《2-05》
そんなわけで、断罪されないことをベースに推しと仲良く暮らすことが重要なことはわかった。
そして、もう一つ大切なこと。
それは悪役令嬢の必需品ともいえるべきもの、『取り巻き』
それを作らない!
お友達は欲しい。
でも取り巻きは欲しくない。
記憶に新しい、オルグレン伯爵家でのお茶会で絡んできた子息令嬢は『カトリーヌ様の取り巻き御一行』だった。テンプレ通りに通せんぼをされるわ、人の見た目の暴言を吐かれるわ・・・手こそ出されなかったけどあそこでお兄様が来なければそうなっていてもおかしくない。
ゲームでも小説でも嫌がらせの多くは、シルヴィアの手足のように動く取り巻きがしたとされる。しかも、その子らは断罪の時にシルヴィアに命令されましたって、声をそろえて証言している。その証言の中にはシルヴィアが命令していないものもあって裏切りにあったのだ。
侯爵令嬢であるシルヴィアに対しても、カトリーヌ取り巻き御一行は虎の威を借りるなんとやらで意地悪をするのだから、取り巻き御一行は平民から男爵なんて貴族の低位のものに対して何もしないわけない。きっとする、絶対にする。
だから、そんな友達はいらない。
いや、そんなの友達じゃない。
友達なら、そんなことをしてはいけないと諫めるはずだもん!
だけど・・・友達は欲しいよね。
そうだ!
良い友達をつくろう!
前世での読み聞かせをしていた時にみた絵本にあったじゃない!
類は友を呼ぶ。
悪いことをしている人には悪い人しか近寄ってこない。けど、良い行いをする優しい人には優しくてよい心を持った人が寄ってくる。
そんな話が合った。
だから、みんなが認めるいい人にシルヴィアがなればいいんだ!
そう思うと沈んでいた気持ちが浮上してきた。
思わず片手を握りしめ天に突き出して意思表明をする
わたくし、シルヴィア・レーヌは、悪役令嬢ではなく、優良令嬢として行動することを誓います!!!
◇
う~~~~ん
手入れの行き届いたレーヌ家の庭園に低く響く唸り声。
いろどりの良いコスモスが風に揺らいでいる花壇からひょこっと見える銀色の髪。
腰までの高さしかないコスモスの傍でしゃがみ込んでいるのは白くきれいな顔を悩まし気に眉間に皺を寄せているシルヴィア。
良い行いとは何ぞや?
王妃教育が始まるまでしばらく時間がある。
その間に出来るだけ“良い事”をしておこうと思ったけど
良い事そのいち!
お家のお手伝い。
窓の汚れに気が付いたからちょっと掃除を手伝おうと手近な布で磨いていたら、傍にいたメイドが真っ青な顔で慌てて駆け寄って平謝りされてしまった。
「いいのよ」って言ったのになかなか顔を上げてくれなくて困ってしまった。
よくよく考えると、貴族令嬢がすることではない。それに屋敷の掃除とかのお手伝いってつまりは使用人の仕事を奪うことになる。
一般的に考えれば気を利かせた良い事だけど、仕える家の令嬢が窓の汚れを見つけて手持ちの布、つまりはハンカチなんだけど、で拭くって嫌味でしかない。
「あ~らぁ、こんなところに汚れが・・・まあ、これでお掃除が終わったの?あなたの目は節穴かしら?」
これじゃあ、悪役令嬢どころかどこぞの小姑的な嫌がらせみたい・・・
窓の縁を指先で拭って嫌味を言うあの光景が今の自分と重なり合う。
というわけで、お家のお手伝い。
使用人たちの仕事を奪うことになるどころか、嫌がらせにしかならない
─────却下
良い事そのに
使用人の仕事のお手伝いは無理でも貴族である両親のお手伝い。
「お父様!わたくし、お父様のお手伝いがしたいです」
「そうかそうか、ヴィーはいい子だなぁ。こっちにおいで、ほら、お菓子をあげよう、ここに座って」
お父様がお仕事している屋敷の執務室にお邪魔して宣言すれば、いつもは厳めしい顔のお父様は鼻の下をダラダラ3倍に伸ばした(当社比)緩み切った顔で出迎えられた。扉を開けてくれた老年の執事の横を通りすぎ手招きされて近寄れば、重厚な執務机に同様重厚な革張りの椅子に腰かけているお父様のお膝に乗せられて目の前にお菓子を差し出される。
それを手で取ろうとすると悲しそうな顔をされて、コテンと頭を傾げると口元に運ばれる。
これは、つまり、あれですね。
あ~ん的なあれですね。
父が娘にするのか?
