8 模擬戦①
「作戦を、我らが指揮官」
「ん? 意志者?」
「‥‥‥作戦はない。状況を見て指示を出すからそれに従え」
「了解であります」
「りょーかいー」
「何いってんだよ団長!?」
「「「‥‥‥サブうるさい(であります)」」」
◇◆◇◆◇◆
「━━━作戦は以上だ。各員、私の言うとおりに動け。独断行動は許さん」
「「「御意」」」
◇◆◇◆◇◆
「敵性反応無し。このまま前進するわ」
拳に籠手を装備した美耶妃に春之とサブが続く。戦闘空間は市街地。空はどんよりと曇り、雨が降っている。
「なあ春之」
「‥‥‥言うな」
「お前‥‥‥意志者じゃなかったのかよ」
「いや、指揮官なんだが‥‥‥」
「でも━━━━」
「二人とも静かにしなさい━━━彩月、そっちから敵は視認できる?」
『できないであります』
騒ぐ春之とサブに注意しながらも美耶妃は淡々と指示を出していく。この姿を見れば、彼女が指揮官だと誰しもが思うだろう。
春之はそんな美耶妃の後ろにため息をつきながらついていく。
「とりあえず南東区域に移動するわ。隠密をとりつつ速度を上げて」
春之は地図を広げて確認する。南東はマンションが多く建ち並ぶ区域だ。大きな建造物により射線が通りにくくなるが、そのぶん小回りが利きにくくなるだろう。
高低がある区域━━━美耶妃は彩月という駒を有効活用するつもりなのだろう。悪くない一手だ。
「ここは北東区域。南東区域に向かうなら南へ直進するより中央を経由して迂回した方が吉だ」
地図によれば北東区域と南東区域の間には河川が流れている。それも川幅の大きい河川だ。
それを越えるには当然橋を渡ることになるが、橋の上は周囲に障害物がなく射線がよく通る。敵に狙撃手がいることもあるが、それ以上に丹紫姫が危険だ。
彼女は非常に優秀な術師だ。地登勢家の氏個性もあり、魔術による破壊力は驚異であり、不本意ではあったが春之もそれを認めていた。
術師に狙撃されるなら防ぎようがあるし、撃たれても急所でなければどうとでもなる。
おそらく河川は降雨により流れが急になっていると思われる。もし丹紫姫の大魔術により橋を遠隔から破壊された場合、三人で河に落ちれば一貫の終わりだ。
流されてエリアアウトか、命からがら河から上がったところで撃破される。
それだけはなんとしても回避しなければならない。
中央を経由して迂回すれば川幅の狭い場所がある。南東区域に行くのであれば渡河は必須。それならば少しでも川幅が狭く安全な場所を選び、最悪落とされたとしても比較的楽に陸に上がれる場所を選ぶのもまた必然であるのだ。
「了解。迂回してBの橋から渡河するわ」
「「了解」」
『了解であります』
彩月は狙撃手であるため、離れた場所から追随している。そのため彼女は通信機で連絡をしている。
現在、橋の周囲には敵はいない。今のうちに彩月を渡らせた方がいいだろう。
「彩月、現在橋Bの周囲に敵はいない。今のうちに渡っておけ」
「大丈夫なの?」
「ああ」
「おいおい橋までまだ遠いのに何の確信があってそんな━━━」
『了解であります』
サブの言葉を遮るように彩月の通信が入る。やはり理解してくれている駒は非常にありがたい。
「ほらサブ行くわよ。今のうちに渡らないと」
「まあ、春之が言うんならそうなんだろう」
サブが走り出した美耶妃を文句も言わず追う。
自分を信じてついてきてくれる駒もまたありがたいのだ
◇◆◇◆◇◆
「直哉遅いぞ」
「すみません兵部様」
丹紫姫の叱責に、中隣直哉が謝罪する。彼は丹紫姫の乳姉弟であり、彼女の忠臣の中の忠臣であった。
彼の出身である中隣家は東富山を治める氏家であり、土地こそ狭いが、代々地登勢家の重鎮として君臨している。
「何故敵が見つからない。それほどまであの忌々しい男が指揮に長けているとでも言うのか」
「いえ、おそらく我々に恐れをなしこそこそと地を這い進んでいるのでしょう。それも、根原の指揮ではなく藤ヶ崎の指揮に違いありません」
直哉の言葉に丹紫姫が舌打ちする。
丹紫姫は春之達を取るに足らない雑魚だと認識していた。手強いのは美耶妃だけであり、即座に美耶妃以外を殲滅し、時間をかけて四人で美耶妃を撃破するという計画だった。
だが実際に蓋を開けてみれば敵は見当たらず、味方は自分についてこれない。
そのため丹紫姫は非常に苛立っていたのだ。
「小町はどうだ。何か見えたか」
『い、いえ何も。申し訳ございません』
チームの後衛を担当している桃川櫻花が少し怯えながら返答する。
彼女の家もまた地登勢家の重鎮。東福井を治める氏家で、若狭の姫葎家を滅ぼして若狭湾を手に入れたい地登勢家にとって欠かすことのできない家でもある。
「兵部様落ち着きめされよ。じっくりと責め立て、最後に狩ればよいのです。某もそのために尽力させていただく所存」
前衛で刀を二本差した男が更に苛立ちを増させた丹紫姫を宥める。
彼は松野智大。西福島の一部を治める地登勢派の氏家である。人質として地登勢家で育ったこともあり、丹紫姫も信を置く男だ。
丹紫姫のチームはこの四人と賀須井小町━━━北兵庫を治める地登勢家の重鎮の氏家━━━の五人で構成されていた。
「ではどう動くが吉と出る?」
「某が愚考しますに、高低がある区域こそ兵部様のお力が活きてきます。故に南東区域で交戦するが良策かと」
「なるほどな‥‥‥貴様の策に乗るとしよう」
「ははっ」
「では参るぞ」
『「「御意」」』
地登勢家派の氏家は、実質支配下にはおかれているもののあくまで独立勢力であり、家臣ではないという設定です。