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《2-20》

遅くなってすいません。

やっと書けました。


〈親たちの因果編②〉




「リーリエ様!」


窓がない開放された廊下を歩いていたとき、後ろから声を掛けられた。


淑女らしく、あわてずゆったりと体全体で振り向く。

声の主が誰なのかは、可愛らしく澄んだ声で判っていた。口許には意識せずとも微笑みが浮かぶ。

振り向いたそこには、新緑の若葉のような薄緑の髪を揺らして輝くような笑顔で駆け寄って来る令嬢。駆け寄ってくるとはいっても、それはあくまでも比喩であって実際は優雅な足さばきで決して走っているようには見えない美しい所作で、足早にこちらに歩み寄ってくるレイチェル様がいた。


その隣には近衛兵副団長の令嬢シャーロット様。こちらは少々スカートの裾が翻っているがギリギリ及第点で目をつぶれる所作で足早にやって来た。しかしちょっと心配だわ。彼女は、年が離れた騎士団長の子息へと来年嫁ぐことが決まっている。

貴族の子息令嬢は学園に通うこと必須なのだが、例外として幼少期から決まった婚約者がいる令嬢などは、夫となる男性が学園を卒業していれば、途中でやめて婚姻を結ぶことが可能となる。

もうすぐ結婚だと言うのに、お転婆がなかなかおちつかないシャーロットがきちんと夫人として失敗しないかしら?

まぁ、でも旦那様になるオルグレン伯爵子息は、7歳も歳上ですものね。少々のお転婆なんて可愛らしいって笑ってくださるわよね。


「ご機嫌よう、レイチェル様」


「「ご機嫌よう、リーリエ様!」今から生徒会室に行かれるの?」


レイチェル様シャーロット様は、お互いに挨拶をした後、並んで話しながら本来向かっていた目的の場へ足を進めた。

わたくしは、2年生に進級する前に昨年卒業された前任の生徒会役員から指名され生徒会で会計補佐として励んでいた。仕事に関しては、1年生の途中から手伝いをしていたのでなんの問題もなくここまでやってきた。


そしてそのわたくしと同じようにように、1年生のお手伝いを成績優秀な2人が担っているのです。


「ええそうよ、異国文化交流同好会の視察終わりなので、今から生徒会室に向かうところですわ。」


「まぁ、あの小国についてばかりしらべている怪しい同好会ですわよね。如何でございました?噂では、藁で編んだ人形を柱に打ち付けたり?角のような鼻をした赤い顔のお面を付けて呪いの儀式をしていたり?何人かで輪になって太鼓と笛を吹いて踊っていたとか?」


わたくしが一人でいた理由としては、怪しいうわさの絶えない同好会の内情視察を抜き打ちで覗いてきたからなのです。

まぁ実際は、授業では習わない小国に興味を持った10人程が集まり、日々資料を見てその文化を学んで再現している至って真面目な同好会でした。

本来はこのような視察は2人以上で行うのですが、シャーロット様がおっしゃったような噂があまりにも酷く、だれもついてきて貰えず仕方がなく担当教員のおじいちゃん先生と行ったのだけど・・・


楽しかった♪


書物からその地に伝わる身代りの人形、魔除けなるお面、そして先祖の魂を慰める儀式の踊り。見知らぬ小国は、古きを尊び後世に伝える術をきちんと残しているなど我が国にも取り入れそうな面白い話を聞けたのです。

おじいちゃん先生もわたくしが同好会の生徒と楽しそうに話しているのを見て大丈夫と思ったのか早々に教員室に戻られました。

まあ、とはいえここまで酷い噂が広がると生徒会が放置していると思われて後々問題化しても困るので活動報告書を近々提出してその取り組みを知ってもらうために図書館に纏めた資料を置いてもらうなど提案をしてきたところなのだ。

それを今から生徒会室に戻りすり合わせをする予定。


噂から問題が起きる・・・


まさしくそう。

できたら学園に広がる大きな噂も早く解決したいに越したことはないのだけど・・・


心では不安に悩まされながら、お二人には同好会で聞いた面白い話をしながら生徒会室に向かっていた。


「・・・やぁだぁ~、ザックってばぁ失敗なんて誰にもあるものよぉ」


近づくにつれて聞こえてくる突き抜けたように明るい声、そしてなにやらバシバシ音も・・・

聞こえてくる内容に気が付くと三人の眉が寄る。

できれば、聞き違いであってほしいものだわ。


「ほらぁ、まだ学生の身でしょ!失敗はいくらでも取り返せるものだから失敗を恐れずに提案をバンバンしちゃって!たくさん周りの意見を聞いて修正すればいいじゃない?もう、未来の王様がそんなちっちゃなことで悩まないでよぉ~」