しかし、見上げたお父様はニコニコ顔だし・・・
チラッと室内を見ると、我が家の執事をはじめ侯爵家に仕える従者もいる。その顔は仕えるものらしくこちらを知らぬふりをしてるけど絶対にいいとは思っていない。我が家の執事に至ってはなんか視線がなまぬるい、ぬる過ぎる!
うわぁ~、なにやってるのやら。
これじゃあ、お手伝いじゃないよね。お仕事中に邪魔しにきた我儘娘じゃない!
「・・・お父様」
「ん~?ほら?」
そう言って口元をツンツンしてくるお父様。
「ううう~~~」
このままだとお父様の手は止まったまま。仕事も止まったまま。つまりは皆さんの仕事も進まない。イコールお邪魔な我儘娘の所為!
はい、良い事と真反対の悪印象しかないです!
室内の皆さんの目の前で羞恥に晒されながら、目の前に出されたお菓子をパクッと口に入れて恥ずかしさに顔を赤くして挨拶もそこそこに途に出してしまった。
もう~、絶対にお父様の手伝いなんかしないもん!!!
─────却下
良い事そのさん
ならば、ならば、同性お母様のお手伝いをしよう!!!
そうよ、貴族の女性のすることだもの。お母様のお手伝いが一番良いに決まってる。
なんでそこにはじめから気が付かなかったのかしら。
「お母様!わたくし、お母様のお手伝いがしたいです」
「あらぁ、ちょうどよかったわ。今からコールド子爵家のお茶会に」
「あいたたっ、お母様申し訳ございません。急にお腹が痛くなってきました。」
「まあ、大変。すぐにお医者様を呼びましょう!」
「いいえ、それには及びません。寝ていれば治りますのでお母様はわたくしに構わずお出かけください」
ちょうどサロンにいたお母様に声をかければ、シルヴィアの鬼門ともいえるべき一番嫌いなお茶会という言葉が聞こえたので条件反射で仮病を使ってしまった。
そうだ、お母様は常日頃からシルヴィアを連れて出かけたい、お茶会で娘自慢をしたい、褒めちぎりたいって言ってたのだ。
ううっ、やめよう。
危険に近寄るべからず。
今はまだお茶会とかどう考えても絡まれるとしか思えないイベントは避けて通りたい。
「君子危うきに近寄らず」だ。
─────却下
そんなわけで、良い事をするに何も思いつかずに、寧ろ、仕事の邪魔をするわ、仮病使うわ、使用人に嫌がらせじみたことすることになるわで撃沈。
私の想いつく善行の乏しいこと乏しいこと。
はぁ~~~、どうするかなぁ?
「ヴィー?そんなところでどうしたんだ?」
「お兄様!」
お庭の片隅コスモスの花壇に何度目かの重たい溜息を吐きかけて、そろそろ花の色が真っ黒に変色するのではないかというくらいになったころに、シルヴィアの愛すべき推しアレックスことお兄様がひょこっと花の間から顔を覗かせた。
その後ろには、籠を手に持ったボブ爺もいた。
「この辺に何か動物いなかった?さっきから唸り声が聞こえていたけど・・・」
スイマセン、それはあなたの妹です。
「・・・イエ、ミテイマセン」
多少片言になってしまったけど何とかかえした。ボブの顔がニヤニヤしていて聞こえていたうなり声が何であるのかわかっている顔だ。
「お兄様はどうされたのですか?」
「僕は、前にヴィーがハーブのことを話していただろ?我が家にはないのかなって思ってボブに聞いたら温室とその傍に薬草園があるというから今から見に行こうとしていたんだ。」
なんと!
