天啓の間
石造りの城の中央階段を登りつめたところに、「天啓の間」がある。
その部屋は、城が奉献されて以来、聖者と王族の血筋を持つもの以外の出入りが禁じられている。
だが300年前、その決まりが破られたことがあった。
当時 清教会は、国王よりも強い権力を持ち国王に対し献金と領地を要求した。
だが
ヴィダストリアが清教会を認めないため、荘厳な教会堂で葬式も結婚式も洗礼も受けられない民は、ヴィダストリアが聖者に従う限り、神に救われないのではないかと不安に思っていた。
また多くの貴族達にとっては、正義と慈愛を信条とする聖者とは折り合いがつかないことが多すぎた。
だから審問官により不当に断罪された権能者達が、殺されるのを良しとしていた。
天啓の間に当時王国にいた全ての権能者が集められた時、反聖者貴族の導きで雪崩れ込んだ清教徒の審問官により、その全てが、異端者として逮捕され、裁判もなく、引っ張りだされた広場で焼き殺された。
貴族は自分の利権が得られるとほくそ笑み、民は、これで、周囲の国々と同等に扱われるとむしろ喜んだのであった。
「ほら、見てみろ、お前たちの創造主は、お前たちを守らないではないか。」
審問官達は、そう言い捨てて、聖者たちを焼いたが、
聖者たちは、火の中で、叫んだ。
「創造主の技が潰えることはない。だが、お前たちとこの世界は、これから何百年も呪われるであろう。我らが死ぬ時、創造主の直接の導きを得る力は、失われる。 権能者が途絶え、己がつくった物を神と仰ぐ。 戦火は、お前たちを覆い尽くし、血で血を洗う戦いが絶えないであろう。
自分の腕にのみ頼ることを選んだのは、人間である。 望んだのは、自分自身である。」
その予言の通り、権能者が焼き殺されて、間も無く、蛮族が襲ってきて、無情な戦争が始まった。
この戦いは、蛮族がこの国のすべての男子を殺すまで、続いた。
聖者らを焼いた審問官は隣国に逃れ、清教会に匿われたが、隣国に蛮族の侵攻が及び占領された際に、戦争を招く悪魔に従い罪のない聖者を殺した者として人々の憎しみの対象となった挙句、火あぶりの刑に処された。
戦いは、40年続き、地は荒れ果て、遺体も城も放置され続けた。王より勝っていた 清教会の権威は失墜し、清教会の領地は失われた。
40年後、このことが起こる直前、聖者の予言に従い北の島に逃げていた聖者の幼い弟達と王族の姫たちの子孫が、この地に戻って、新生ヴィダストリア王国を築いた。
権能者は、失われたままであったが、僅かに聖者の血統を汲む王族と聖者の家系の者のみが、いまだ国の行く末を決めるときには、この天啓の間で話し合うことになっている。
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血塗られた歴史を経てなお、この部屋には、神聖な雰囲気が漂う。
壮年の王弟ライアスは、長く伸ばした髭の先を触りながら低い声で呟いた。
「だとしても、平民が力を持つのを促すような法を整備するなど、乱心としか思えませんな。
そもそも国というものは、国王を中心に貴族である領主が民を治めるヒエラルキーによって成り立っている。
この法はその屋台骨を揺るがす。悪政ではないのか?」
「だが、私は、国の存続のために、この法が必要だと考えている。
ロワール国では、平民の権利を求めて貴族に反旗をあげる不穏なグループができているという情報がある。」
「ふんっ。
平民が欲しいのは、権利ではなく食い物だろう。権利などというものを理解しているとは思えぬ。」
「飢えていれば食べ物を欲すること自体は当然のことだろう。しかし、平民の行動に大義名分を与えているのは、人類は皆平等であり、平民にも基本的人権があるというロワール国最新の哲学だ。
そういう思想が定着すれば、
平民は、自らが生活するために必要な最低限の権利を求めてくるであろう。
もし権利を与えなければ、自分たちでもぎ取りに来るのは時間の問題だ。
仮に、我の時代をやり過ごしたとしてもクラウスの時代には、この王政は持たないであろう。
我が古来のやり方を固守していれば、抑制され続けた民は、突如爆発したかのように、権力を欲する平民を先頭に、クラウスとその家族の首を狩って、王ではない、他の名の君主を据えるであろう。」
「欲にまみれた平民が王権を得たとして その者が民を平等に扱うことは?ないであろうに」
「ああ そうであろうな。
統治能力に優れた人間が、上に立つことが分かっていれば、我はむしろその者達に、国を明け渡しても良いと思っている。
だが、そのような者は今は居らぬだろうな。」
「だが、平民が上に立つのであれば、自分たちの不満が解決するという希望を抱いてしまうのだろう。」
「全く理解できない。
平民は、王ではない阿呆を統治者に据えるために内乱を起こすということか?」
「これを避けるには、彼らの大義名分 すなわち、平民に権利を与え貴族も義務を果たし税金を納めるようにするしかない。」
「貴族が、そのようなことに賛成するとは思えませんね。」
「そうであろうな。
だが、それをしなければ、国を革命の扇動者であるならず者たちに明け渡すことになる。」
「平民はまことに愚かですな。」
「いや 、愚かなのは、平民ではない。人間そのものだよ。
権力というのは、恐ろしいものだ。
それまで賢明に過ごしていた者たちが僅かばかりの権力を手にした途端に、人が変わったように欲まみれになり、自分が偉いと思うようになり、他者を貶め、害するようになる。
そのような姿は、今まで、わたしの周りの貴族達の中でも、多く目にしている。
平民を虐待する貴族は上級貴族にも下流貴族にも同じようにいる。
もっとも貴族だけではない。
平民ばかりの城の下級召使い同士でさえ、高慢になりいばり散らしている者を目にする。
革命が起こったとしても頭がすげかわるだけで 弱者が苦労することは 変わらぬ。
弱者を思いやれる正しい統治者を頂くことの難しさよ。」
「兄君を王に頂いている我が国は、誠に祝福されていますな。」
「なにを言う。
それを言うなら、聖者のいる国の王であることが祝福なのだよ。
それにしても主はなぜ、不完全な人に国の統治をゆるしているのか。
我々はいつまで創造主を愚弄すれば良いのだろうか」