「すごいなぁ、フリージアは!俺らにそんなこと言ってくれるような女の子初めてだよ、なぁ!」


「ああ、君の話は本当にためになる」


「「・・・・・・」」


誰が誰に話をしているのか、聞き間違えでないはっきりしてしまった。しかも、それに対して彼女を絶賛している?話の前後はわかっていないけれど、“未来の王様”に対しての会話にしては不敬としか言い様のない話の内容。それを嗜めないのも問題だわ。


ちらりと横を見ても、顔をしかめていたのは一時で今はいつもと変わらず向いたわたくしに、どうしたの?というように首をコテンと倒す姿は、聞こえた会話を気にしていないようにも見える。

つきたいため息を押し殺して、そろそろ動かねば・・・


“未来の王妃様”をこんなところで突っ立たしているなんて良くない。わたくしこそが不敬に為りかねない。尤も、“未来の王妃様”はそんな心の狭い方ではないのだけどね。


固い扉を3回ノックして扉を開く。

開いたそこには生徒会メンバーに加えて、予想通りの人物がいた。


大きな窓の前に置かれた大きな机は、今年から生徒会長を務める王太子殿下の為に用意された人間国宝の職人による一級品。それと揃いの椅子もまた座り心地が良いと聞いた。

そこに座り職人が丹精込めて作った椅子の背もたれにしなだれかかるようにいる、女生徒フリージア・カヴァナーに笑いかけているのは王太子殿下のアイザック様。

フリージア様はカヴァナー子爵令嬢で、ブラッドリーとアイザック殿下と同じクラスの生徒。しかしいくらクラスメイトだとしても身分の差は歴然、こんなになれなれしくするなんて、つい最近まで名前は知っていたけどそんなに仲が良いとは聞いたことがなかった。

入学したときから、高位貴族のブラッドリーよりも王族として教育された殿下よりも優秀で試験で常に一位を取り続ける才女。本来ならば正規生徒会メンバーに入っていてもおかしくない学力なのだが、スカウトをしに行った卒業生に聞くところによると断られたらしい。

なのに今年になって、いや、最近ここ2ヶ月何故だか生徒会室に当たり前の様に入りびたり他のメンバーとなじんでいるのだ・・・


「「「遅くなりました。」」」


室内へは、正規メンバーであるわたくしが先頭で入室した。レイチェル様たちはお手伝いという名目のため、わたくしの後をついてきて入室してくる。身分の問題で言えば、レイチェル様に道を譲るのが筋なのだけど、以前にお手伝いが正規メンバーよりも威張っているのはおかしいと言われてこのような状態になっている。レイチェル様が威張るなんてことは、今までみたことないのですけどね。


「ああ」


「遅いじゃないかっ!」


「お疲れさま」


「・・・・・・」


生徒会室には、殿下と件の令嬢カヴァナー様の他にも生徒会メンバー。わたくしの婚約者、ブラッドリーは副会長として、公爵令息チェスター様、伯爵子息イライアス様がいた。


ブラッドリーとイライアス様は、殿下の位置より少し離れた机につき、書類を各々裁いていたようだ。チェスター様は、中央にある大きなソファーにふんぞり返り、まるで一人だけ休憩をとっているよう。


ブラッドリー、イライアス様の机に並んであるわたくしの机にはすぐには行かずブラッドリーの側に行き、先程よってきた同好会の簡単な資料を手渡す。


「例の同好会ですが、問題はなさそうですわ。みなさん至って真面目な方々(カタガタ)方々(ホウボウ)から資料を取り寄せては検証してまとめておりました。これはその纏められた資料の一部ですがよくできています。」


わたくしが報告をしている間にもブラッドはその資料に目を通す。パラパラと適当に紙をめくっているだけに見えるが、内容は頭に入っているのだろう。目が忙しなく動いてますわ。やっぱりわたくしの婚約者は最高に頭がいい。


