35話 奪還中の朝
切りが良かったので、今回はここまでにしました。
(……あったかい。それに……もふもふ……。なんでこんなに気持ちいいの?)
閉じていた瞼を開ける。
少女は瞼が重さを感じないほどぐっすりと眠れたことを不思議に思った。
同時に、自分の心が悲鳴をあげていないことにも……。
「きゅっ!」
(かわいい〜!)
目を覚ました少女の前には、黄色くて小さい、額に赤い宝石をつけたうさぎが一匹。
そのうさぎ――カーバンクルは、まるで自分に『おはよう』と挨拶をしているような気がした。
(なにこれ、なにこれ!)
「きゅ〜!」
あまりの可愛さに、抱きしめ頬をこすり付ける。
(はわぁ〜。ふわふわでもふもふだ〜。どこから来たのかな? ……え?)
神眼でカーバンクルを見たシャーロットは驚いた。
そこにはステータスの記載とともに、『しにがみの眷属』と表示されていた。
(しにがみ……)
昨日は、また夢を見た。
どんな夢だったかは覚えてないが、嫌な夢だった。
でも、なぜかそれが急に気分の良い夢になった。
それは……。
「ありがとう……」
「きゅっ!」
モモはシャーロットに手を挙げて『どういたしまして!』と返した。
「う、うーん。あっ、シャーロットちゃんおはよう。ふぁ〜、昨日は眠れた?」
月野明梨は布団で背伸びをしたあと、欠伸をしながら起き上がった。
「……うん。この子のおかげ」
そう言って、シャーロットは抱いていたモモを見せた。
「わぁ〜かわいい〜。私にも抱っこさせて!」
「きゅっきゅっ!」
「いいよ」
モモが構わないといった風に返事をしたので、そのまま月野明梨に渡す。
「わぁ〜かわいい。もふもふだ〜。あっ青空さんおはよう!」
いつのまにか起きていた青空に、モモを抱えたまま挨拶する月野明梨。
「おはよう。それなに?」
青空も女の子なのだろう。
すぐにモモに興味を示す。
「しにがみが貸してくれた。モモちゃん」
「きゅっ!」
シャーロットとモモの声に合わせて月野明梨が目の前に差し出す。
「へぇ〜、あいつが……なんか裏あるんとちゃう?」
「きゅっきゅっきゅっ!!」
ご主人はそんなことしない!
と怒るモモ。
「ごめんてモモちゃん。悪かったねぇ」
「きゅ〜」
謝られ頭を撫でられ、すぐに機嫌をなおす。
「ほな私はあいつのとこ行ってくるわ」
「うん」
「わかった」
「きゅきゅー!」
モモは頭を撫でられて忘れていた。
今、自分の主人が素顔でいるということを……。
「起きてんのかなぁ、あいつ」
――!
モモは青空香澄が部屋を出ていく際に発した言葉で我に返る。
「きゅ、きゅっ!」
「わっ!」
「モモちゃん!」
モモはシャーロットの腕から強引に抜け出し、部屋を出る。
「わぁっ! なんや!」
目の前を歩く青空香澄を、猛スピードでスルーしそのまま主人の部屋を目指すモモ。
「……………………はぁっ! そういうことか、待ちいや!」
青空香澄は気づいた。
(あのモモとかいううさぎ。あれ絶対仮面や!)
モモを追う青空香澄と……
「ちょっと青空さん! 急に走ってどうしたの?」
「起きてから急にはきつい……」
月野明梨とシャーロットがいた。
「あの子仮面や!」
「か、仮面?」
「うぅ……もうだめ……」
シャーロット――脱落。
「あのうさぎや! このチャンス逃さへんで、絶対拝んだる!」
さんざんな目にあった青空香澄は身を炎に包み、やる気120%になる。
月野明梨は、そんな青空香澄のやる気の理由がまったくわからないまま青空香澄を追いかける。
そして――モモ選手!
もの凄いスピードで角を曲がり、主人のいる部屋の……
「きゅっ!」
ドアノブめがけて飛び上がり、小さな手で挟み込む!
「きゅっ!」
体をひねり時計回りにクルッと回転!
ドアを開け中に入り、主人の顔へ……!
「あそこや!」
「ちょっと待って」
少し遅れて青空香澄と月野明梨は角を曲がってあと少しで部屋へ突入!
