≪1-02≫
『やはり君はその瞳と同じく邪な心根の人間だったんだな。
シルヴィア・レーヌ!今、この瞬間をもって婚約は解消させてもらう!
マーガレットにした卑劣な行いの償いをするがいい!!!』
『シルヴィア!そんな気持ち悪い瞳を私に向けないで貰おう。もう君は妹でもなんでもない!
私の愛しいマーガレットにしていた行為は嫌がらせでは済まされない。私は絶対に赦さない。
もう二度と私の前にその顔を見せるな!!侯爵家の恥さらしが!出て行け!!!』
肌触りの良い寝台で目を覚ました私は涙を流していた。
これが夢ならどれ程良いだろう。
夢から覚めて私はいつものように仕事に行って、いつも決まった仕事をこなして定時になったら帰って・・・そうならいいのに。
私は、図書館の司書の臨時職員として働いていた。
人とのコミュニケーションが苦手で昔から本が好きだった。
そんな私に構ってくれる友達が出来て好きなことを好きと公言できて話すことが出来たことで、性格も明るくなって高校に進学して短大まで進み、本好きの私が司書に臨職とはいえ就職できたのは僥倖だった。
そして本と同じく大好きだったのが恋愛シミュレーションゲーム。
年齢=彼氏いない暦の喪女だった私はゲームに夢中になっていた。
でも、私は・・・わたくしはシルヴィア・レーヌなのだ。
わたくしは前世の記憶を思い出したようだ。
・・・そしてたぶん、いや、間違いなくここは『貴方が為の花束』の世界だ。
『貴方が為の花束』は、主人公の男爵令嬢マーガレットが15歳になり通う学園で王太子をはじめ攻略対象たちの心の傷や問題を笑顔と癒しの魔法で解決して更に愛を育むゲームだ。
ハッピーエンドにのみマーガレットの花束を持ってプロポーズされるという巷に溢れまくっている定番中の定番ストーリー。
攻略対象は、
メインの王太子 フェリクス・マラカイト
侯爵令息 アレックス・レーヌ
第二王子 ジルベルト・マラカイト
騎士団長子息 オスカー・オルグレン
魔法師団長子息 ブライアン・ダルトン
伯爵子息 ニコラス・マーティン
頭が可笑しくなるかと思うほどの頭痛で倒れた後に思い出した記憶の中のお気に入りのゲームで全攻略相手を全パターン何度もおかわりして台詞まで全て記憶しているほど好きだったゲーム。
だって、キャラデザが最高にいいんだもん!!
イベント毎のスチールの美しさといったらもう悶絶モノ!!!
更にキャラの裏設定が面白くって、原作者がブログで密かに裏設定を公開していてドツボにはまったら抜け出せなくなるっていう蟻地獄のようなゲームだった。
この裏設定は、文庫本になって発売された小説にはしっかり活かされてておもしろかったなぁ。
しかも、この裏設定ってのは主人公以外が主で、悪役令嬢やサポートキャラ、モブの方が深く作り込んであった。
わたくし、シルヴィアもその一人。
シルヴィアは、幼い頃から両親に溺愛されていて我が儘傲慢令嬢に成長する。
それと言うのもこの不思議な色合いの瞳のせいで常に人目に晒され、自分を守るために傲慢に振る舞う様になったのだ。
本当のシルヴィアは植物が大好きな繊細な心を持った大人しい女の子なのだという。
しかし成長してからのゲームではシルヴィアは婚約者のフェリクス殿下と仲良くするマーガレットを快く思わず嫌がらせをしていくのだが、それをフェリクスが庇ったりするものだからエスカレートしていき毒を盛るまでに行きつく。
それを未然にフェリクスが防いでシルヴィアは断罪されるのだ・・・。
マーガレットと思いを交わし合った後、フェリクスはシルヴィアに婚約破棄を突きつけ、さらに身分も剥奪する。その結果、北の果てにある修道院に幽閉され病に冒され1年も経たずに死んでしまう・・・はず。
なのだが、今はゲームの内容よりも倒れる前に聞いたあの会話の内容が頭を占めていた。
物語ではフェリクス殿下は最初からシルヴィアの瞳色を嫌悪していることは知っている。
フェリクスはシルヴィアの顔を見るのも嫌だと公式の場以外では顔を合わせようともしない、顔を合わせるときがあってもあからさまに背けられる。
そんなフェリクスにシルヴィアは傷付くが精一杯強がっていたのだ。
だから、私はフェリクス殿下のあの発言は仕方がないと思う。
生理的に受け付けないのはしょうがないよね
悲しいけどね
傷付いてますよ
でも、それよりも私、わたくしが一番傷付いたのはお兄様の発言。
私はお兄様が愛するマーガレットに酷い嫌がらせをして最後には階段から突き落とすのだが、それを偶々通り掛かったお兄様が身を呈して庇い事なきを得た。シルヴィアは後にそれを罪に問われた。
そして、断罪されたシルヴィアは、侯爵家から勘当、国外追放される。シルヴィアは国外に輸送中に強盗に襲われて命を落とすエンドだった。
あの断罪のときのセリフは、マーガレットに嫌がらせを重ねた末の自業自得なところもある。
でも、今は?