「手間を取らせて悪かったな。ん?うむ、すばらしい。資料のまとめ方もうまいし、手が空いたときに生徒会の資料のまとめを手伝ってほしいところだ。特に()()()資料はまだ手付かずだからな・・・

リーリがいてくれて本当に助かるよ」


顔を上げてほほ笑むその顔は恋人をいたわるやさしいもの。そんなに優しく微笑まれると恥ずかしいです。ブラッドリーの笑顔と言葉にささくれた気持ちが滑らかになっていく。

本来このようなことをするのは、執行管理業務を担うチェスターなのだが、如何せんこの男は使えません。成績ではなくレイチェル様の義兄であるため生徒会の一員になったに過ぎないのだけど、何を勘違いしているのかしら?


「おい!レイチェル、お前たちまで遅いから役員でもないフリージアが雑用していたんだぞ。手伝いなら手伝いらしく気をきかさないか!フリージアはお茶も入れてくれたぞ。」


今もキツい言葉をレイチェル様にぶつける。最近はこんなところをよく目にする。

前までここまでではなかったのに。


レイチェル様が王家に嫁ぐと決まったとき一人娘であったが為、公爵家の後継にと親戚筋からチェスターが養子になった。親戚といっても、それは血筋でいえばまったくの繋がりはない、新規事業を立ち上げ失敗して困窮していると聞いた男爵家、援助の口実にその家の三男だったチェスターをのぞんだだけ。

重ねて言うわ、決してチェスターが優秀で有名だったからではない!

なのにチェスターの傲慢な態度、不遜な言葉は最近ひどくなり、まわりが眉をひそめることも多い。義父である公爵様の前では猫を被り続けているから気づかれていらっしゃらないご様子だけど。

レイチェル様も何故か訴えられない。

こちらが何とかしたくとも、レイチェル様から窘められる始末。あぁ、もどかしい。


「・・・そう、それは悪かったわ」


気がつけば、レイチェル様がいつも謝ってその場を収めている。

今もシャーロットが言い返そうと身を乗り出したばかり。そしてそれを視線だけで押さえて謝って仕舞う・・・。

それもこれも、すべては・・・


「えぇ、いいわよ。お茶くらいは私も飲むからね。」


と言ってフリージアが手に持って掲げたのは綺麗な青緑のカップ。

そのカップを見た瞬間に思わず声を上げそうになって、寸前で押さえ思わず傍のブラッドを睨み付けてしまった。


どういうことよ!!!!!


この生徒会室に出入りしているものならばあのカップがどういうものか知っているはず!


「ちょっと!あなたね、それはレイチェル様のカップなのよ!何、勝手に使ってるの!」


直情型のシャーロットには抑えきれなかったらしい。わたくしだって、殿下がここにいなければそう叫んでいた。


「え~、でも誰も教えてくれなかったし、ザックも好きなのを使っていいって言ったもの」


そう悪びれる様子もなく、カップに口を付けて中を飲む。

カップに口をつけながら、隠れた口許はわからないけど、目が嫌らしく笑っている。しかもちらりと殿下の机のカップに視線を向けるところまでわざとやっているとしか言いようがなかった。


「だからと言って、分かりやすく殿下と揃いになっているそれを使う必要なないのでないかしら?客用カップならいくらでもありましたでしょ?」


あまりにもその態度にわたくしも我慢の限界が近い。

なるべく穏やかな声でと思っていても、刺々しくなってしまう。


「そんな、私はお客様できてるつもりはないわ!きちんと手伝えてるもん」


いやいや、だれもそうは言ってないじゃない?


「そんなに、邪魔者扱いしなくてもいいじゃない!」


何故、そうとらえるのかしら?

あの方は、学年で一番を取り続けている才女ではなかったの?


「おい、何フリージアを苛めているんだ!フリージアに謝れ!!」


フリージアに違うと言う前に、チェスターが口を挟む。

いつもこれだわ。


フリージアにわたくしたちが注意をする→フリージアが過剰に被害者面をする→チェスター時々、殿下がフリージアをかばう→そうなると・・・


「リーリエ様、カップについては記名もしていないものです。殿下が許可されたのです、わたくしには何も言うことはありませんわ。

カヴァナー様、言葉足りずでもうしわけごさいません。」


わたくしたちが言ったとしても、レイチェル様が謝る。わたくしたちが先に謝罪して矛を納めてもレイチェル様まで巻き込まれてレイチェル様が謝るまで責め続ける。逆を言えば、わたくしたちが謝らずともレイチェル様が頭を下げば気がすむのか、これ以上は責めてこない。


「もう、いいわよ!

