無理だよ
クラウス様が帰ってから、よ〜く考えてみたら、ジェイのような子を助ける方法が、教会の話になって、聖者の話になって、創造主から答えが来たら婚約することになってる。
王家の婚約者? とんでもございません。 やだと言ったらやだ。絶対だめ。私をまた地獄に落としたいのか、クラウスよ!
心の底からイヤダイヤダ絶対嫌だの大合唱が私の頭の中で、四六時中
わんわん響いていた。
それが、昨日から、今日にかけて。
そして何でまたいるのよ?
うららかな午後の日差しが入るティータイム、応接室の目の前のソファーにクラウス様が座していた。
優雅に、ティーカップをソーサーに置くと、クラウス様が、穏やかに話し始める。
「メイ、君に聞きたいんだが、子供たちを助ける方法について、何かメイならではの提案がないだろうか?」
「それをいきなり、また私に聞きますか? こんなちびっこに?」
「ちびっこ?メイは、ちびっこではない。大人顔負けの聡明な令嬢だ。」
「まさか」
「これは、私の勉強のようなものだ。 出来るだけ多くの人に意見を聞いて理解を掘り下げようとしてるんだよ。手伝ってくれるかな?」
「難しすぎて、私には、わかりません」
「そうか。 フローラ嬢は、貴族の夫人を集めて、皆でキルト作りをしたりバザーをしてお金を集めて子供たちに食べ物や服を購入すると言っていたよ」
「それは、素晴らしいことだと思います。 でも解決には、貢献しそうもない気がします。 貴族の気まぐれな寄付では、どうにもならない。制度や法律が必要とおっしゃったのも、清教会は、頼りにならないとおっしゃったのもクラウス様ですよね。なんで、蒸し返すんですか?」
「そうだね」
「清教会は、どうすると言ってたかな?」
「 だから、1%しか貧者に割かないと」
「昨日、貴族会が奏上してきた法案がある。それは、工場労働者の最高賃金を決めて従わない者を処罰するというものだ」
「最高賃金? 最低賃金の間違えではなくて?」
「いや。最高賃金だ。 工場が増えて、労働力が足りないため、賃金が上がってくると産業が立ち行かなくなり、国力が衰えると。 だから、給与が際限なく上がらないように、最高賃金を決め、それ以上支払った工場長を罰するという法案だ」
「そんな酷い法案がありえますか?」
「ああ。工場主が、かなりの賄賂を貴族たちにばらまいたようでね。 貴族会では、すでに承認されて、あとは王会が許可すれば、施行される」
「王会は、許可するのですか?」
「詳細は、わからないが、私の心象だと否決したいようだ。 だが、工場主とそれにつながる貴族達の勢いがすごくてね。 一方で、工場労働者たちによる一揆のようなものも隣国では起きていることを考えると、工場労働者の待遇改善も急務だ。 ここのところ、連日王会が開かれている様子で、聖者も招かれているようだ」
「セルージュ先生がいらっしゃるなら、きっと否決されるのではないかしら」
「この法案を否決しても、状況は、変わらないだろう。 メイ、メイだったらどうする?」
「そうね。私だったら、もちろん否決するわ。 でもそうすると工場主の反発がひどくなるのでしょう? 否決するとともに、工場主の利益になって、労働者の労働条件も改善する、国民が豊かになるような施策を提案するわ」
「すごいな。 どんな施策なんだ?」
「そんなの、わかるわけないわ。 でも、子どもから、おもちゃを取り上げたら、代わりに、もっとワクワクするものをあげないと、泣き喚いて、収集がつかなくなるわ。 そうね。 例えば、今あるおもちゃで遊ぶのは、終わりにして、新しいおもちゃを作ろうとか、お外で遊びましょうとか」
「子どもに例えるとはね」
クラウス様は、苦笑いした。
「新しいおもちゃを企業主に置き換えたら、新しい商品や、新しい市場、新しい産業ってなるわね」
「新しい商品、新しい市場、新しい産業ね。 うん。 すごい発想だな。 さすが私のメイだ!」
「なんで、私のメイになるの」
「私のパートナーだからさ」
反論しようと思ったけど、クラウス様があんまり、嬉しそうだから、何となくやめた。
「新しい産業は、印刷業とか、金融業、交通、船舶、娯楽業、機械工業、服飾、建設、物流、インフラ、輸出入、情報・・・は、まだ早いか」
「インフラ? 情報?」
「あー、考えてるから、ちょっと黙ってて」
「うん?」
クラウス様は、変な顔をしてる。 うるさい。ちょっと黙っててよ。 悪い頭で考えてるんだから。
「新しい市場は、海外市場、国内の市場。 そうそう、労働者が給与を十分もらえるようになったら、労働者層が大きな市場になってくるわ。 海外は、よくわからないけれど」
「新しい商品は、うん! すぐに思い浮かばないけれど、簡単なものならば、食品から、娯楽、乗り物、服飾、インフラ関係まで、私のアイデアを実行に移すために、研究してくれるチームがあれば、その研究成果を取引材料にできないかしら?」
「メイのアイデアは、その、飛行機とか、おりがみとかか?」
「あれは、子どもの遊びの1つでしょう? 紡績工場が振り向くような大きな市場にはなりそうもないわ。 あーあ、グーグル検索結果が出てくれば、なんてことないのに! 日本にネットで繋がっているコンピュータにアクセスできたりすれば、すごいのに。 私のへぼい記憶には、数式も設計図もレシピもろくに入っていないわ。 入っているのは、自分が受けた教育システムや身の回りの法律や出来上がっていた社会状況。それだけで、何かできるかしら?」
「えーっと、グーグル? ニホン? ネット、コンピューター、アクセスって何だい? それに、何か私の知らない教育を受けたように聞こえるが、どういうことだ?」
「あーっ、夢の中のこと。私の空想よ。 だって、今の私の意見は、単に、理解を掘り下げるための仮説でしょう? 言いたいことを言ってるだけよ。 気にしないでくださいませ」
「メイの言うことは、私は気にするよ。 もしかして、これが国に幸運をもたらすものではないか?」
「幸運! あっ! ジェイくん。 ジェイくんが、きっかけになるのよね。 そうよ。ジェイと話しましょう。 となると、クラウス様、また、こんどいらして下さい。 ジェイと私で、話しますから。 クラウス様も、そのうち、ジェイに紹介しますわ!」
「ジェイとそんなに仲が良いのか? 」
「ジェイは、友達の友達だから友達です。 それにジェイくんは、私のことを天使だって。 変でしょう? まあとにかく、クラウス様、今日は、もうティータイムは、終わりです。 従者の方も時間を気にされているように見えますわ。」
半開きのドアの向こうに、先ほどは、いなかった、アー 何だっけ、アーバイン様だっけ、ちょっと軽薄な騎士の人が居て、こっちをチラチラと伺っているのが目に入った。
「わかった。 ジェイとの話については、逐一知らせてくれ」
「ええ、まあ、いいですけれど」
その日、クラウス様を追い出した私は、ちょっとワクワクしながら、ジェイくんの部屋に向かった。




