《2-01》
再開します。
更新は相変わらず不定期になりますがよろしくお願いします。
良く晴れた青い空、優美な白亜の宮殿のような佇まいのその建物は、マラカイト国すべての貴族と、一部の認められた平民にのみ入学が許された、クオーツ学園。全寮制の学園だ。
白い壁に所どころはめ込まれた水晶によってあらゆるものから守られた、国の次世代を育てる学舎。
その学舎の入り口はアーチ状になっていて、それをぬけるとこの国の守りの女神様の像のある大きな噴水がある広場がある。広場にはパラソルの立てられた鋳物テーブルとチェアのセットも置かれ、ベンチも同じように均等位置に配置されていた。それらはすべて白に統一されていた。
・・・・・・うわぁ、オープニングと同じだわ
登校する生徒たちの中ぽつんと佇む、輝くプラチナシルバーの髪を風になびかせ本来ならば青色の瞳を澄み切った水色でキラキラ輝かせている一人の少女。この学校の生徒らしく糊のしっかりきいた白いセーラーカラーの襟のウエスト切り替えのワンピース型の制服に身を包んでいた。タイは臙脂色を付けており、そこだけが唯一の色が付いていた。制服は白一色。
純真純白の乙女を表すというのだが・・・
ああああああ!あの噴水に一番近いベンチで、ヒロインとフェリクス殿下が昼食をとっていたのよね。確かヒロインお手製のお弁当で・・・きゃあ、ここなら隠れて見れるわ。いいポジションを探しておかないと!たしかあれは好感度が友情以上になってから発生するイベントよ。雨が続いて久しぶりに晴れたから外でランチなんてどうか?ってたしかフェリクスから誘われて、その時お弁当に入れているおかずの選択で好感度が爆上げできたはずで・・・
「お嬢様・・・そろそろ行きませんか?」
「もう、ギル!お嬢様はこれからのことに思いをはせていらっしゃるのよ。邪魔しないで!」
「・・・いや、違う。絶対に違うぞ・・・マギー」
皆様ごきげんよう。
わたくし、シルヴィア・レーヌでございますわ。
15歳になりましたの。
本日よりこのクオーツ学園に入学することになりました。
10歳で前世を思い出し、11歳でゲーム強制力なのか妖精さんの悪戯なのか、攻略対象の婚約者、乃ち悪役令嬢という役どころにシナリオ通りに収まりました。
ええ、あれからここまでいろいろありました。
イロイロと・・・
ありすぎて何から、話せばいいのやら・・・
「おはようシルヴィア。」
アーチ状の門を入ってすぐの場所で立ち止まっていたので、幾人かに朝の挨拶をされて返してはいたけどその声はほかのものとは違いわたくしの心、前世の私の心も鷲掴みにした。
ゲームと同じく耳に心地よく響く声。低すぎず硬質過ぎない硬さがあり少し冷たい高貴さを感じる声。でもこの声が好感度が90以上になった時に甘く蕩ける魅惑ボイスに変わることを私は知っている。
「おはようございます、殿下。」
体ごと振り返りキラキラして緩んでいた顔を収めて淑女らしい優雅な微笑みを浮かべて挨拶をした。
振り向いた先にいたのは精悍な顔立ちをしたフェリクス・マラカイト、この国の王太子様にして『君が為に花束』の攻略対象だ。蜂蜜を溶かし込んだような煌びやかな金髪をミディアムロングな髪形で結ばないままの後れ毛が風になびいている。風に揺れてうなじが時々見えてドキッとさせられるという表現があった挿絵そのままの姿がそこにあった。知性にあふれた水色の瞳は数年前には大きくまだ子供らしさがあったが、今は切れ長なそして長い睫毛で覆われたキリっとした男らしい姿になっていた。頬のラインもシャープになりスッキリとしていて美しい顔。
もうまさしく王子様みたい!