ふん、私が変えればいいのでしょ!!」


レイチェル様が頭を下げ、この話を納めようとしているのに、なにが気にくわないのか、フリージアはカップを洗い場に持って行こうとした。


「あっ、わたくしが・・・」


それを制してレイチェル様がカップをフリージアから受け取ろうと手を出した。


「いいわよっ!」


フリージア様はカップを取られまいと、目の前に伸びてきたレイチェル様の手をカップを持つ手で払いのけた。


───カシャンッ!


「あっ!」


「キャッ!何してくれるのよ!制服に零れたじゃない!!

これ落ちにくいのに、シミになった制服なんてみっともないじゃない!!!」


フリージアの手にあったカップはレイチェル様に当たりそのまま床に落ちた。床には絨毯が敷いてあったがそれでも繊細な作りのカップの取っ手が落ちた衝撃で割れた。

それに対してフリージアは、落ちるときにまだ入っていたであろう中身が零れたらしくそれが、スカートの裾に飛び散った。制服は白のワンピース型の為確かにお茶のシミは目立つが、それもこれも勝手にカップを使い、勝手に怒ってレイチェル様の手を払いのけたことで起きた事故じゃない!!

なのに、なんて言い草なのか!!!


「貴方が勝手に零したことでしょ!」


「そうよ、何を言っているのよ!」


割れたカップを手にしゃがみこんでしまったレイチェル様をかばうように、二人の間に入り込んで抗議をするわたくしにシャーロット様も反応する。


「フリージアにお茶をかけたくせに、何をいってんだ!!!」


「どこ見ていたのよ!その人が勝手に零しただけじゃない!目の前で起きたこともわからないなんて、貴方の目は節穴なの?」


「何だと!!!!!」


真っ先に出てきたのはチェスター。それに猛攻するシャーロット。この子の正義感は人一倍だもの、ここ最近のこの人たちの行動に本当にイライラしていたものね。

特にチェスターに対しては、腹に据えかねるものがあった。レイチェル様とシャーロットは幼馴染で昔からお互いを知っている間柄。だから特にチェスターのレイチェル様への態度はゆるせないのよね。今まではレイチェル様が抑えていたけど、こればかりはゆるせない。わたくしもそう思う。

何しろあの、大切なカップを、思い出のモノを壊されたんだもの。

ゆるせないわ!


「チェスター、やめろ」


馬鹿にするような言い方のシャーロットに対して単純なチェスターは、簡単に怒りだして踏ん反りがえっていたソファから立ち上がりシャーロットに掴みかかろうとする。それを見たブラッドリーが止めに入るがそんなことを聞く男ではない。

シャーロットへ手を伸ばして危害をくわえようと振り上げていた。


「ぐえっ!」


しかしその手がシャーロットに届くことはなかった。

チェスターの手がシャーロットに届く前に、シャーロットはその腕を取り簡単に投げ飛ばしたのだから。女性とは言え騎士の娘だ。身を守る術を学んでいるに決まっている。

わたくしだって辺境伯の娘、チェスター程度の男くらい簡単に伸せる自信がある。

みっともなく狭くない生徒会室の執務室で仰向けに倒れこんでしまったチェスター。


「チェスター!なんて野蛮なの酷い!!!」


倒れたチェスターに駆け寄るフリージア。チェスターも駆け寄ったフリージアに嬉しそうに寄り掛かり起きるのに手を借りている。が、気が付かないのかしら?その姿の情けないと言ったら、男としてどれほど恥ずべき姿を晒しているのかを。


女性であるシャーロットに掴みかかり反対に投げ飛ばされて、女の手を借りないと起き上がれない。何て無様な姿を晒しているのか。ここが生徒会室で不特定多数の生徒に見られなかったことが幸いだわ。