「おはよう」
「「わぁぁぁぁああああ!!!!!!」」
タイミングが悪く、ドアの空いた部屋の前に二人が来た瞬間であった。
シャーロットがいたら気絶していたことであろう。
こうして青空香澄による、しにがみの素顔拝見計画は――失敗した。
○○○
「そんなに怒るなよ。タイミングが悪かっただけじゃないか」
というか、自分のやろうとしてたことについてはスルーなんだな。
「ふんっ」
「ごめんなさい」
月野さんは謝るんだな。
まったく……。
「まぁ、隠してあるモノに興味を持つのは当然だから無理には止めないけどな」
今は朝食の時間。
【建築家】の人たちが作っていた木の家具に座り、【料理人】の人たちが作ったハムエッグを食べている。
全く知識のない素人でも、職人のようにこなせる。
おまけに荷物は【異空間倉庫】にしまってあるので持ち運びも楽々……スキル万々歳である。
「なあ、前から思うてたけど、なんで仮面付けてるん? 顔に傷とか?」
最近、というかこの作戦が始まって補佐になってから、青空はよく気にかけてくれる。
きっと今までもこうだったのかは知らないが、補佐してもらっている感想は、意外と責任感があって頼りになる。
といったところか……。
「いや、単に目立つことに慣れてないだけだ」
(すごい悪目立ちしてるやん……)
(ある意味最初から目立ってたよ……)
なんだか二人の目が何かを訴えているように感じる。
「しにがみ。今日もあの子、貸してほしい……」
「……まぁいいぞ。いいな、モモ」
(きゅっ!)
モモの返答ももらったので今日もシャーロットに貸してやろう。
代わりの仮面を作っておくか。
「いいなぁ〜。しにがみさん、私にもそういう可愛い子ください」
月野さんがそんなことを言ってきた。
やはり、モモは最高に可愛いらしい。
月野さんも【使役者】をもっているが、魔物を眷属にはしていないようだ。
まぁ、魔物を仲間にすること自体、稀だからなぁ。
俺も運が良かっただけだし……モモとミカンは力尽くだったか?
「そうだな。これをやろう青空も、ほれ」
俺の重要な眷属たち、その一つを二人に渡す。
「キャラメル? あんたもか……」
青空の反応を見るに、里川も何かの食べ物を眷属化しているようだ。
「え? いいんですか? 玲奈さんたちから、これって貴重って聞いたんですけど……」
そういえば、あまり配ったことはなかったな。
まぁ何百人といる集団だからな。
「構わない。それを魔物に投げて食べれば、50%の確率で仲間になってくれる。まぁ頑張れ」
「失敗したらどうなるんです?」
「体力と魔力が回復する」
だから運が重要になる。
「ありがとうございます。機会があれば使ってみます」
月野さんの言葉に黙って頷く。
それはいいとして……
「早く食べよう。九時には奪還作戦を開始する」
三人ともそれぞれの応答をし、朝食を食べ終えたあとは準備に取り掛かった。
俺も最終チェックをしよう。
それと……
俺はバッチ状態のフォンに命じて、先生との通信を繋げてもらう。
「先生、おはようございます」
『あぁ、おはよう』
「昨日はお疲れ様でした」
『そっちも……』
「一応、里川からある程度のことは聞いているんですが、先生から見てどうですか?」
『私から見ても、今のところ特に問題はない』
そうか、それはよかった。
『それと、夕食のときだけど……』
……ん?
どうやら、昨日の夕食時に向こうで何かあったようだ。
何があったのだろう。
『島田さん、朝倉さんと夕食を一緒したんだけど……島田さん、武器が欲しいみたい』
武器か……。
そういえば、朝倉さんには実験ということもあって、大剣に巨大土モグラの牙を混ぜて強化したんだっけ……。
そうか……なら……。
「素材屋で、光属『光属性以外がいいみたい』……考えておきます」
有能なのになぁ……光属性。
『それと、あの子もちゃんと見ておくから』
里川、先生の前で何かやったな……。
「ありがとうございます。では……」
先生との通話を切る。
「先生殿、元気ソウデヨカッタデスネ」
「まあな。といっても、いつも通り抑揚のない声だったけどな」
それでもしっかりと報告してくれるからありがたい。
「しにがみ……」
準備を終えたシャーロットが声をかけてきた。
「みんな準備できたよ……」
そうか。
なら、さっそく出発だ。
「それと……」
「……ん?」
まだ何か言いたいことがあるらしい。
「あり……もう大丈夫。私もいける……」
シャーロットは、しっかりと俺の目を見て言ってくる。
どうやら、『ありがとう』と言おうとしたらしいが、約束を守ろうとしてくれたようだ。
詳細が違うから言ってもいいんだけどな。
まぁ、全部まとめて返してもらおう。
モモにも感謝だな。
「じゃあ、カタツムリを任せてもいいか? 俺はボスを片付けてくる」
「わかった……」
神眼を持っているシャーロットなら、視覚から幻術を見せるあのカタツムリは問題ないだろう。
「じゃあ行こう」
今回の敵は硬そうだ。
でも、問題ないな。
(ふるふる)
左手に装備しているグローブが揺れ……
(きー)
肩に担いだ鎌の刃がキランと光り……
(クック)
ブーツを装備した左足が弾んだような気がした。
……頼もしい眷属たちだ。
読んでくださりありがとうございます。
なるべく更新頻度を多くしたいと思っています。
最低でも週1回は更新します。
徹夜などの無理をすると、すぐに体調を崩す人なので無理しない範囲でやります。
読者の皆さまも、体調には気をつけてください。
最近、自分の周りでなぜか風邪が流行っています。




