表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/63

《2-16》

キリのいいところまで書きたくて、昨日は投稿できませんでした。


「ダメなものはダメだ!」


「お父様のケチ、いいじゃないですか!?」


「なっ、ケチとはなんだ。私はケチではないぞ。シルヴィアがほしいものならいくらでも買ってあげてるじゃないか?」


「では、マーガレットと」


「それはダメだ」


「・・・やっぱり、ケチじゃないですか」


「シルヴィアぁ、だから、それとこれとは違うと言ってるだろう」


「お父様の意地悪!

もう、嫌いです!!!」


「なっ?!そんなっ、嫌いっ?なんで、ヴィー」


子供の喧嘩のようなやり取りが続くここは、レーヌ侯爵家の歴史が詰まった執務室。


歴代侯爵当主が使う執務机は歴史を感じる飴色の艶が静かに長い間そこに居たことを表す存在感を放っていた。高価な革張りの椅子も背凭れと座面は何度か張り替えはしているが、肘掛けは机と同じく飴色に光り、どちらも長年丁寧に磨き愛用されていたことが伺える。

壁一杯の本棚には、侯爵家の歴史が詰まった沢山の資料がところ狭しと並んでいて、最近のものが入りきらずに近くの机に山積みされていた。


いつもは、侯爵が領地経営のため日々現地の意見聞き、頭を悩ますこの執務室で現当主ブラッドリー・レーヌは、今最大に頭を悩ませ苦渋の決断をしようとしている。



シルヴィアたっての願いを断る



目に入れても痛くない程の溺愛をしている愛娘の久しぶりのおねだりだ。大抵のことは叶えてあげたい。

実際に王宮のお茶会不参加も10歳以上の貴族令嬢が行う社交も嫌だと言えばどんなに有益な繋がりのある招待も否の一言で返事を出していた。それこそ王家からの招待に関しても盾となり防波堤となり目隠しとなり、時にはのらりくらりとはぐらかし、それでも引かない時には昔話のひとつでもして悪魔の笑みを浮かべることもあった。一度だけ権力に屈したが、それ以外はシルヴィアの願いがこれまで叶えられなかったことは今まで一度もない。


しかし、これはダメだ。


身分に関してはどうにか目をつぶろう。平民でも優秀なものも多い。シルヴィアが傍に置きたいというほどあってつれてきた娘は、見目に関しても良く、おとなしそうな姿から礼儀作法を学べばメイドとして置いておけるだろう。

しかし、拾ってきた場所が悪すぎた。

何せあの“穢れの溜り場”なのだ。

過去あの場所に入り込んでまともに戻ったものはいない。病気持ちはあの区域から出てきても回復の兆しはなくどんな治療も効かず、甲斐なくなくなる。また世の中に後ろ暗い犯罪者などで逃げ込んだものも、稀に生きたまま出てくることがあるが顔や姿が以前とは変わりすぎていた。人としての成を保っていない。赤黒く爛れた皮膚、鋭く尖った眼光、口からは異臭を放し、頭や腕、足にぼこぼことした瘤のような角のような、それは人とはとても思えない異形のものにしか見えない。実際に、もうすでにそれは人ではなく“魔物”となるのだ。この国の国王とその周囲の一部のものしか知らない。そのため数年に一度出るあの場所から突如現れる魔物を見かけると、その周囲に駐屯しているそれら専門の見張りたちによって処理される。


あの場所に入れば、ほとんどが死ぬ行くもの。

殆どがあの瘴気に耐えられず、3日と生きていない。生きて10日そこに居れば瘴気に体が変化して思考が侵され始め、そこからは死んだ方がマシだというほど体と脳が侵食される恐怖と痛みに苦しむと聞いている。実際にその体験を聞いたわけではない。あの穢れの溜り場を作るときに術を発現した魔術師にそう聞いたのだ。

とはいえ、あの場ができてもう数十年、それさえもブラッドリーは先代から伝え聞いただけ。

実際にそこから生きてそのまま人として成のままのものを見たことがない。


この子供はどうだろうか。

一見どこも変わりのない子供に見えるが・・・

一緒に連れてきた母親は今にも死にそうな様子だと聞いている。

侯爵お抱えの医者に診てもらったが、長年の不摂生の為か、臓腑が弱り切り心臓も弱り切っているようだと聞いた。相当衰弱しているようで、栄養のあるものをとってしっかり休息をとることで改善がみられるかもしれないと言っていた。

