《2-09》
「さあ、貴女の好きな引き出しを開けてみて♪」
そう言うと、ナミルさんは壁一面にある引き出しを手で指した。
その言葉と仕草に魔法でもかかったかのように、シルヴィアは無意識にスッと椅子から立ち上がり引き出しの壁へ、静かに足をすすめた。
引き出しの前まで3歩ほどでつき、壁と同化した引き出しを見上げる。
引き出しは、天井から床まで本当に一面ぎっしり。
引き出しの大きさは大小様々、その位置も定まっておらず色も白木から使い古され黒光しているもの、色塗られたもの、素材も木製がほとんどのようだが、中にはガラス製に見えるものもある。・・・中身が透けて見えるんだけど。取っ手もいろんな形、素材をしていて、陶器や真鍮、木製、東洋の工芸家具の様にくりぬいてそこに飾り彫りされたものまである。宝石のような輝石が付いたのもある。
大きさといい様相といい、まったく統一感のない引き出しの壁だ。
天井まで続く引き出しの多さに戸惑い圧倒されて思わず一歩足を引いてしまった。
「どれでもいいのよ。」
たくさんありすぎて躊躇してしまったのを見抜かれ、テーブルに頬杖をして楽しそうな声がかけられる。
うう~、そう言われてもぉ~
開いた引き出しの中から果たして何が出てくるのか。
自分が欲しいものが出てくるというが、今、欲しいものとはモノではない。
そんなものがこの引き出しに入っているとは思えない。
それとも、これを開いたらゲーム攻略本が入っているとか言うのならば納得だがあるわけがない。
寧ろ、シルヴィアとして必要なものが出てきたらコワイ。何しろつい最近、回避するはずであった婚約者という役を強制的にいただいたばかりなのだ。
もしも、この世界にゲームのシナリオ補正があったとして、その一端になるようなものが出てきたらと思うと・・・
特に魔道具なんて、魔法について習っていない未知のもの。
生活に必要不可欠のものから、使い手に合わせた魔力を増幅するものまで、多岐にわたる。
その中には危険なものもあるのだという、確かゲームだったか小説だったか悪役令嬢シルヴィアがヒロインに仕掛ける嫌がらせの中にそんなものがあったはず・・・
それが出てきたらどうしよう・・・
何が入っているのか・・・チョットコワイ
ちらっと振り向くと、変わらずニコニコと頬杖をついているナミルさんがこちらを楽しそうに見ている。
ええい!
躊躇していても仕方がない
鬼が出るか蛇が出るかじゃあるまいし、開いた引き出しから吃驚箱の様にナイフなんかが飛び出るわけではないだろう。命のやり取りをすることはない、ただ未知なる魔道具がなんなのか、全く想像つかないだけ!
そうよ、これは特にフラグなんかじゃないんだから大丈夫!
変なものが出てきたら、それは丁重にお断りして引き出しに戻してしまおう!そうしよう!
腹を括ったシルヴィアは、決心したように目の前にある小さくはないけど大きくもない、文机の引き出しよりも少々小ぶりな引き出しの取っ手を掴む。
木製で飛び出したまあるい取っ手、花模様が彫り込んである引き出しをそっと引っ張ってみる。
木製の引き出しは何の抵抗も音もなくスーっと静かに手前に出せた。
「これは・・・」
開いた引き出しの中には一つの箱。
引き出しの模様に似た花が彫刻された手のひらサイズの箱があった。
上部の蓋が蝶番で開閉する庶民の女性が使うような物入?宝石箱のようなもの。
それをそっと手に取り、引き出しから出してみる。
白木を使った彫刻だけがしてある色の塗られていないシンプルな箱
それをもってナミルさんの待つ円卓に戻り元の椅子に座る。
「・・・これって?」
「中に入っているのよ。まぁ、なんていうかある人のアドバイスに従って女の子仕様にしてみました。
そのまま入ってるよりもいいでしょ。」
「・・・・・・」
「まあ、いいから早く開けてみて頂戴。中身は何なのか私でも知らないのよおぅ。
お・ね・が・い」
思わず半眼になってぶりっ子ポーズをするナミルさんを見ていたけど、促されていいたいことをあきらめて箱に手をかけた。
次、そのポーズされたら聞いてみよう、・・・・・・・・・・・・年齢を。
改めて、小箱を見る。
白木を使ったシンプルな作り。蓋に花模様が木彫りされているだけ、あとは蓋と側面を止めている留め具が水色というだけ。
その留め具に手をかけて蓋を開けてみる。
ナミルさんの言い方だと、この箱は魔道具入れだということだとおもうが、果たしてその中身は・・・
小箱の中には光沢のある水色の布が貼ってあり、その中にはコロンとした小指の爪ほどの大きさの石が3つ。
石は宝石の様にカッティングされておらず、つるんとした楕円形をしていた。
シルヴィアは指でつまんでそのうちの1つを取り出してみた。
親指と人差し指で挟んで持ち上げ、目の高さまで持って透かしてみる。
箱の中で見た通り楕円形で触るとつるんとした滑らかな感触、乳白色だけど、角度を変えると砂のような銀の粉がキラキラと輝きながら様々な色を見せながら変えていく。
一瞬、スノーボールみたいだなっと思ったけど、それよりもきめの細かい銀砂が今も石の中で舞う。
石?宝石?には特に金具はついていない。アクセサリーの様に身に着けて使うものではないのか?石のようだが実は違うとか?
これが魔道具???
