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7 迫る死

 




 眼前に迫った圧倒的な死。


 それが襲い来ることはわかった。だが、何もできない。打つ手がない。


 ()がすぐそこまでやって来る。



 自分はとどかなかったのだ。


 御三家の絶対的な力に━━━━━



 衝撃音が鳴り響いた。


 鮮血が飛び散った━━━━━丹紫姫の拳から。


 目の前に美耶妃がいた。彼女は両手で丹紫姫の拳を防いでいた。


 自分の拳が止められたことに気付いた丹紫姫が瞬時に距離を取る。そして、己の拳に付いた()()()()()を見て口角を上げた。


「私の皮膚を傷つけるとは流石というべきか‥‥‥」


「あんたと私じゃ()()()()()()()が違うのよ」


「それについては否定させてもらうが━━━━無様だな根原」


 丹紫姫の顔には静かな怒りが滲んでいた。


「私への魔術の行使はまだ良しとしよう。だが、何故貴様は今、藤ヶ崎に守られている。その後ろに隠れている。自分から啖呵をきっておきながら、歩が悪くなれば他者に頼るのか。恥を知れ」


「待ちなさい。私が勝手に━━━━」



 言いかけて美耶妃は口をつぐむ。


 彼女の言葉は何の意味も持たない。頼んではいない、勝手にやったなどは、例え本当であったとしても負け犬の遠吠えに過ぎない。

 同時に、春之が美耶妃にとって庇護対象であるということを語ってしまうものでもあった。


 美耶妃には何も言えないのだ。春之の誇りを大切に思うのであれば。


「どうした藤ヶ崎の庇護対象。龍の威を借る狐とでも言うべきか?」


 丹紫姫の口撃に対して春之は何も言い返せなかった。


 美耶妃に守られてここにいる自分は、あの瞬間、抵抗を諦めていた。死を容認していた。それはここが仮想空間であり、死んでも元に戻るからという精神的余裕からではない。


 ただ、敵わないと思ったからだ。


 あの瞬間、丹紫姫に迫られた瞬間、春之の生物としての本能が無意識のうちに死を容認した。


 なんと情けないことか。なんと不甲斐ないことか。



 これが丹紫姫。地登勢丹紫姫なのか‥‥‥‥。


 遠いなぁ。



 春之は片手を失いバランスを取りにくくなった体を無理やり起こす。血液が減ったことで今にも倒れそうになる体に力を込め、丹紫姫を見つめた。


「ほう、立つか。少しは骨があるということか」


「ハル━━━」


「左近、どけ」


 やめろ、とばかりに駆け寄ってきた美耶妃を残った腕で押し返し、丹紫姫の正面に立つ。


 身長は自分よりも低い。だが、彼女はとても大きかった。


 倒れそうになる体を、膝で受け止める。



「地登勢兵部大輔正五位下丹紫姫」


「根原春之」


「「いざ━━━━」」


「いや、『いざ!』じゃねえよ」


 本気で殺りに行く、そう決意して踏み込んだ春之だったが、その体は1寸たりとも動かなかった。それは丹紫姫も同じだったようで、目を白黒させて驚愕している。


「あのなぁ、二人の世界に入ってもらうのは構わねえけどよ。これは俺の授業なんだ。俺がいるってのを忘れてもらったら困るわ」

 

 コツコツと靴の音を立てながら歩み寄ってきたのは井津國。


 そこでやっと自分の体に起こった異変の正体に気づく。


 ━━━━井津國家の氏個性【影喰い】


 他者の影を掴んで喰らい、喰らった物の行動能力を奪うという井津國家の氏個性。



「俺に影を喰われたことも気付かないお前達はどちらも未熟だ。そして、魔術師を名乗ることもできない卵が、教官で現場責任者である俺を無視して暴力行為に及んだことがどういうことを意味するかわかるか」


 これが実際の軍なら即射殺だが、朱雀院は国立高校だ。殺されることはないだろうが━━━━


「退学ですか」


 丹紫姫が歯噛みしながら苦しげに答えた。


 退学というのは普通にあり得る話だろう。もしかしたら丹紫姫は地登勢家の圧力で助かるかもしれない。だが、自分は無理だ。


 自分には後ろ楯は存在しない。よって、春之は黙って去ることしかできない。


「退学かは分からないがそれなりの罰が下ることになるだろう。それは免れることができるものではないことは二人とも分かっているだろう」


 春之と丹紫姫は黙って頷く。


「━━━━が、それ以上に深刻な問題が現在進行中なのだ」


 井津國が額に手をやって嘆息する。


「お前らは魔術師としての誇りに誓って名乗りを上げた。これを捨て置くことは俺にもできん。であるからして、今から非公式ではあるがお前達二人に再戦の機会をやる」



 丹紫姫と春之は揃って顔を上げた。両者の顔は驚愕に満ちている。


 魔術師が名乗ったからにはどちらかが降伏するまで何人たりともその戦いを侵すことはできない。確かにそれは魔術師としてのルールだ。


 だがここは学校であり、二人は教官によって叱責されるべき過ちを犯している。そんな状況下で、その明文化されていないルールが適応されるということは信じがたいものだったのだ。


「しかし、ここは教育機関だ。そして、お前らは懲罰予定。となれば、二人を戦わせることには大義名分が必要になる。よって、この戦いはチーム戦とする。模擬戦をしたとしておけば文句は言われないだろう。何か異論はあるか?」


「チームメンバーが一人足りない」


 丹紫姫が手を挙げた。彼女のチームメンバーの一人はこの場にいないクラスの生徒であるらしい。


 だが、それは春之達にとっては都合の良い話であった。


「うちも一人足りないから数は合うはずだ」


 正確にはまだ決まっていないのだが‥‥‥‥。まあ、こればかりは言わなければ気づかれないことだ。





「そうか。それなら四対四での試合とする。時間は三十分後。一度仮想空間から出て、作戦を立ててから再び集合とする。では、一時解散」












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