それも五分五分のようだ。


しかしシルヴィアにとってはそんなの知らないし、関係ない。

身綺麗にしたマーガレットは、まさしく幼少期の頃の振り返りムービーの時のヒロインマーガレットそのものだった。珍しいピンクゴールドの髪も金色の筋が引かれたような桃色でつぶらな瞳も高すぎず低すぎずちょうどいい大きさの筋の通った鼻、ぽってりとした唇もすべての要素がかわいらしいでまとめられた容貌をしていた。

このまま成長をすれば間違いなく『君が為の花束(マーガレット)』のTV画面で見ていたヒロインになるだろう。そして、その時にこのまま攻略対象者(メインヒーロー)のフェリクス殿下の婚約者のままでいたら悪役令嬢、からぁのぉ攻略の末の、断罪となるであろう。

そうならない為のシナリオから外れた行動をとるべきだし、母親の死のフラグは完全にポッキリっと根元から跡形もなく叩きおっておきたい案件なのだ。

それでなくても家族が死ぬなんて・・・後味が悪すぎる。

だから、この大好きな両親との攻防も負けられない。

最近はおねだりもせずに、我儘もなるべく言わないように、素直で従順な娘でいた。だから突然の我儘を発揮して困惑しているんだろうなぁ。

ああ、せっかく今まで回りに築いてきた優等生令嬢シルヴィア像が、また我儘令嬢シルヴィアに逆戻り。

でも、やっぱりこの我儘は通させていただきます!!!


「大体、人の命が掛かっていますのよ!もしも、このまま彼女たちを放り出したらこの子は母親を亡くすかもしれないという恐怖に怯える生活にまた戻ってしまいます」


「だがな・・・」


「それに!このマラカイト国でこのような生活困難者が居るだなんて、お父様たちは日々国民すべてが食べることに困らない生活のために頑張っていたのではないのですか?なのに、現実はこのように衰弱死をするような親を持つ子供がいるのですよ。これをお父様、この国の宰相の目から見てどう思われますか?!」


畳みかけるようにブラッドリーに詰め寄るシルヴィア。

正直、いつもいつもお城で遅くまで宰相として国王陛下の補佐だけでなく経済、外交問題、公共施設や安全整備、様々な問題をすべに忙しく働いているお父様。

それは一人の人間がするには多すぎる量の仕事だが、これがレーヌ侯爵だからできること。現国王アイザック・マラカイトが賢王と呼ばれている裏には宰相であるレーヌ侯爵の働きが大きいと言われるほど。陛下が提案する新しいアイディア、執政を回りと衝突することなく遂行できるのは先にレーヌ侯爵が必要な手回しをしておくから、この治世、国王のアイディアとレーヌ侯爵の根回しとがあってこそ。

だから、すごくすごく頑張っているのを知っている。

たくさんいる国民を豊かに暮らせるように寝る間も惜しんで勤しんでいることは知っているが、その手からこぼれた人がここにいるのだ。


「ぐっ!それは・・・、だが、私の力も無尽では・・・」


「シルヴィアっ!」


実際問題、前世でも国民の権利や最低限の生活の保護だと言っていても、生活困難者が居たのも事実だ。それがこのような法整備も前世ほどではない世界ですべてがすべて、手が行き届かないのも仕方がない。

それを非難するわけはないのだが、ブラッドリーはそれを言われて苦い顔になる。

そこに今まで黙って聞いていた、夫人リーリエが鋭く声を上げる。


「お父様は、日々頑張っていらっしゃいます!それにそのようなこと陛下の治世を否定するようなものです」


珍しくシルヴィアを叱咤する。

溺愛するシルヴィアは、いままで両親ともに声を荒げられたことがない。

いつも優しいどんな我儘にも怒られたことがない、初めてシルヴィアは怒られた。

思わずビックっと体を震わせて、初めてのことに思わず目じりに涙がにじむ。


そんなつもりないもん。

ただ、ただマーガレットを、そのお母さんを助けたいだけだもん。


まさかそういうふうに怒られるとは思わなかったシルヴィアは動揺していた。

困った人に手を貸すことのどこが悪いのか、よくわかっていなかった。


「はあ、シルヴィア、貴女がその哀れな母娘を助けたい気持ちはわかります。ですが、考えてごらんなさい?

