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4 座学

 


 その日は午後六時頃に解散となり、春之は一人で自宅へと帰った。


 春之は独り暮らしだ。サブも独り暮らしらしいが、美耶妃と彩月は違う。


 藤ヶ崎家は関東に根を張る氏家であり、埼玉、東京、神奈川、そして千葉に大きな影響力を持っており、本家の屋敷もまた東京にある。美耶妃と、彩月はその屋敷から通っているのだ。



 大和各地に根を張る現代の大名たる氏家達の中でも、御三家は特に支配地域が広い。


 藤ヶ崎家は東京を本拠地に首都圏を、地登勢家は名古屋を本拠地に中京から近畿一帯を、もう一家は太宰府を拠点に九州のほぼ全域を、それぞれ実質的に治めている。


 御三家を含め全国に五十三ある氏家。


 彼らはそれぞれに、結び、対立し、勢力範囲を絶えず塗り替えている。


 これこそが大和の構図なのだ。



「大和を弱くしているのは強者故の怠慢じゃない。氏家と氏家が対立し、滅ぼし合う社会の構図だ」


 春之は自室のベッドに崩れ落ちるように倒れこむと、見慣れた天井を眺めながら誰かを責めるように呟いた。


 氏家による抗争は年々過激さを増し、勿論法律で禁止されているものの、水面下では多数の死者を出すに至るまでになった。



 氏家間の抗争というのは非常に残酷で蛮族的だ。


 取った首級(しるし)によって家内序列が変化するため、当然抗争では慈悲なく敵の首を狩る。


 また、氏個性を持つ者同士の子は父親の氏個性を発現するのだが、母体となった女性の能力値が子の能力に大きく影響するため、女性を捕まえれば何が起こるかは語るまでもないだろう。



 そのような世界であるのにも関わらず、表面上では団結しているように見えるのだから驚きだ。


 表は近代的な民主主義社会であるが、裏には中世的な地方分権社会が広がっているのである。


 そのような社会であるから、当然朱雀院では対立している氏家の子が一堂に会しているわけだ。朱雀院を含め全国に四つある国立高校はどこも同じ。


 家族が殺された者だっている。家族が拐われた者だっている。そんな恨みを持つ者が集まれば、起こるのは対立であり、場合によっては復讐である。


 だからこそ、春之と丹紫姫が揉め事を起こしたときに讃岐はよくあることだと暴力行為に至る直前まで仲裁に入らなかったのだ。


 表向きでは国防軍として国民が団結していることになっているからこそ、国は国立高校を創立し、そこで次世代を育成しなければならない。


 今はまだ対立の場でしかないが、そこには他家を知り、平和な世を作ってほしいという国の意図が隠されているのではないだろうか。


 高校に通うのは氏家出身の者だけではない。家に縛られない、個としての者らも通っている。そんな彼らを見て、知って、家ではなく個として国に尽くす次世代を育てようとしているのではなかろうか。


 忘れてはならないのだ━━━━死に逝く者がいるならば、(のこ)される者もいるということを。



 春之は目を閉じて眠りにつく。


 彼の手には、煤けた黄昏色の首飾りが握りしめられている。





 ◇◆◇◆◇◆



「ハル」


「ぐぎゅゅうぇええ」


 春之は下腹部を襲った鋭い衝撃で叩き起こされた。いや、殴り起こされた。


「毎朝起こされないと学校に来ないつもり?」


「‥‥‥行きたくない」


 春之は剥ぎ取られた布団を取り戻して再び潜りこもうとする。


「何やってんの起きなさい」


「もう嫌だ寝る」


「寝るな。彩月ー! 彩月ー!」


「はいであります」


「もうやめろ━━━」


 布団を奪い取ろうとする美耶妃と抵抗する春之。そして、美耶妃に助太刀するために廊下を駆けてくる彩月。


 今日も朝から春之宅は騒がしい。






 ◇◆◇◆◇◆


「━━━ということがあってだな」


 春之は教室の自席に座り、今朝のことをサブに話していた。未だに痛む下腹部を擦りながら怨めしそうに語る春之を見たサブが、

 

「いや、それ何ていうギャルゲー?」


「は?」


「いやいやいや、そもそも幼馴染に起こされるなんて幸せ展開に文句を言う方がおかしいんだよ。もげろよ」


「そんなお色気展開じゃないんだが。こっちは殴られただけだし‥‥‥」


 春之はズキズキと疼く腹を抑えながら意味がわからないという表情で目の前の筋肉達磨を睨んだ。


 ちなみに、春之の脳裏にはドM説が浮上したのだがそれは思考の片隅に瞬時に追いやっている。


「羨ましいぜこの野郎。俺もそんなラブコメしてみたいぜ」


「いや、別にラブコメではないと━━━━」


「あぁ、ラブコメしてみたいなぁ。それも飛びっきりの純愛ものだ。まず好きなやつができるんだよ。でも、それが隣の席の女子にバレるんだけど、そいつが恋路の手伝いをしてくれるようになって、そのこともあって好きだった女子と付き合いはじめるけど、すれ違ううちに隣の席の女子と関係を持つようになってさ。最後は隣席だった女子に子供ができて堕胎を勧めたことで刺されるんだよ。そしたら最初に好きだった女子が敵を取ってくれて言うんだ。中に誰もいません━━━━」


