お医者様
「スーザン、ジェイくんは、大丈夫?」
屋敷の端の一番静かなところにあるジェイくんのベッドルームに入るなり、
スーザンに、そっと、話しかける。
「腕が腫れ上がっています。服を脱がせる時 意識がないのにもかかわらず、うめき声をあげたので、かなり痛かったのではと思います。
顔を拭いたら綺麗なお顔で。」
「確かにイケメンね。」
目は閉じているが、スッキリした鼻梁に薄い唇 整った顔をほうっと見つめる。
「この子、ジェイくんって言って、お友達をかばって工場長に打たれたんですって。」
「まあ、可哀想に。こんな小さな子に、どうしたら、そんなことができるんでしょう。」
髪や体を洗うのは、体力を消耗するから良くないのだけれど、ばい菌やカビ、埃などを除かなければ、喘息にしても肺炎にしても治らないだろうから、スーザンに、体を綺麗にするよう、頼んでおいたのだ。
「お嬢様、お医者様をお連れしました。」
白い髭のいかにも柔和な雰囲気の紳士が、部屋に入ってきた。
「ドクターセルージェ! こんなに早くおいでいただいて、ありがとうございます。」
「いやいや、メアリー嬢、子供がひどく衰弱していると聞いてね。一刻を争う時もあるからな。」
セルージュ先生は、公爵家でお世話になっているおじいちゃんドクターだ。
この前、母が具合が悪い時に、来ていただいていた。
古くから続く家柄で、
王家が信仰する教会の長は、代々、この家から輩出されている。
教会長と言ってもちゃんと家庭があり、子供もいて、
教会のお金で暮らしているのではなく、領地にある畑と医師の収入で生計を立てているそうだ。
ちょっとしか会ったことがないけれど、
セルージュ先生の暖かい眼差しと使用人も貴族も区別なく、
誰をも人として尊重する態度には、
前世でも見たことのないほどの誠実さと謙遜さが感じられ、
サンタクロースの本物がいたらこんな感じかなーなんて、勝手に思っている。
私も大好きな人だ。
セルージュ先生は、
真剣な目でジェイくんをみて、細かく触診していく。
「鎖骨を骨折しているな。肋骨も何本か
親指の骨もだ。
骨折の方は、包帯と棒で固定して絶対安静が必要だ。おそらく、
激痛と呼吸困難によって気を失ったんだろう。
呼吸は、喘息のようだな。
ここ最近、工場の多い地域で特に、多くなっている症状だ。」
「こんな小さな子供が何て痛ましい。」
スーザンが、見ていられないという様子で、顔を顰める。
「しかし珍しいことでは、ないのだよ、スーザン。
私は、こんな子どもをこのところ、頻繁に診察している。」
セルージュ先生は、眉間にシワを寄せ、深刻な顔をしている。
「メアリーお嬢さんは、この少年を屋敷にしばらくおくおつもりで?」
「はい」
「よかった。そうでないとこの子は生き延びれまいよ。
暖かくして目を覚ましたら、スープなどの柔らかい食事を少しずつ与えて、とにかく安静だ
静かにして栄養を取れば
骨折は、1ヶ月ぐらいで、大分治るだろう。」
「安静にしていれば治るのですね。良かった。
お父様とお母様に許可は取れるかしら。」
「私からも、公爵ご夫妻に、話をしておこう。きっと公爵ご夫妻ならば、受け入れてくれるだろう」
「ありがとうございます。セルージュ先生」
「いや。この少年をあなたが見つけてくれて、良かった。 どんな子も大切だが、
この子は、特に大事な役割を持っているように感じるよ。
メアリー嬢とこの子が出会うことで、この家族、この国にも幸運が舞い降りてくるに違いない」
「国に幸運が舞い降りる? それは、どういう意味ですか?」
「詳細は、わからないが、この子が、ここに来たことで、貴方と、公爵家と、王家に、1つ大切な明かりが灯ったように感じるのだよ。 私のこれは、血筋でね。人と会っていると、たまに、そういう印象が天から下ってくるのだ」
天から印象が下ってくる?
あーっ。セルージュ先生は、教会長さんだったわね。
啓示っていうのかな。そーいう感じなのか。
突飛な言葉なのに、なぜか
先生の言葉は、柔らかな春の日のように、すーっと心に滲んでいく。
「セルージュ先生に、そう言われると、心が納得するような気がします」
「それは、メアリー嬢には、私と同じ血族の血が流れていて、主からのメッセージを感じやすいからかもしれませんな」
「同じ血族の血?」
「ええ、王族と全7公爵家の血は、繋がっているのですよ。だから、この国の王族と公爵家は、主の導きを受けやすい。 さらに、メアリー嬢、あなたは、特別に慈愛の賜物があるように感じますよ」
セルージュ先生は、それこそ、慈愛のこもった笑みを私に向けた。その笑みが、あまりにも暖かくて、心を穏やかにするので、先生ご自身が、この子と私たちに明かりを灯しているようだと思うのだった。