今まで見て回っていた庭のどこかにハーブを植えた薬草園があるなんて!
知らなかった
「わたくしも行きたいです」
二もなく笑顔で告げればお兄様は、執務室で見たお父様と同じくらいのニコニコ顔で行こうと手を差し出してくれた。
仲良く手をつないでボブが言うところの温室に向かう。
レーヌ家の庭には温室はいくつかある。大温室は文字通り一番大きく、ランの花が多く植えられていた。ほかにも緑が多い観葉植物の温室もある。貴族のもつ温室は植物もだがその中に調度品を置いてティータイムを楽しめるようになっているものが多い。
そして御多分に漏れずレーヌ家の温室もそれぞれ趣向を凝らした温室に合わせた調度品で品よくそろえられていた。
しかし今回、ボブ爺の言うところの薬草園はそれらの温室とは違い中流家庭にある小さな温室。前世の記憶にあるような広さは4畳半の広さのガラス張りのもの。温室自体の造りはしっかりしたものだけど他と比べて本当に温室の役割を果たすだけの建物。調度品どころかベンチすらもない。
キィーッ
甲高い蝶番が擦れる音を立てて開く温室の扉。温室の素材と同じくガラスで造られたそれは通常の扉よりも重たかった。
「うわぁ~・・・」
中に一歩足を踏み入れると、そこは薬草といえど多種類のハーブが植えられていた。
有名どころのペパーミントはもちろん、アーティチョーク、エルダーフラワー、オレガノ、パセリ、カレンデュラ、セージ、コリアンダー、タイムやバジルといった料理に使うものまである。それらはすべてイキイキとしていて根元も太くしっかりとしたものだった。
そしてもちろんカモミールもラベンダーもある。
それらは温室の外、入り口と対にあるもう一つの扉から出た先にある花壇に植えられていた。ほかにも種類が多い。
一体何種類あるか?外に植えられているカモミールとラベンダーは相当大きく花畑と言ってもいいくらいに広がっている。黄色の中央部に小さな白い花弁のカモミール、その隣は紫色のラベンダー。きれいだなぁ
「これは、すごい・・・どれくらいの種類があるんだ?」
お兄様も初めて見るのか驚いている。
「ん~そうさなぁ、思いつくまんま種を見つけて植えたけぇのう。少なくとも50はあるかぁ」
爺の癖の強い方言で答える。爺は温室の入り口に立ったままいる。
「大概のハーブは手はかからんのが多い。じゃけえいつの間にか増えたんよのう。カモミールもラベンダーも随分広がったけえお嬢ちゃん良かったら摘んでみんさい。乾燥させて使うんならいくらでも使ってええで」
そう言って籠を手渡してくれた。
「僕もヴィーがハーブの話を殿下にしたって聞いて、家にあるならヴィーが言っていたポプリを作るのもいいなって思ったんだ。」
どこか照れたようにポリポリと頬を指で掻くアレックス。一般的に男性がハーブでポプリ作りをするのは聞かない。おそらく婚約が決まり、落ち込んで考え込んで見えるシルヴィアのために作ろうと思ってくれたのだろう。
「うふふっ、ありがとうございます。お兄様」
部屋に籠るラベンダーの香りはフェリクス殿下を思い出して辛いけど、今この場のカモミールとラベンダー、ほかにも混ざるハーブの香りは優しい兄の心に安らぐ。
思わずほっこりとほほ笑みを浮かべた。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ・評価・誤字報告ありがとうございます。
ブクマ・評価くださるとやる気になります。うれしいです。
私はラベンダーよりもカモミール派です。どちらもすっごく増殖しますよね。