「話のネタはよくわからないけどそれ以上はやめておいた方がいいと思う。あと、それのどこが純愛なのかよくわからない」


「ふぁっ? お前、どこからどう見たってピュアラブストーリーじゃねえか。俺もあんな青春を送ってみたい」


 どうやらサブには刺殺されたいという願望があるらしい。常日頃から思っていることだが、サブはどこかのネジがおかしいのだろう。


「お前が刺殺されようが絞殺されようが構わないけど俺には迷惑をかけないでくれよ」


「大丈夫だ、問題ない」



 本当にサブをチームに入れてもよかったのだろうかと、いよいよ心配になってくる春之。彼がもし自分のチームでドロドロの愛憎激を繰り広げ始め、自分も巻き込まれたらどうしようか。もしそうなったら自分は止めればいいのだろうかと考えなくてもいいようなことで気を揉まなければならないことに辟易する。


「ま━━━━━」


「はい、SHR(ショートホームルーム)始めまーす。席に座ってー!」


 サブが新たなネタを言おうとしていたようだがそれは扉を開けて入ってきた讃岐によって遮られる。春之はつまらなさそうにしているサブを無視して、後ろに向けていた体を前方へと戻した。


 ネタが始まったのは何が原因なのかと考えながら、腕を組み、椅子の背もたれに体重を預けて睡眠の姿勢を取る。




 春之が眠りにつく寸前、『今日も一日頑張るぞい!』と聞こえた気がしたが、彼が聞かなかったことにしたのは言うまでもない。





 ◇◆◇◆◇◆



「で、どうする感じ?」


 朱雀院の屋上の片隅で、美耶妃はこれからチームを組む面々に問いかけた。


 今は昼休み。春之達は屋上で集まって昼食を取っていた。


「何がでありますか?」


「五人目よ五人目」


「ああ、五人目か‥‥‥」


 美耶妃の問いの意味を理解した彩月とサブは、弁当を食べながら思考を巡らせ始める。


 ちなみに春之はパンを早々と食べ終わって昼寝をしている。


「ハル。あんたリーダーでしょ? なんか考えなさいよ」


「Я не понимаю」


「は?」


「春之殿は知らないっておっしゃっているのであります」


「おちょくってんのかしら」


「まあ、春之だからな」


 クククとサブが笑う。それにつられるように彩月が笑い、騒いでいた美耶妃も笑い始める。



「んで、五人目はどうする?」


「お嬢様がチームは決まってるとおっしゃってしまわれたので他クラスということになりますね。私のクラスからになりましょうか」


「本当に余計なことしてくれたな」


 目をつむって昼寝をしているくせに要所要所で口を出してくる春之に再び美耶妃が激昂する。


 春之は掴みかかって捲し立てる美耶妃を適当にいなす。


 喧嘩するほど仲がいいんだなとサブが笑い、美耶妃の怒りの標的が春之からサブへとすり変わった。



「まあまあ、とにかく今は五人目でありますよ」


「そ、そうね。彩月に紹介できそうな知り合いはいないの?」


 彩月が仲裁に入り、やっと静かになった屋上で、美耶妃が肩で息をしながら問いかけた。


「申し訳ありませんが‥‥‥」


「今年は術師(キャスター)が少ないんだってな」


 サブは座学の時間に歴史の教科担任がポロッと溢した重要情報を思い出す。


 その教師曰く、今年は中衛を張れる生徒が例年より少なく、その中でも銃撃手(ガンナー)よりも術師(キャスター)の割合が少ないらしい。



「中衛が俺一人ってのはキツいのか?」


「「ああ(ええ)」」


 口を揃えて即答する二人の前衛に、春之は唸らざるをえない。中衛の攻撃支援無しは前衛からしてみれば相当キツイものであるようだ。


銃撃手(ガンナー)探すか?」


「私が中距離の銃撃手(ガンナー)に転職してまよいのでありますが‥‥‥‥」


「彩月は確か‥‥‥‥」


「相棒は狙撃魔銃でありますので魔銃は扱えるのでありますが」


「中衛に転職はキツいだろうし、彩月は遠距離でこそ強いからなぁ」



「俺はとりあえず術師(キャスター)銃撃手(ガンナー)を探してみればいいと思う」


 結局彩月を中衛にしても、今度は後衛を探さなければならない。実際のところ、後衛の方が人口が圧倒的に低いため、彼女を転職させる意味はあまりない。



「まあ、出逢いってのは突然だし、そのうちあるんじゃないの?」


「臭いこと言ってんじゃねえよ」


 春之の溢した一言をとらえた美耶妃がまた騒ぎ始める。



 再び喧しくなる屋上。