まだ何もしていない。
我儘で傲慢ではあるけど、侯爵令嬢ならば許容される範囲の我儘令嬢なはずだ。
屋敷の使用人に暴力を振るったり理不尽な言い掛りを付けたり等はしていない。
貴族の中には使用人や平民を人間扱いしない者もいるが、両親はそういう人たちではない。
寧ろ使用人であっても最低限の礼儀は返す、そんな貴族の中でも人間の出来た親たちだ。そして、わたくしもそのように教育されている。
両親にも使用人にも嫌われていないと思って過ごしていたのに・・・。
まさか、お兄様にそんなふうに思われていたなんて・・・。
性格なら今から改善の余地があるけど、この瞳色が気持ち悪いなんて・・・そんなの如何することもできないじゃん!
すごくショックだった。
両親のようにベタベタに甘やかしてはこないがそれでも時間が出来ると一緒にお庭を散歩してくれたり、お勉強を見てくれたりして、『可愛がって』もらっていた自覚はあったのに・・・。
やっぱり、悪役令嬢は攻略対象者から嫌われるものなのね。
シルヴィアとしてもお兄様は大好きだったし、前世の私も実はアレックス推しだった。
攻略対象で美少女のシルヴィアの兄なのだから、見目麗しいのは勿論、文武両道に性格も穏やかで優しいときたらフェリクスの次に人気があるのも頷ける。
シルヴィアと同じ銀髪に碧い瞳の女性から見ても美しいお兄様。
折角身近にいるのに、嫌われてるなんて・・・
・・・・辛い。
明日から、みんなにどんな顔で会えばいいのだろうか・・・
もう、考えすぎて眩暈がしてきた。
暫らくしてシルヴィア専属メイドのサラがノックして部屋に入ってきた。
室内はもう既に日が傾き薄暗くなっていた。
「お嬢様!目が覚めたのですね。旦那様と奥様を呼んできます。」
サラは部屋に入るとシルヴィアが起きているのを見てほっとした顔をしてシルヴィアが声をかけるよりも先に部屋を出て行った。
そして時間を置かずにすぐに両親が部屋に大きな音を共に入ってきた。
扉・・・すんごい音してたけど扉、壊れてないよね?
「よかったぁ、シルヴィア目が覚めて。」
「貴方は1週間も眠っていたのよ。もう、心配したわ。」
お父様は目の下に隈を作っていたし、お母様は涙をためて抱きしめてくる。
あぁ、心配かけたんだな。
さっきまでのネガティブな考えのせいでこの溺愛してくれている両親の気持ちまで一瞬疑いそうになっていた自分を恥じた。
「ごめんなさい、ご心配をおかけしました。
わたくしは一体どうしたんですか?」
抱きしめてくれるお母様を抱き返し、一旦体を離してから聞いてみた。
わたくしの言葉を聞いたお父様とお母様、部屋に控えているサラは目を丸くして固まった。
「どうしたんだ、ヴィー?まだ、具合悪いのか?」
「ヴィーちゃん、貴女らしくないわ。まだ具合が悪いの?」
お母様がわたくしの額に手を当てて熱がないのを確認して心配していいますが、ちょっとなんなんですか!?
「・・・お嬢様らしくない。」
サラがボソッと呟くけど聞こえてるわよ。
「元気がないな、何かあったのか?
いつものヴィーならもっと心配して欲しそうにするのに・・・」
お父様までわたくしをまじまじ、珍獣でも見るような目付きで見てます。
わたくし、そんなに構ってちゃんな発言してたかしら?
「そうよ、ヴィーちゃんならここぞとばかりにドレスやアクセサリーをねだるでしょうに・・・、一体どうしたの?」
いや、お母様そこは容認せずに叱ってください。
そんな我儘聞いていたら、テンプレ通りの悪役令嬢ができますわ。
「・・・そんな、何もないですわ。」
そう笑顔で言っても両親は心配そうな顔を崩しはしない。
「もしかして、王宮で何か言われたのか?」
お父様が厳しい顔で聞いてこられます。
その目は見透かすような鷹の目で、普段の娘にデレデレ甘いだけの父親でなく、流石、国王の懐刀として恐れられてるだけある鋭さのある視線です。
愛娘相手にやめてください。
怖くて震え上がりそうです。
「・・・そうか、わかった。お父様に任せなさい。」
鋭い眼光に恐れて何も言えず、だらだらいや~な汗を垂らしていたら、お父様が勝手に肯定と受け取り話を終わらせようとした。
いやいや、任せられないです。
万が一、お兄様や殿下たちの会話が原因だなんて知れたら大変なことになるわ。
だって、お父様わたくしが3歳で招かれたお茶会で瞳色のことを揶揄った子息たちのお家に社会的制裁をしたらしいもの・・・したらしいというのも流石に3歳の記憶って朧げなのよね・・・まあ、いいか。
兎に角、お兄様や殿下のことがばれない様にしないと!
