《2-07》
季節の移ろいが緩やかなこの世界において、初冬という季節なのだが天候はとても良い日々が続いていた。
散り散りになっている薄い雲、その間に見える青い空。薄い雲から差し込む太陽の光が柔らかく王都の城下町を照らしていた。
王都の城下町は、整然と石畳が敷かれ家々も白煉瓦と赤やオレンジといった暖色系の屋根でほぼ埋め尽くされていた。ずーっとずーっと昔、近隣諸国が争いをしていた時にその巻き添いを受けた我がマラカイト国にも敵兵が押し入り王都の一部が破壊されたしまったらしい。
ここからは歴史の授業で学んだのだが、その争いは隣国フォルトゥーナの援軍によって退けたが敵兵によって蹂躙された国の一部は破壊されていた。
王都を含めた復興計画をこの際だからと大々的に街道整備から城下町の区画整理まで行うことにした。というのも、フォルトゥーナが争っていた敵国を滅ぼし、被害を受けたこちらに見舞金としてその一部領地をくれるという大盤振る舞いをしてくれたことにある。
まあ、その時にある条件を入れられたのは想定内だけどね。内容がある種問題なんだけどね。
それにしても当時のフォルトゥーナは太っ腹だ。
いくら戦争の謂わばとばっちりを受けたとはいえその見舞いに、搾取した一部領地を分けるなど聞いたことがない。この世界だからかと思えばそうではない、後にも先にもこの限りだった。
その領地に鉱山があったことで経済的に潤って、国の彼方此方が整備された。その公共工事のおかげで、農地を焼かれた農夫に仕事を与え賃金を得て、住みかを破壊された一家に新たな家を与えることができた。さらに孤児となったり寡婦となったものにも生きていく手立てを与えることができるようになった。
王都の城下町の景観は、統一され同じ煉瓦や屋根材が使われ、今もその美しい景観はそのままだった。ちなみに後に農業を再開した人たちも、自分たちが国の主要街道をつくる一端を担ったと子供や孫に誇らしく語ったとか。
その整然とした町並みを眺めながら、シルヴィアは馬車に揺られていた。
先程までいたのは、街の景観と同じく白い建物、但し煉瓦ではなく魔法を施された壁材で作られた教会。屋根は、それとすぐにわかるように、爽やかなターコイズブルーの屋根材を使われていた。教会と治療院、修道院は、屋根色を敢えて変えたものになっており、最初にそう指示した者の意図通り目立っていた。
今回訪ねた教会は、王都の神殿に次ぐ大きさの教会で、神殿から派遣された見習い神官たちか大勢働いていた。
取りまとめる神官は、高位のもので位を表す肩から袈裟懸けしている帯は青色をつけていた。
この世界の神官の位は、『最高大神官』を頂として最高位の帯色は紫、しかも深紫を身に着けることができる。たった一人選ばれるため別名シオンと呼ばれることが多い。
次は『最高神官』こちらは5人に許された位で、身に着ける帯色は青。この『最高神官』の中にも位分けがされていて帯色が濃くなるほどその中での位が上とされる。濃紺、群青、瑠璃、藍、浅葱の順だったはず。『高神官』こちらは緑の帯色は緑。在位人数は20人で色は三種に分けられて萌葱、翡翠、若竹に分けられる。中位神官は在位人数制限はないけど帯色は茶系となって、その下には一般神官、つまりはその他大勢の神官。こちらは濃灰色の帯を付けています。見習いの神官はさらに薄い薄灰色の帯を付けていた。
これらはゲーム中にも記述がちょっとあって、隠し攻略キャラの一人が最高神官の一族になっていてそのとき少し触れていた。
そしてシルヴィアとしてこの世界で学んだ中に基本中の基本のこととして家庭教師から教えた貰った。前世を思い出す前まではそんなことなんて覚えても何の役にも立たないと思っていたシルヴィアだったけど、前世を思い出した私は違う!
ゲームの公式攻略本にも小説にも、原作者のブログにも載っていない裏設定を知ることがなんと面白く興味深い!
