《2-02》
短いです。
窓から見える景色は緑繁った森。春、芽吹く青々としたグリーンのグラデーションの森が一面に広がっている。
森の向こうは、クオーツ学園の白亜の校舎がある。
ここは学園の寮。森に囲まれた深層の令嬢たちが住まう女子寮。学園よりも奥まった森に囲まれた円型の建物、入り口は一つだけ。
外からは円柱型に見えるが、実際はドーナツ型になっている。上階は広く豪華な部屋になっており、高位貴族専用のエレベーターの擬き『移動空間』がある。魔法で動く小部屋と言われているそれは、入口の小ささを感じさせない異空間となっており、ソファーセットのある品の良い調度品を備えた貴賓室ような様相となっている。
此処に入れるのは高層階に住む高位貴族の生徒とその使用人だけ。
他の生徒は、各階の自室まで階段を使うこととなる。なので、下の部屋は1~2階は上位の伯爵家、3階は他の伯爵、上位の子爵、4階は子爵男爵、5階は下位の男爵、平民に分けられている。階段も上に上がるにつれて狭く暗いものに変わっていた。
寮の最上階、の一番広い部屋の主となったのは、王太子の婚約者で未来の王太子妃のシルヴィアである。
最上階フロアすべてがシルヴィアの居住となっている。
居間と寝室が分かれたものであるのは当たり前、使用人の部屋も5部屋与えられていて、お風呂洗面、キッチンとすべてが備え付けられている。衣裳部屋とされる小部屋も別にあるというのだから一体ここに住まう令嬢の在り方とは、シルヴィアの思い描く学生らしさとの落差に戸惑っていた。
いくら高位貴族の令嬢でマナーなどで雁字搦めになっているとは言えども、それは学生である。
それなりに自由もあるだろうと楽しみにしていたというのに・・・
ゲームのマップで知っていたとは言えど、この女子寮と男子寮は学園校舎をはさんで真反対に建てられていた。寮を訪ねていい異性は、家族と婚約者、入学前に申請登録された使用人のみ。
いくら貴族社会でこの学園の校則が厳しいとはいえ、ここは乙女ゲームのはずなんだけどなぁ・・・
シックにそろえられた室内の調度品の中、窓際に机と猫足アンティーク調の布張りの重厚な椅子に腰かけて森の先にわずかに見える白亜の校舎をぼんやり見ていた。
「お嬢様、初日から大変な目にあいましたね。」
そう言って微笑むのはマギー。
頬のふっくらとした愛らしい女性だ。
「そうね・・・マギーもご苦労様」
マギーは愛称だ。
正真正銘、本物のマーガレット。
入学式が終わり振り分けられたクラスでホームルームが行われ、それが終われば今日は解散だった。
イロイロ問題があった。
起きた・・・
本当に・・・、なんでこうなった?
今日あったことを思い返し、重い息を艶やかな唇から悩まし気に吐き出した。
そのシルヴィアの前に静かに香り高いハーブティーが置かれる。
そこには執事服に身を包むギルがいた。いまいちギルが何を思ってシルヴィアに仕えているのかシルヴィアはつかみきれない。
「カモミールティーのブレンドだそうですよ。じいちゃんの新作ブレンドって言ってました。」
ギルはボブ爺の玄孫にあたる。年齢も20歳になったボブの玄孫の中では一番若いらしい。
3年前にボブ爺から紹介されて以来従者として専属執事になってもらったけど、本人はちょっと不満らしい。
「あと、庭の新種の薔薇も届きました。じいちゃん渾身の作らしいです・・・はあ、俺も一緒に育てたかった・・・」
見るからにしおれていくギル。ギルの示す先には、うっすらとしたオレンジの入ったクリーム色のグラデーションの薔薇がいけてあった。
ギルは本当は、ボブ爺について庭師になりたかったようだ。しかしボブ爺からの一言でシルヴィアの執事に据えられてしまったのだ。
見た目はこげ茶の髪をしっかり撫でつけて一つに結び、細目で切れ長のグレイの瞳はよくある一般男性の大きさの瞳。レーヌ家の領地のほうで庭師をしている家族について仕事をしていたせいか、よく日に焼けた褐色肌以外は見た目は全くのモブらしい容貌だ。ゲーム内なら顔や体の輪郭があるけど顔が書かれていないモブさん。まさしく印象に残らない男。
・・・でも体付きはいいのよね・・・
爺からの新作薔薇を眺めているギルを見ながら初対面のことを思い出す。何故シルヴィアがギルの体付きまで知っているかといえば、決して破廉恥な理由からではない。
なにせこの男ときたら、初対面にして上半身裸になって庭の池で泳いでたんだから!
その時に見た、日に焼けたいい体・・・こっちの世界で意識があってから初めて異性の裸を見た。それは夏場に砂浜で見るサーファーのように程よくついた筋肉と日に焼けた肌というものだった。しっかりシックスパックがありましたよ。
令嬢シルヴィアにとっても、恋愛ゼロ異性とのつながりゼロの前世の私からしても刺激的でフリーズしたのちに意識がブラックアウトしたのは仕方がない事だろう。
そのあと目を覚ましたら、何があったのかシルヴィア付き執事服に身を包んだギルとの対面になったのだから。あの時の不服そうな顔は、ギルの上半身裸と一緒で忘れられないだろう。
「ふ~ん・・・」
それだけ言って爺、特製のハーブティーを口に含んだ。林檎のような清々しい香りが口いっぱいに広がり後味もさっぱりとしていたほっと一息ついた。
カップを戻した時、視界をかすめた柔らかい桜色。
「マギー、今日ぐらいあなたものんびりしなさい。」
顔を上げて室内をいそいそと動き回るマギーを見る。
さっきまでおそろいの学園の制服に身を包んでいたというのに、もうレーヌ家で見慣れたメイドのお仕着せに着替えていた。
「いいえ!サラさんからシルヴィア様のメイドの仕事を捥ぎ取ったのですからしっかり仕えさせていただきます。」
元気のよい返事を笑顔で返してくる。嬉しいと本気で思っているみたいだ。
本来ならば、ヒロインとして入学イベントをしないといけないはずなのに、シルヴィアと一緒にいてはなにも起こらないと言うのに・・・
本物ヒロインことマーガレットと出会ったのは婚約者に選ばれてからしばらくたった頃。あることが切っ掛けで出会った。それ以来、我がレーヌ家のメイドとして一緒にいる。
ゲームとの展開の違いに補正って入ってるのかしら?
もしも補正が入るとしたら、今日あったあのショッキングピンク頭の男爵令嬢がこの世界のヒロインということなのだろうか?
誰に相談できることでもないので、一人思い悩んでいるように見えるシルヴィア。
窓辺に物憂げな視線を向け、再び重い息を吐く。
ゲーム・・・始まっちゃったなぁ・・・
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