世の中、どれだけの人がいると思っているのです。いくら陛下やお父様が世の民にために頑張っていても隅々までは行き届かせるは困難なのです。その手からこぼれた者たちがこの屋敷に助けてくれと押しかけたらどうしますか?いくらわたくしたちでもすべての民を助けることは無理なのですよ。それなのにあなたは目に映るすべてのものをおなじように拾ってくるのですか?」


涙目になったシルヴィアを見て、溜息をつきながら言い聞かせるように諭していく。

その顔は、いつも優しく娘に甘いだけの母の顔ではなく、マラカイト国筆頭貴族のレーヌ侯爵家の夫人としての威厳のある言葉だった。


そして、シルヴィアも母の言わんとしていることに気が付いた。もしもこの母娘を助けたことを聞いた他にも生活が困難な家族がこっちも助けてくれと言われたとき、それを助ければまた次々同じような人々がやってくる。追い返せばマーガレット母娘とどう違うのかと責められる。

すべての人に救いの手を差し伸べたい気持ちはある。だが、できないというのも事実。


でも

でも、折角死にかけたマーガレットのお母さんをここでまた放出してしまえば、シナリオ通りまた死が迫ることになる。おそらくそれは予想でなくそうなると疑いの余地もない。今までの暮らしから脱曲しないことにはどうしようもない避けられないのだ。

せめて、暮らしの目処を立てさせてから出ないと・・・


家族が死んでしまうなんて・・・嫌


「でも、でも・・・わたくしはっ、わたくしと同じくらいのこの子がお母さんを亡くすなんて・・・」


家族が死ぬ・・・そう思った瞬間、頭をかすめた記憶。

それは、黒髪黒目の前世のお母さんの姿


──────・・・!いつまで起きているの?明日、・・ちゃんとドライブに行くって言ってたじゃない早く寝なさいよ


家族が集うリビング。翌日は最後が休み。折角の休み前の夜、乙女ゲームをテレビに繋げて大画面で麗しい攻略対象者たちのご尊顔を見て、高音質ヘッドホンを付けて深夜遅くまでゲームをしていた。時計に目を向けると深夜2時までもう少しだった。


いつまでも消えないリビングの明かりにお母さんからのお叱りの声。


──────わかってるってばぁ


それに対して邪魔されたという気持ちで、おざなりな返事を返す。


──────もう!居眠り運転しても知らないわよ!


そう言ってリビングに入ってくるお母さん。黒髪は動くのに邪魔だと短く刈っていて今は普通のショートヘアーだけど、夏の盛りに暑いからと言って、スポーツ刈りにしたときは驚いた。

朧げな前世の記憶、思いだしたのはその翌日のドライブで事故にあって私は亡くなったんだ。


──────気を付けてね。もう、あの後もすぐに寝ないんだから!居眠りに気を付けなさいよ。眠くなったら無理せずに止まって休憩するのよ。・・ちゃんにも迷惑かけないで、本当に気を付けてよ!忘れ物無い・・・、心配だわ・・・


家を出るときまで続く小言。しつこいくらいに注意するように言われた。

なのに、この後私は死んだんだ。

家に帰って来れなかったんだ。


何となく思いだす、楽しかったドライブ、気が付くと助手席で寝ていて耳を劈くブレーキ音、そのあと目を開ける間もなく体に受ける強い衝撃、そして、声に出し難い痛み。強い痛み、痛い、痛い、痛い、そして目を開けることなくそのまま闇に落ちていく。


お母さんにあんなに言われてたのに・・・

いくら運転手が私じゃなかったけど、居眠りしてた。

最後に聞いたお母さんの言葉は、小言を言わせてしまうくらい心配をさせていた。

私はそれに何を言ったか、・・・めんどくさそうに行ってきますと言っただけかも。

もっと、お母さんと話をしたかった。心配させない小言を言われない良い子でなかったんだ。思いだせば思いだすほど手のかかる子供だった私。

最後までお母さんに悲しい思いをさせてしまって・・・


「「「ヴィーっ!!!」」」


気が付くとポロポロと大粒の涙がシルヴィアの両目からとめどなく流れていた。

シルヴィアの横に手をつないでいるマーガレットは呆然とその顔を見ていた。


「ヒック・・・、だって、嫌だもん。もしも、グズっ、スン・・・お母、様が、もしも亡くなったら・・・ヒックッ、ヒックッ・・・嫌です。・・・嫌、だ、もん」


泣きながら思うのは家族がいなくなる未来。胸がつらく言葉がつまる。前世、私の事故で家族と死に別れたけど、現世ではその分、お母さんに心配かけた分、お母様と一緒に居たい。