そう思えば思うほど、教師の言葉はスルスル頭に入ってきて貴族生活に必要なさそうな雑学も楽しく学んでいた。いま思うと、役に立たないどころか知らなければ後々苦労する。だって断罪の行き着く先が修道院ならば教会にもつながるわけだから、なんの知識もないまま入れば大変なことになるし、今は、断罪先の修道院をしっかり吟味しないといけないから基礎知識は必須。
話は逸れてしまったが、その教会の訪問は今回は施設を案内してもらい、治療院での軽傷患者を見舞った後、隣接する孤児院を訪問した。
孤児院の子供たちは見た目も顔色も悪くなく行儀がよく、代わる代わる普段どのように過ごしているか話してくれた。
特段変わったこともなく、恙無く慰問を終了して帰路についているのだ。
「ヴィー?」
つらつらとそんなことを思い返しながらぼんやりと流れゆく街並みを眺めていたところに同行してくれていたお兄様ことアレックスが声をかけてきた。
かけられて窓からハッとして其方に顔を向ければ、眉根を寄せた心配そうな顔をしたお兄様の顔があった。
「どうした?疲れたの?」
普段から口数が多いとは言えないシルヴィアだが、行きの道中、貴族の住まう住宅街から初めて町中に降りることにワクワクしていた様子とは違うことに心配をしたのだろう。
実際に今のシルヴィアは往路で見せた、紅潮した頬キラキラと明るく色を変え瞬く瞳、初めて見るきれいな街並みに心躍る様子がその姿からもわかるほど、そんなシルヴィアを見てアレックスも顔を綻ばせていた。しかし、今のシルヴィアの様子は、顔色は悪くはないがどこか落胆したような疲れた表情をしていた。
「いいえ、疲れてはいないです。ただ、初めての場所で少し緊張しただけです。」
強がりとわかるほど少し頬を上げた微笑を浮かべた。無理しているのがはた目に見てもわかるほど。
そしてそれは、すぐ横に座るアレックスにも見て取れたようで、寄せていた眉根がさらに深くなった。。
「・・・疲れているなら寄り道せずに家にもどろうか?」
「いやです!」
しばらく思案したのちにアレックスの口から出たことは頷くことは到底できないこと。何せ前回のお城に言った帰りに寄ろうねと言ってお流れになり、今回もとなるとヘコむ。
それでなくとも今回のお出かけに期待をしていた収穫はなかったのだから。
せめてご褒美の『アレックスと街デートイベント』擬きを体験しないことには気分が上がらないというものだ。
そう、帰路についていると言ってももとより寄り道を予定していた。前回婚約騒ぎの最中でいつの間にかキャンセルされた『アレックスと街デートイベント』そのリベンジだ。そのためにたくさん下調べをしたというのに今回もお流れなんて辛すぎる。
「本当に、ほんと~~~~~に大丈夫です。せっかくサラにパティスリー情報を聞いたのに行かないなんて何をしに街に出かけたかになります!!!」
大慌てで取り繕うことなく本音を言ってしまった。両の手を握りしめて必死の形相でした主張。何かがずれている。
何をしに街に出たかといえば、シルヴィアいい子大作戦のひとつ、教会の慰問だというのに・・・
「クスッ、そうだね、元気そうだしそのパティスリーは寄って帰ろうね。でも無理をしちゃだめだよ。」
必死の様相のシルヴィアにアレックスも笑いをこらえることができずに笑みを浮かべて了承してくれた。
食い意地が張っていたかのようなさっきの言動に少し恥ずかしく顔を赤らめる。しかし本当にこの世界のお菓子のかわいらしさは乙女ゲームならでは。
たしか見た目に反してブライアンが甘党でしかも見た目がかわいらしいお菓子が好きという設定があったはず。乙女ゲーム定番、ヒロインのお菓子作りもあった。結構お菓子にまつわるエピソードが多いのも乙女ゲームならではなんだよねぇ。いまのシルヴィアは侯爵令嬢だ。ヒロインの様に気安くお菓子作りなんてできない。前世ではネットを見てよく作っていたけど、お菓子を作るためには正確な計量が必要だ。あやふやな記憶でお菓子を作れば恐ろしい物体を生み出すことになりそうでいまだにチャレンジをしていなかった。
う~ん、時間があればいつかチャレンジしてみたいなぁ
そんなことを思いながら目的のお店にいつのまにかついていた。
「さあ、楽しみにしていたティータイムだよ」
そう言って、先におりたアレックスが手を差し伸べてエスコートされ店から少し離れた広場に降りた。
街の中心に位置するおしゃれなお店がいくつも並ぶ、貴族もお忍びでよく来るという界隈らしい。
メイドのサラが教えてくれたのは、シルヴィアのような貴族令嬢も安心して来ることができる安全な地域ということだ。
アレックスのエスコートされて馬車を降りた後は、そのまま手をつないできれいに舗装された道を行く。