嫌われていたって、推しは守るべし!!
「本当に何でもありません!
ちょっと王宮で倒れたことが恥ずかしかっただけですわ!!
本当です!!!
初めての王宮なのにこんなことになってしまいましたもの・・・。
わたくしはどうしてお城で倒れたのでしょうか?」
両親の話によると私は日射病になり倒れたらしい。
日が強くなっていたのに日陰のあるパラソルの中になく、陽光が煌々と照っていた入り口付近に立っていたことが原因だったらしい。
あの頭痛は、日射病のものだったのね。
わたくしが戻らないことを心配したサラが倒れた私を見つけてくれて近くにいたお兄様や殿下が直ぐに手近な部屋で医者に見せて帰宅したらしい。
そして、1週間も目を覚まさなかったのは前世の記憶がもどったことで重症化していたようだ。
「・・・本当に色んな方にご迷惑を掛けたのですね。反省いたしますわ。」
そう言ってしょんぼりとした後、上目遣いでお父様とお母様を見上げる。
本当はこんなのわたくしのキャラじゃございませんが、お兄様のためです・・・恥ずかしい・・・。
「まあ、ヴィーちゃんってばそんなに落ち込まないで。そうね、とてもお城に行くのを楽しみにしていましたものね・・・。
でも、まだ次もあるから大丈夫よ。」
「そうだぞ、王妃様も心配をされていたし、王太子殿下からはお見舞いの花も届いていたぞ、目が覚めたらお見舞いに来たいと言っていたから後で連絡しないと・・・。」
なんですって!!!
「お父様!!!
わたくし今回のことでお行儀の悪さがよ~く分かりました。
これから出来ましたらもっと礼儀作法を学びたいと思います!もっと素敵な淑女になりたいです。
ですから、できましたらそれまで殿下にはお会いしたくありません。
殿下には素敵な淑女になったわたくしを見てもらいたいです。
今のわたくしでは恥ずかしすぎて、ぜっっっっっっっっっったいに会いたくありません!!!」
今会ったらどんな顔をしたらいいのかわからない!
確かに推しはお兄様ですが、それでもわたくし殿下に強い憧れを抱いていましたもの。
それにまだ、気持ちの整理がついていませんから、
できたら会わなくて良い人には会いたくありません。
「そうか・・・う~ん。
まあ、まだ婚約者でもないしなぁ・・・。
ヴィーがそこまで言うなら、殿下には断っておくから後でお見舞いのお礼に手紙でも書きなさい。」
一先ず回避できてよかったです。
今日は流石に目が覚めたばかりだから、ご一緒の夕食は辞退してお腹に優しい野菜たっぷりのトマトリゾットもらって早々におやすみなさいと言って休ませてもらいました。
お父様もお母様もサラも部屋から出て、わたくしはもう一度考えていた。
わたくしが何よりも明日からしなければいけないこと、それはお兄様との関係改善。
何しろ死亡フラグなのだから。
このまま、嫌われたままゲームストーリー開始の学園に入りヒロインに出会ってお兄様が攻略されてしまって、もしも、ヒロインを苛めなくてもゲームの強制力によって断罪されてしまえば、勘当、国外追放、強盗に襲われ死亡になってしまう。
そうならないためにもお兄様と仲を改善しなきゃいけない。
そうでなくともお兄様は私の推しだ。
何度も言う!愛しの推しだ。
嫌われるなんて悲しすぎる!!
顔も見るのも嫌だと言われたらあきらめよう。
本音は好かれたい。
いや、傍に置いてくれるだけでいい。
何なら視界に入ってもいいと思われるくらいでもいい。
ううん、贅沢は言いません、視界でも隅っこで良いです。
・・・もう、後姿を眺めるだけでも良いです・・・。
兎に角、嫌悪されることの無いように頑張るしかない!
でも、この瞳色に嫌悪を抱かれているなら如何すれば良いのか・・・。
いっその事覆面でもして過ごす?
だめだ、目は出てるんだ。
じゃあ、サングラス?
って、この世界にあったっけ?
眼鏡はあったけどなぁ。
明日、サラにでも聞いてみようかなぁ。
いや、そんなことしたらお父様に不審がられる。
・・・・・・・・・・・・・・・疲れた。
もう、寝よ。
明日、起きてから頑張ろう!
読んで下さりありがとうございます