 そこには騒がしくも平和な時が流れていた。



 ◇◆◇◆◇◆


 昼休みが終われば始まるのは午後の座学だ。


 本来であれば午後からはチーム単位、もしくは職業ごとに別れての戦闘訓練となるのだが、今日は普通に座学の時間となった。


 といっても何かが変わるわけではない。サブの前に座っている春之はいつもの如く寝ていた。


「魔術師隊の最小単位は五人一組(ファイブマンセル)なのは知っていると思う。そこには前衛、中衛、後衛とあるが、ここでの前中後を区別するのは何だ。じゃあ━━━」


 教師がタブレットを覗きこみ、誰を当てるか考える。


「━━━━丸ノ内」


 まさか自分が当てられるとは思っていなかったため少し驚くも、簡単な問題でよかったと内心安堵しながら起立する。


「えっと、攻撃できる距離だと思います」


「そうだな。正確には後衛を除いた相手への攻撃可能距離だ」


 教師が着席を促したので、サブは静かに席に座る。


「丸ノ内が言ったとおり、前中後は、相手の前中衛への攻撃可能距離で区別する。前衛は近距離。中衛は近〜遠距離。後衛は狙撃手などの超遠距離となるわけだ。前衛が敵に迫り、中衛が攻撃支援。後衛が遠隔地から狙撃支援する。これが基本的な戦闘スタイルだ。さて、ここで重要になるのが指揮官(コマンダー)の存在だ」


 教師が黒板に貼った五人一組(ファイブマンセル)の陣営図上の磁石()の一つを赤色に変える。


指揮官(コマンダー)はチームを連携させるということにおいて絶対に必要な存在だ。そうだな、試しに一つIFをやってみようか。丸ノ内、根原を起こせ」


 ━━━━こいつはずっと寝ていても大丈夫なのだろうか。そして本当に答えられるのだろうか。



 サブは綺麗な姿勢で眠る春之の背中を少し強めに叩いた。痛いくらいで丁度良いと美耶妃が言っていたから力を込めてみる。


 んんん、と呻き声を上げながら春之が目を擦る。そして一つ背伸びをし始める。


「根原。お前は確か指揮官(コマンダー)だったよな」


「‥‥‥あ、そうらしいっすね」



 春之の気の抜けた返事に丹紫姫が鼻で嗤う。それに噛みつく春之と春之が指揮官(コマンダー)であることを嗤う丹紫の

口論が始まったことで、急に騒がしくなる教室。


 どうしてここまで反りが合わないのかと不思議で仕方がないが、おそらく厳格な性格の丹紫姫にとって怠惰な春之が気にくわないのだろう。



「はっ、貴様の指揮で動く者が哀れだ。とっとと交代した方が良いと思うが」


「上等だ。てめえのチームをボコボコにして、お前が俺の靴の裏を舐める光景が目に浮かぶなぁ」


「なんだと━━━━」


「おい静かにしろ」


 教師が止めたところで騒動は終了する。


「よし根原。お前のチームは()()()。敵は三二〇のチームと一三一のチームだ。場所は市街地。高低差は弱。天気は晴天。今お前のチームは前三二〇、後一三一に偶然挟まれている。さて、お前ならどうする?」


「味方の狙撃手の位置は?」


「一定の距離があるマンションの屋上で三チームを見ている」


「味方の職業構成は?」


「前衛が剣士(ソルジャー)拳闘士(モンク)、中衛がお前と銃撃手(ガンナー)、後衛は狙撃手(スナイパー)だな」


「敵の狙撃手の位置は?」


「不明としておこう」


「味方は敵に見つかっているのか?」


「前方の敵には見つかっているが、後方の敵には見つかっていない。だが、発見間近だ」


「市街地ということは逃げ道があると見ていいのか?」


「構わない」


「それなら銃撃手(ガンナー)に弾を撃たせて後方の敵の察知を誘致。それから煙幕を貼って右か左の逃げ道へ潜る。あとは前後にいた敵が鉢合わせするので状況を見て、取りに行くかそのまま逃げるかを決めればいいかと。その間に敵狙撃手から撃たれれば運が無かっただけです」


「なるほど。悪くないな」



 教師が春之を褒める。それを聞いた春之が丹紫姫にドヤ顔をし、また喧嘩が始まる。


 再び騒がしくなったが、サブには分かったことが一つ。



 春之は優秀か否かは分からずとも、少なくとも指揮官(コマンダー)としての最低限の能力があるということだ。



 サブはこれからのチーム戦への期待と五人目をどうしようかという不安に胸を包まれながら、自分の前の席で騒いでいる春之の肩に手をかけた。










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