大通りをしばらく歩く。アレックスのほかにももちろん護衛もついてくる。3人の護衛騎士が3、4歩後ろをついてくる。
「お兄様、あのお店は何かしら?」
普段は侯爵家の屋敷にいて、貴族の住宅街から出たことがない。ゲームの中でいくつかデートの背景として見たことのある。が、それはほんの一部。この世界で暮らしだしてから初めて、いや記憶が戻る前からも初めて街に出たのだから目に映るものすべてが珍しく、興奮を隠せない。
マナーの教師が見たら、はしたないと叱咤されるであろうことにも思い当たらないくらい、キョロキョロと小さな頭を動かして視線を彼方此方に向ける。
今日は貴族の普段着のドレス姿でなく、裕福な庶民が着る様な簡素だが上質なワンピースに身を包んだシルヴィア。目立つ銀色の髪は両肩で緩く結びつばの広い帽子をかぶっている。これならのぞき込まないと顔は見えないので感情を抑えたりして瞳を気にしなくても済む。コーディネートをしてくれたサラは、本当にシルヴィアの気持ちを察してくれる。本当に優秀なメイドだ。いつものお礼に何かお土産を買いたいなぁと思っている。
因みに、お金は出掛ける前にお父様より〈お小遣い〉と言っていくらか入ったお財布を貰った。その時にお金の使い方も学んだ。基本は金貨、銀貨、銅貨とあって、銅貨100枚で銀貨、銀貨100枚で金貨となる。ちなみにメガロ金貨というのもあって、それは金貨1000枚で交換できるという。
まだお財布の中を確認していないけどお土産を買うだけの金額はあると思う。なにしろ我が家は貴族の中でも高位というだけじゃない、この国の一大リゾート地や、国の食糧庫と言われる農産地を領地に持つお金持ちでもあるのだから。お父さんが溺愛してくれているシルヴィアのお小遣いを渋るとは思えない。
心配をするのならその反対かな?
あり得ないことじゃないと思いついてしまって、視線を肩から下げているバックに目を向ける。
黄色のワンピースに合わせてひまわり模様の黄色の花が大きく刺繍された丸くてコロンとしたバッグの中にはいっているお財布に一体どのくらいの金額のお金が入れられているのだろう。願わくば子供に持たせる常識内の金額であってほしいなと思う。
お目当てのお店まで、とことこ歩きながら見える店店は、お手頃であろうアクセサリーショップはもちろんだけど
かわいらしい小物のお店もあればスタイリッシュなステーショナリー、素朴な外観のパン屋さんやおいしそうな匂いが漂ってくる総菜屋さん。前世のニホンで見ていたアニメに出てきそうなかわいらしいお店たち。
その中のひとつに吸い込まれるように目がいった。
「あのお店は魔道具屋さんだよ」
一見ほかと変わらない白い壁、暖色赤系の屋根。売り物のイラストが描かれた看板や品物が並ぶ棚が表に出ていれば何を売っているのかわかるが、目に留まったお店は窓は小さくガラスも擦りガラスで中が窺えず品物を示す看板も煤けて何が書いてあるかわかない。でも擦りガラスの向こうからポワンと光が見えたりその光が強く点滅して移動していた。
魔道具屋!!!
なんてファンタジーな世界にぴったりなお店!
「魔石も売ってるし、魔法を付与したいろんなものも売ってるよ。なんなら入ってみるかい?」
「いいんですか!」
魔道具屋だと聞いた瞬間に、顔に隠すことなく素直なままな感情が出たのだろう。馬車の中でのシルヴィアの憂いた表情を気にしていたアレックスは迷うことなく魔道具屋に進路をかえた。
魔道具屋の外観は他と同じく白壁だが近づいてみると壁は古く所々ひび割れているのだが、魔法が作用しているのか薄く発光して近くによらないと古びた様子がわからない。木枠に填められたすりガラスの中は相変わらず見えないけど遠くから見えた光の点滅は鳴りを潜めていた。
年代物と思われるオーク色の扉の取っ手をアレックスが握り手前に引こうとした。
「あれ?」
ぐっと握り取っ手を引くが動かない。ならばと押してみるがうんともすんとも開かない。
「入り口が開かない・・・」
「お休みなのかしら?」
アレックスは暫く取っ手を押したり引いたりしてみたがやっぱり動かない。
諦めようかと取ってから手を離した。
「あの、ぼっちゃん?」
諦めかけた時、離れて見守っていた護衛の中で一番年長の男がアレックスに声をかけてきた。
「なんだ?」
「この店になにかご用があるのでしょうか?」
「いや、別に」
アレックスの返事に護衛は、う~んと唸って言いづらそうに口を開く。
「この魔道具屋は、〈魔女の魔道具屋〉です。」
久しぶりですいません。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価が増えて本当に嬉しいです。ありがとうございます。
誤字脱字報告、感謝しています。
つぎも早めにがんばります。