王子の訪問
「クラウス様、またいらしたのですか?」
うちの応接の上座にゆったりと座る殿下に挨拶もせず、いきなり声をかけた。
「お嬢様!」
ティーセットを持ってきたゲリーとスーザンが目を丸くして、私に必死に目でやめろと訴えている。
クラウス様は、気分を害することなく、シラッと言う。
「うん、来るって約束したからね」
「あの、私 今は忙しくて」
「デイビスに聞いたよ。 街で病気の孤児を見つけて、メアリーがつきっきりで看病してるって?」
「はい。
夕べも息が苦しいのと肩の痛みで眠れなかった様子で、出来るだけ一緒にいてあげたいのです」
「工場長に殴られて肩の骨も親指も折っていると聞いたよ。僕にもお見舞いさせてもらえるかな」
「もう少し良くなってからの方がいいです。まだ意識もはっきりせず、人に会うのは難しいです」
「そうか。 そうだよね。デイビスと工場長のことについては調べている。
工場で働く女性や子供達を保護する法律も必要になるだろう」
「法律を作ることができるのですか?」
「ああ。この件についての詳細と工員の労働状況の調査結果を陛下に提出して、王会で話し合ってもらうことができれば」
「わかりました。
でも、クラウス様」
「何?」
「ジェイと話をするときには、平民のフリとかできませんか?」
「このままだとダメだろうか?」
「ダメです。」
「キラキラしすぎです。
それに本気で状況を知りたいのならばジェイくんのお友達とそのお母様にも話を聞く必要があります。
その時も王子様だったら絶対に話をしてくれなさそうです」
「そんなものかな」
「はい」
「デイビスも変装して街に行くのか?」
「はい。」
「次に行くときには、僕も変装したら一緒に行けるかな」
「わかりません。王宮が許可すれば、良いと思います」
「正面からでは許可は出そうにないな。
メアリーへのプレゼントを買いに行くという名目ではどうだろうか?」
「それでも良いですけれど」
「じゃあ、次に街に行く予定がわかったら必ず知らせておくれ」
「はい、わかりました。」
「メアリー、もう少しだけ、話せるかな。
ジェイくんのことではなく、メアリーといろんな話をしたい」
「はい。
少しだけならば」
「メイと呼ばれているそうだね。
私もメイと呼んでも?」
「はい。どうぞ。」
「メイ」
「はい」
「メイ」
「はい?」
「可愛いね」
ボッ
顔が一瞬で赤くなるのが自分でも分かった。
なんだこの王子は。
自分が女の子にどのくらい受けるのか確認してるのか?
「クラウス様」
「うん?」
「私、婚約はできませんから」
「聞いたよ」
「君は、聖者って知ってるかい?」
「聖者?」
いきなり、ここで、聖者の話?
「ああ」
「昨日ジェイに読んで聞かせた物語の中に出てきたわ。創造主の声を聞くことができる人で、国が困難の時に啓示を受けて国を導くって」
「そうだ」
「聖者って本当にいるの?」
「いるんだよ。
この王国の教会に一人だけ」
「なぜ、その話をするの?」
「陛下と聖者は、友人なん。」
「聖者は国の統治もするの?」
「いや、統治はしないが、国の行く末を考えるときに陛下は相談をすることがあるらしい。
私も何度かお会いしたことがある」
「彼は聖者といっても実は医師でね」
「医師が聖者になったの?
癒しの力があるとか?」
「いや、彼は普通の人間の優秀な医師だよ。非常に誠実で素晴らしい人柄というだけで」
「では、どうして聖者に?」
「聖者は、昔の聖者の血を継ぐ家系に、生まれる。 ただ、その家系の者全てが聖者というわけではない。創造主の啓示によって前代の聖者が、次の聖者を召すんだ」
「医師で誠実で柔和なお医者さん。まさかのセルージュ先生だったりして」
「そのまさかだよ」
「じゃあ」
「うん」
「ジェイくんのこともすでに知っているし、街の子供達のことも知っている」
「どうして?
分かっているのに助けないの?」
「彼にできることはしてるさ。
彼は創造主の御心を尋ねれば知ることはできるが
彼が進めることのできる一歩は彼自身の歩幅でしかない。
彼自身は一人の人間でしかないんだ。
人が人に影響できる範囲でしかできることはないんだ。
彼はジェイくんの治療が出来たけれど、一人ずつしか治療はできないんだよ。
でも、国王や貴族が彼に聞き従うなら、多くの人を助けることもできるだろうね。
陛下だけじゃダメなんだ。
聖者だけでもダメだ。
主はひどい状況にいる子ども達を助けるように聖者セルージュに告げている。
でも多くの者が主の御心に従おうという気がなければ、何も起こらない」
「この国の人たちは、何が主の御心なのか、知っているの?」
「子ども達を助けなきゃいけないことは、わかるはずだよ。創造主は、優しい方だということは、知れ渡っているからね。 だけど、今、この国の人々は、創造主ではなく、物や金に仕えている。 弱い者達を働かせて、利益を得ることが、当たり前のことだと思っている。
主の導きを無視すると、その地に呪いが下ると言われている。
聖者は、憂えているよ」
「私には、ジェイを助ける以外に、何をすればいいのか、全然わからないわ」
「メイに、何かをしてほしいと言っているわけじゃない。 でも、聖者が、言っていたんだ。
ジェイくんとメイが、国に、祝福をもたらすって。
やっぱり、わたしの判断は、合っている。
メイ、わたしと婚約してほしい。
そして、この国を正しく導くパートナーになってほしいんだ」
「そんなこと言われても、わけがわからないわ」
この王子、何を考えてるのかしら。 私と結婚して国を導くなんて、おかしすぎる。 そう。私は子供だわ。子供に何を言ってるの?
「クラウス様、わからないことを言う人は嫌です。 わたしは、何もできない子どもよ。 わたしみたいなへんな子どもに、何も期待しないでほしいわ。 クラウス様は、何も知らない。 わたしは、自分が生きるだけでやっとなの! 祝福なんてもたらさない。 生きてるだけで、みんなに迷惑をかけてるの!」
こみ上げてくる否定的な思いがおさまらず、涙が溢れてくるのが止められない私は、そのまま客間を飛び出して、階段を駆け上がり、ジェイの部屋に入った。 ドアをそっと閉めて、ジェイのベッドの脇の椅子に、座って顔を両手で覆った。
すごく失礼なことをしたはずだけど、家族は、ありのままを晒して、婚約を諦めてもらえばいいと言っていたし、ひどいけど、これでいい。 もう考えたくない。
ベッドの上のジェイを見ると、昼は少し息が楽なのか、少しヒューヒューという音をさせながらも
ジェイは、反対側を向いて横になり眠っているようだった。
起こすといけないと思ったけれど、体温を感じたくて、手のひらを背中につけ、ゆっくりとさする。
背中をさすると、息が、さらに楽になったようで、呼吸がさらに静かになった。
わたしは、ベッドの端に頭をつけて 手を動かし続けるうちに、眠ってしまった。