違ったみたいじゃなかった、正真正銘の王子様でしたね。
婚約者に決まった当初は将来の断罪に絶望感を抱きフェリクス殿下に対してどう接すればいいのか迷ったものだ。
しかしありがたいことに王妃教育が始まって『正しい王族への接し方』というものを学んでからは、それだけを忠実にしていたらどうにか様になっていった。
最もその行動でシルヴィアに対して、フェリクスの好感度が上がることはないけど。
好感度が上がるどころかその可能性はゼロに等しい。
なにせ悪役令嬢だもの、地が違う。
ゲームでもヒロインがハッピーエンドでもバッドエンドでも友情エンドであっても、シルヴィアへの攻略対象たちからの好感度が上がることは少なかった。
一つの例外を除いては・・・
「ヴィー、おはよう!一緒に登校できなくてすまないね。殿下に付き添うことがなければ寮まで迎えに行ったのにね。」
そう言って人前だというのに髪に触れていたのは兄であり前世からの一番の推しであるアレックス・レーヌその人。この兄に関しては、アレックスルート以外ではシルヴィアとの関係はさほど悪くならない。個々に断罪はされるけど、アレックスとは最後まで付かず離れずの距離感で好き嫌いの表記よりも無関心のように表現されていた。
でも現実は10歳に前世を思い出してからは、アレックスがシルヴィアのことを嫌う、無関心になる様な我儘や両親からの過大な甘やかしを撥ね付けて、褒められるような令嬢を目指して努力していたらアレックスからの好感度は見えなくても爆上がりしていった。
アレックスのトラウマはもともとシルヴィアに由来しているものだから、それをなくすように努力をすることが一番いい。アレックス自身が努力する姿に好感を持つ人なのでシルヴィアがここまで頑張ってきたことに好感を持って当たり前なのだ。努力は報われるものなのだ!
その兄も昨年から学園に入学していた。シルヴィアと同じような銀髪はシルヴィアよりも色は濃く長く伸ばしていた。今は一つに編んでまとめて飾り紐で結んでいる。ゲームと同じく秀麗な顔立ちも今はシルヴィアにでれて甘い顔をさらしているが、普段は表情を出さずに氷の貴公子とゲームと同じくすでに呼ばれていた。
「・・・・・・こんなところで何をしていたんだ?」
アレックスのシルヴィアへの余計な言葉が含まれた挨拶に微妙な顔をしてフェリクスが話しかけてくる。
「えっと・・・」
まさかここであなたとヒロインとの逢瀬を思っていましたなんて言えるはずもない。
うまくごまかすこともできずに答えあぐねていた。
「きゃぁっ!」
背中にドンという衝撃と視界をかすめるショッキングピンクの彩り。
ピンクの塊は、シルヴィアにぶつかりフェリクスの目の前に転び出た。かろうじて地面に倒れる前に思わず差し出したフェリクスの手をひっつかんでそれは回避されていたけど、そのまま抱きついた・・・ピンクの塊。
そういえば・・・
「ひどいです!!!私が気に入らないからって突き飛ばすなんて!!!」
何言ってるのかしら・・・このピンク。
「えっと・・・?」
「ちょっと!お嬢様にぶつかってきたのはそっちでしょ!お嬢様は一歩も動いていなのに言いがかりだわ!!!」
戸惑うシルヴィアに控えているマギーは一つにシニヨンでまとめた頭を振り乱してピンク頭に猛攻撃をする。
「そんな・・・ひどいです・・・」
よよよっと悲し気に眉を寄せてオレンジの瞳を潤ませるピンク頭。それはいまだフェリクスにしがみついたままだった。そして、抱き着かれてフェリクスは、ぁ・・・、ぇっと、と意味をなさない言葉を口から漏らして戸惑いを隠せないでいる。
「・・・とにかく、君は殿下から離れて。」
そう言って、フェリクスからピンク頭を無理やり剥がしたのは幼少から変わらない赤毛の短髪のオスカーだった。顔はほかの3人に比べれば幼さが残っているがこちらも男らしく成長をしている。顔は幼いが身長の成長は著しく竹のようににょきにょき伸びている。しかも騎士団の訓練に12歳になってから特例で本格的に参加していたので筋肉が付いて身長に加えて体も大きかった。幼さの残る顔に逞しく高い身長のオスカーはそのアンバランス的な姿に多くのお姉様方の人気があった。
この学園内では、王様から非公式ながら王太子の護衛を密命として受けていたオスカー。
本来ならば、このような女性がフェリクスに触れるまでに対処をしないといけなかったのだが、フェリクスとシルヴィアの逢瀬の邪魔をしては・・・と遠慮をしていたのが悪かった。対応が遅れてしまってこんなことになったのだ。
しかしそれも仕方がない。
この門を入ってすぐ、これから通う学園の校舎の豪華さに慄いて立ち尽くしてしまったヒロインにシルヴィアが邪魔だと言って突き飛ばすのだ。そこに助けに現れたのがフェリクス。
倒れる直前にヒロインをその腕に抱き助けるフェリクス。そしてそのフェリクスに付き添っていた側近3人と同時に出会う『出会いイベント』
これは強制的に起った出来事。シルヴィアの婚約確定と一緒で仕方がない。
・・・・・・がっ!!!!!