・・・チェスターのことじゃない、レイチェル様の公爵家のことよ。

チェスターの恥なんていくらでも晒せばいいんだわ。


「野蛮で結構よ!女に投げ飛ばされたなんて広めたければいくらでもどうぞ。

恥をかくのはそちらですわ!」


シャーロットも同じく思った様で食って掛かるフリージアにわざとらしいまでも尊大に言い返す。

そのシャーロットが気に食わないチェスターが目をさらに鋭くしてにらみ付ける。


「やめないか!」


チェスターが何かを言う前に鋭い声を投げたのは、それまで静観していたアイザック殿下。

眉を顰め不快を思いっきり顔に出して室内に入った時と変わらず、椅子に座ったままこちらを見ていた。


「はぁ。フリージアすまないな、新しい制服はすぐに届けよう、それで許してほしい。レイチェルもたかがカップ一つくらいで問題を大きくするな。」


大きなため息を隠すことなく聞かせ、本人の中での最善策らしい解決を提示した。


「わぁ!ありがとう、ザック!」


新しい制服がもらえると聞くと表情をコロッと変えて喜ぶフリージア。

腹が立つが殿下がそうするということに口出しはしない。

しないけど腹が立つ。

それにフリージアはともかく、レイチェル様へのは看過できない!


「っ!お言葉ですが、殿」


「申し訳ございません、殿下。本日はわたくしは帰らせていただきます。」


まただ。

また、レイチェル様は謝りその場をおさめる。例え心の中がいくら荒れ狂っているであろうとも。

いつからだっただろうか?

前はそんなことなかったはずなのに。お互いが納得するまで話し合いをするような方だったはず。殿下とも意見の違いを時間をかけて話し合っていたはずなのに・・・

いまは、まるですべてを諦めてしまったかのよう。


学園に入る前、入ってもそんなことなかったはず。


最近になってからずっとこんなことばかり。


やはりあの女が原因?


レイチェル様は、割れたカップの破片をハンカチに包み殿下の返事を聞く間もなく部屋をあとにした。


俯き見えづらかったが、垣間見えた顔からはすべての表情がなくなり硝子玉のような瞳をしていた。


「わたくしたちも失礼します!」


パタンと時間をかけ静かに締まった扉は、哀愁を見せなかったレイチェル様の悲しみが移ったように室内みんなの視線をくぎづけした。


締まった音に我に返り、ブラッドリーを見ると頷いたので、わたくしは急いでレイチェル様の後を追う。


「あっ、おい!」


空気を読まないチェスターだけが呼びとめようとしたが、わたくしとシャーロットは素早く扉をくぐる。


あとの始末は、ブラッドリーにまかせたわ。あんな馬鹿王子なんかよりもレイチェル様の方が心配だもの。



『たかがカップ一つくらいで問題を大きくするな。』


たかがカップ一つ


レイチェル様にとっては大切なモノ。

大切な思い出。


そのカップを手に可愛らしく頬を染めて話しいた。




学園入学前の公務の一環で訪れた工房でお互いのためにカップに絵付けしたの。



生徒会室で使っている様子をみて、嬉しそうに微笑んでいたレイチェル様。


コバルトハーツという、最新の技術を取り入れた工房で、そこでしか出せない青緑色の綺麗な色。

カップにお互いの名前をお互いの瞳色で入れた世界でたった一つだけのカップ。




アイザック殿下の瞳色の榛色でわたくしのイニシャルを、わたくしの瞳色の水色でアイザック様のイニシャルを入れたのよ。




ただのイニシャルでなく、二人だけが読めるように模様のように崩して文字も描いたの。





幸せそうに微笑むレイチェル様。


あれからまだ一年たっていないのに。


どうして、こんなことになったのか。

人影がない特別棟の廊下をはしたなくも走ってレイチェル様へと追いかける。



生徒会室とは違って悲しみを露にした小さな背中が見える。







なんて描いたかは、お互いに秘密なの。

わたくしこっそり愛していますって書いたのよ。





弾けたような笑顔を見たのは、春だった。








心に寒風が吹く秋には、割れてしまったのは、カップだけでなくその笑顔もだった。



読んでくださりありがとうございます。


フリージアさんもなんだかなぁですが、男たちもですね。いろんな角度で書けたらと思います。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 第42部分までくると、伏線が多すぎて少し理解しずらくなってきましたね。 一、結局フリージアは誰が好きだったのか 今に思えば、第35部分は結構伏線が多かった(のか?) フリージ…
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