それでもレイチェル様の瞳の力は強さがあった。アイザック殿下が何を言っても受け止めるそんな強さがあった。
その瞳を見た殿下は言葉に詰まり、その続きを言うことができない。
「殿下!理由も聞かずにこのようなことを言うのはどうかとおもいます。」
「フリージアがほかの生徒と揉めていたのをレイチェル様が収めたのですよ。」
殿下の一方的な言い方に、そして小さくなってしまったレイチェル様に思わす口出しをしてしまった。
シャーロットも同じく入ったにもかかわらず、殿下はフリージアに視線を向け、小さくフリージアが本当よとつぶやいてやっと信じたようだ。それでも両者の立ち位置は変わらずでアイザック殿下も動こうとしない。
「・・・どうせ・・・だわ。」
徐々に顔から表情が抜け落ちていくレイチェル様の声は誰の耳にも届かない。何を言ったのか聞き取れないが、レイチェル様の様子に心が痛くなる。
「・・・まあ、それなら、いい。」
しばらくの時間、誰も何も言わず気まずさからアイザック殿下が小さくつぶやき、フイッと足を校舎に向けて行ってしまった。
そのあとはフリージア様も続いて行った。その時に何度もこちらを何かを言いたげに見ていたが、結局何も言わずに行ってしまった。
中庭に残ったのは3人だけ。でも少し離れたところに人がいないわけではない。きっとあの子たちは声は聞こえないまでも最近、何かと話題になっているのだからきっとこのことがまた噂される。
最近の噂は酷い。
レイチェル様がフリージアをいじめているというもの。
どこから広まったのか、生徒会室でフリージアにレイチェル様がお茶をかけたというものから、フリージアの持ち物が隠されたり壊されたり、中には噴水の中に落とされていたフリージアの鞄はレイチェル様の仕業と言われ。それはすべて身に覚えのないこと。確かに生徒会室でのお茶は制服に掛かったけど、それはレイチェル様のせいではない!
なのにまるでレイチェル様が頭から引っ掻けたような言われ方をされている。
何もしていないのに・・・
ずっと以前に、異性との距離について注意をしただけ。
だというのに、それさえも突き飛ばし怒鳴ったと広まっている始末。
社交界でも小さなことが大きく広がることがあるが、ここまで一人に集中して広がるのはちょっと不自然だった。誰かが故意に流していないとそうはならないと思う。
「さあ、わたくしたちも行きましょう。リーリエ様もご迷惑をおかけいたしました。」
そう言って微笑む顔は、まだ悲しみがうかがえた。
あれだけ、背筋を伸ばし気高く人を引き付ける姿をみんなに披露して騒ぎを収めたというのに、今はただ一人の少女のように必死に涙を堪えて強がっているようにしか見えない。
「・・・・・・・・話し合いが一番必要なのは、わたくしたちなのですよね」
◇
「見ていられないわ・・・
あんなに素晴らしい方だというのに!
殿下も殿下よ。馬鹿も馬鹿、大馬鹿よ!人の話を聞かない為政者に聖君になれるわけないわ。このままいけば暴君よ!」
わたくしはブラッドに話すうちに興奮してしまって、思わず人に聞かれたら不敬罪といわれそうなことを言ってしまった。それでもこの怒りどうしてくれましょう!
「それは大変だったな、リーリエがいてくれてレイチェル様は本当に助かったと思うぞ。前にいっていただろ?リーリエがレイチェル様を見ていてくれるだけで強くなれるって、きっとリーリエがいたから殿下とも毅然と対峙できたんだと思う。」
そういって、わたくしの頭をポンポンと手を乗せる。
さらには手を広げてくださるものだから、その胸に頬を寄せすっぽり腕の中に包まれた。
次期宰相という文官の長を目指すブラッドだけど、幼少から剣技を学び鍛えているからその胸板は見た目よりも逞しく、腕も力強いことをわたくしだけが知っている。いいえ、わたくし以外の方が知ることがないといいと思う。
あのお茶会の出会いから、わたくしの最愛の人になったブラッドリー。
この人の愛を他の誰かと分け合うなんて考えたくもない。
それこそ、嫉妬に狂い狂気に走ってしまう、醜い女になってしまうだろう。
でもそれを許さないといけない立場もある。
王族との婚姻とはそういうもの。
先代国王は側室と愛妾を7人持っていた。そして飽きたら家臣に下げ渡していたらしい。そのために起きた悲劇があり、現国王は王妃一人を愛している。
そして、子供はアイザック殿下一人。
国王の兄弟は皆、王位継承を放棄して臣下に下った。そして、それをしなかった王弟はもういない。
何があっても、アイザック殿下は王太子であり、王弟の一人娘のレイチェル様は王太子妃と決まっている。
これは何があっても覆らない。
国家を揺るがすような大きな事件でも起こりえない限り。
そう、絶対に・・・
『わたくしは、いつでも覚悟をしていますのよ・・・・・』
レイチェル様の最後のつぶやきの覚悟とは一体何を指しているのか?
わたくしは世界で一番安心するはずの、恋人の胸の中で不安に襲われたのだった。
読んでくださりありがとうござます。
一応、言っておきますが勿の論で、後々の伏線になります。お楽しみに(^ー^)マーガレットのパパはだれ?というのも、物語の鍵になります。
ちょっと人物が複雑になってきました。
私もよくわからなくなりそうで(特に髪や瞳の色)こんがらってます。
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誤字脱字、いつも感謝しています。何度見直してもあるのです(+o+)
続きも頑張って書きます