掌に乗せてかえてみても特に何も感じない。
まだ子供で魔力封じをされているからなのか?判断がつかない。
「・・・貴方・・・、すごいのを引き当てたわね・・・これって、・・・ものよ」
まじまじと変わらず見ているシルヴィアに、掠れた声でやっと絞り出したナミル。
その声に其方を見ると、それまでのニコニコ顔が嘘の様に、驚きで目を見開いてシルヴィアの手の中の石を魅入っていた。
「・・・それはね、状態異常解呪の魔道具なの。持ち主を魔法だけでなく色々なものから守るのよ。まさか、これが出てくるとは・・・はあ、恐れ入ったわ」
「状態異常解呪?」
未だ放心からさめやらぬ顔をしたナミルさんは、ポツポツと真面目な顔で説明をしてくれた。
この石を身に着けていれば毒など体の変調をたちどころに直すだけなく、まずかからない。それこそ呪いの類も防ぐだけでなく、禍として相手に跳ね返ることさえできる代物。
この小さな石は何でできているかは不明だ。しかも、いつ、誰が、何のために作られたかも不明。
そんなものがまさか、引き出しから出てくるとはナミルさんも思わなかったらしい。
「この引き出しは異空間なのよ。何が引き出しに入っているのか、正直私にも出てくるまでわからない。
入り口の扉からこの引き出しまではすべて繋がっているの。その人に必要な魔道具が引き出しに引き寄せられて入っている。簡単に言うとそういうことだけど、どこと繋がっているとか、どういう仕組みなのかは企業秘密ね。簡単に言うと言わばこのお店自体が魔道具っていうとこなのかしら。」
最後にさらりとすごいことを言ってるけど・・・
「あの・・・この石」
「魔石ね。」
「魔、石ですか?それでこれ・・・」
なんの石かではなく、どうやって使うかが知りたかったのだが、ナミルさんは察しのいい魔女さんだったようで、
「身に付けかたね。それは」
『カンタンカンタン』
『ソレヲ耳ニツケテ』
ナミルさんの声を鈴のような音色が遮る。
そして、フワフワと2人の周りを飛び交う緑の光。
緑の妖精?
「妖精さん?耳につける?」
そう言って光の中の小さな人形を取っている妖精さんに視線を合わせようとする。
が、いつもより光が強くてぼんやりとした人型しか確認できず認識できない。
『『『ハヤクハヤク』』』
更には光の数が増えて、気が付けば30を超す数のいろんな色の光が飛んでいた。
その妖精さんが声をそろえて早くと捲し立てる。その声と言ったら鈴の音の大合唱。
1つだと癒しだろうが、こんなにも重なるとさすがに騒音の域だ。実際にナミルさんは両手で耳を塞いでる。
「ああ、もういいから、早く言う通りにしちゃって!!!うるさくてかなわないわぁ」
「はっ、はい!」
妖精の声に負けないくらいの発狂した声を上げたナミルさんの声に言われるがまま石を耳たぶに近づける。
ひやりと耳に触れた硬い感触の後、ぽわんと違和感を一瞬感じた後“パチン”と泡がはじけるような音がした。
「あ、くっついた?」
おそるおそる手を耳から離してみると、まさしく乳白色の不思議な魔石は耳にくっついていた。
耳たぶ後ろを触って貫通した形跡もない。金具もない、まるで接着剤でくっつけたかのように、耳朶から離れなくなっていた。
「・・・ふ~ん、魔石は1つあればいいみたいね。」
「でも、まだ中に・・・」
「それは、・・・貴方と同じ『キョウセイリョクの呪い』を避けたい人に渡すようにですって」
キョウセイリョクの呪い!!!
話している最中、ナミルさんの前にふらぁ~と飛んできた妖精さんが何やら耳で囁いたみたいだ。
しかし、それにしても、なんてことだ、驚いた!
まさかの、まさか、ここでキョウセイリョクなんて言葉が出てくるとは思わなかった。
キョウセイリョクって、あの強制力よね?
ゲームの物語の中でヒロインを虐める、『悪役令嬢』の存在。
それを無理やりに押し付けられたこの状態をいうのよね!
なんてこった!パンナコッタ!?
呪いだったのか?
だとしたら、死亡フラグダントツの2人ですよねぇ
回避ができるならば、それにこしたことはない。
何よりも大好きなお兄様であるアレックスは絶対付けてもらうべし!
だけど、もう1人というと・・・
「婚約者にも付けてって言ってるわよぉ」
really?
やっぱりか・・・
そうだよね、そうですよね、そうですわよね。
でも、なんて言うのか、ムリゲーっぽっくないかなぁ。
今は関係良好のお兄様ならば、プレゼントですと言って付けてもらうことは可能だけど、殿下は・・・
良好とはいえない・・・
殿下の意思とは関係なくシルヴィアが婚約者となった。
あれから、フェリクス殿下に会っていない。
普通婚約が決まったら顔合わせがあるはずなのだが、もうすぐ1月経とうかというが未だにその予定、時期の伺いすらない。
正直、貴族全体に公布されていなければ本当に婚約したのか疑うほどだ。
そんな距離感の相手にどうやってこの魔道具を渡せばいいのか・・・
思いだしたけど・・・
私・・・
殿下に嫌われてるんだよねぇ
顔?瞳を見るのも嫌がれてるんだもんなぁ
シナリオではどうだったかなぁ
シルヴィアの贈り物にフェリクスはどんな感じだったのか・・・思いだせない。
うんうん額に手をやって悩んでいるシルヴィアにナミルはふうと息を吐いた。
その吐いた息遣いに意識を戻したシルヴィアは、なんとも残念な子を見る目で見られていた。
「まあ、そんな悩まなくても簡単に付けてもらえるわ」
そう言うナミルさんはニヤリと口元が楽しそうに持ち上がった。
魔道具屋さん話、まだ続きます