学園に入学してから断罪~死亡なんて、フラグは今すぐバッキッバキに折って丸めて燃やして跡形も無くしてしまいたい。できたら殿下との婚約もはやく解消して、安心して引きこもり生活をしてお父様とお母様とお兄様と一緒に居たい。


「ヴィー・・」


いつの間にかアレックスが近くに寄り、シルヴィアの背中を慰めるように撫でている。

とまらない涙目のまま見れば、苦笑いながら優しい手つきで背を上下される。それにだんだん落ち着いてくる気持ち。

そうすると今度は、子供のように泣きじゃくって恥ずかしくなる。現在11歳のシルヴィアはまだ子供なのだが・・・


「シルヴィアは優しいから、目の前のこの子がお母さんを亡くすことが我がことのように思えたんだね。」


そう言ってまだ慰めてくれるが、ちょっと違うかな?

でも、まあ、詳しく説明できないからそれに乗っかることにした。


「・・・はあ・・・」


大きなため息に顔を向けるといまだに渋い顔をしているブラッドリーが眉間の皺を揉んでいる。


「・・・いや、うんそれはわかるんだがな・・・」


「わかりました。」


未だに渋っている声を出すブラッドリーの声をリーリエの声が遮る。

そちらを見ると目にいっぱいの涙を湛えて、ゆるりと微笑む美しい母がいた。


「ヴィーちゃんの気持ちは痛いほどわかりました。

でもね、まずはこの子のお母さんと話をさせて?それで働く意思があるならそうしましょう。

一先ずは、この子はメイド長に任せましょう。これでいい、ヴィーちゃん?」


「いやいや、リーリ」


「いいですね?」


「うっ、ぅうんっ」


リーリエの提案に抗議の声を上げたブラッドリーだが、それは父に顔を向けて念を押して黙らされた。

父の方を向いたリーリエの顔は良く見えないが、ブラッドリーの顔が強張ったことから一体どんな顔だったのか?


「お父様、お母様!ありがとうございます。よかったわねマギー」


「はい!ありがとうございます。よろしくお願いします!!!」


涙に濡れた顔のまま、満面の笑顔でマーガレットと手を取り合って喜び合う。


「お兄様もありがとうございます」


大好きなアレックスにも手を取って感謝を伝えた。


「よかったな」


にっこり微笑むアレックスとも手を取り合って喜ぼうと思ったのだが、気が付くとその胸にぎゅっと抱きしめられていた。


なんのご褒美ですか?

うれしすぎるんですけど?


「さあ、シルヴィア。今日は疲れたでしょう?少し部屋で休んでいなさい。あなたは、メイド長について行きなさい。あなたも暫くは体を休めなさい。そんなにやせ細っては仕事なんて無理よ。いいわね」


いつの間にか、入り口扉横に背筋をピンと伸ばしたメイド長が控えていて、リーリエの声に静かに従いマーガレットの傍によって来た。

シルヴィアはその様子を見て微笑みタッタッタッと母に駆け寄った。


「お母様ありがとうございます。だ~い好き」


母の白く滑らかな頬にチュッとキスをして、抱き着いた。


「まあ、わたくしも大好きよ」


そう言って抱きしめ返してくれる母。

柔らかな胸に頬を摺り寄せて、ニコニコと顔を上げて微笑み合う。


断罪なんて絶対にさせない。

長く、長くお母様と一緒にいたいもの!

今世のお母様には絶対に心配かけないわ!!!


そう決心して、再度柔らかくていい匂いの母の胸に顔を埋める。










読んでくださりありがとうございます。


感想・ブクマ・評価をいただきありがとうございます。

励みになっています。

誤字脱字報告、感謝感謝です。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