ここで重要なのはこのピンク頭がヒロインならばである!!!
「すっ、すいません。殿下って・・・えっと王太子殿下?」
剥がされて瞬時に顔を上げてフェリクスに謝るも、その表情はあざとさ満載の上目遣いで聞いてくる。声も上擦ってはいるが遠慮しているという風でもない。
ウキウキ感が隠せてないぞピンク頭。
「確かに私は王太子でフェリクス・マラカイトだ。」
そう挨拶を返すしかない。フェリクスも公によく見る様なうっすらと笑みを浮かべて目元を眇める。見る人が見ればそれは笑顔でなく警戒をしている顔なんだけどそうとは周りに読み取らせない巧みな表情を浮かべる。
現にピンク頭は、笑顔を向けられたと思ったのか頬を染めていた。
「ああ、僕はブライアン・ダルトンだよ。君は新入生かな?」
ピンク頭のフェリクスへの視線をさえぎるように、艶やかな漆黒の髪を無造作に束ねたブライアンがピンク頭の前にうっとりするような笑顔を作って話しかけてきた。
「は、い・・・あの、私、マーガレットと言います。あっ、えっと、マーガレット・カーティスです。」
「ふーん、カーティスというとカーティス男爵かな?」
「そうです!」
ピンク頭の自己紹介を聞いて、アレックスが小さく呟けばそれにパッと嬉しそうな笑みで答える。
「そうか。本来ならいくら学園内とは言えども王太子殿下に妄りに触れることはいけないことだ。フェリクス殿下に限らず、淑女ならば異性にいちいち触れるものではない。普通に罰を与えてもいいくらいだ。」
アレックスは顔に一切の表情は見せずにピンク頭を一瞥して言う。その通りだ。
学園内、形としては身分関係なく友好関係を築いていこうという触れ込みだが、小さな貴族社会の縮図でもある学園とも謳っている。高位の貴族ならば知っていて当たり前のこと。それとは別に共学だからこそ、男女の触れ合いに厳しい罰則もある。特に女性、淑女には慎みを強く求められる。男性も女性に対して紳士的に接する以外の触れ合いは禁じていた。
確かゲームでも最初はその校則によって攻略が進まないということが多々あった。
「とはいえ、今日は入学式の祝いの日だ。見逃してやるから早く校舎に行け。」
そう冷たく言い放つと、ピンク頭が落としたであろう落ちていた鞄を渡した。
「ありがとうございます!!!」
アレックスの話を聞いていないのか、とても初対面の男女の距離ではないくらいに近づき頬を真っ赤に染めてお礼を言うと、これまた淑女らしくもなく駆け足でスカートの裾を大きく翻してバタバタと走っていってしまった。
「・・・・・・・・・・・・なんだ、あれ?」
ちいさく呟いたフェリクスの声がそこにいる面々にだけ届けられた。
誰も何も言わないが全員が往々にして同じことを思っていた。
「マーガレットね・・・だって、マギー?」
「あんなのと一緒にしないでください!品のない!!!」
シルヴィアの後ろに控える2人の声にシルヴィアが不安そうに振り返る。
一人はシルヴィアが連れてきた従者のギル。彼は学生ではない。だからわかりやすく黒の執事服にレーヌ家の家紋入りのピンを襟に付けている。
そしてもう一人のマギーと呼ばれる女性は、シルヴィアとおそろいの制服に身を包んでいた。年もシルヴィアと同じ。
「同じマーガレットでもここまで違うものね。」
振り返ったシルヴィアが見ているマギーは、少し乱れてしまったが纏められた柔らかいピンクゴールドの髪に一筆筋を引いたようなピンクの入った金の目をしたかわいらしい庇護欲のそそられる女性。
今はその目立つ瞳は銀の縁の眼鏡で隠されていた。
おーい、本物のマーガレットはこっちだよ。
偽物、マーガレットさん!!!
読んでくださりありがとうございます。
次回は回想録になります。