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26 正体

 


 春之は魔術を構築していく。四人の視線が集まる中、魔術陣が宙に浮かび上がり、渦を巻くように地面に降りていき、そして光った。


 魔術陣が消え、そこに残ったのは一つの小さな影。


「狐‥‥‥式神か!?」


「ああ、そうだな。兵部大輔の言うとおりだ」


 モフモフの毛玉が春之の足元へ寄ってくる。こ


「ごん、お前だったのか」


「いや、ごんじゃねえよ」


 突然意味のわからないことを言い出したサブに突っ込んでから、春之は狐を抱き抱える。


「名前は萌桃(もも)だ。仲良くしてやってくれ。常時召喚型だからな」


 式神には二つのタイプがある。一つは限定召喚型で一定の時間のみ召喚する式神で、魔髄を多く消費する分強力な式神を召喚できる。

 そしてもう一つが常時召喚型だ。これは常に召喚されている式神で、魔髄の消費が少ないが能力が落ちる。


 萌桃は本当に弱い式神であり、やれることなどちょっとした隠密魔術と小さな種火を作るくらいしかできない。しかし、春之は萌桃を目として使っているため、能力には期待していないのだ。

 そもそも魔髄が少ないため限定召喚型など使えないという理由もあることにはあるが。


「俺はこいつと視覚を同調することで視野を広げてる。こいつはちょっとした隠密魔術も使えるから見つかる可能性は小さいしな。常時召喚型だから戦闘には期待できないが、こいつは俺にとっては非常に重要な存在なのさ」


 春之は萌桃の毛に顔を埋める。


「それに、冬には温かい抱き枕になってくれるしな」


「結局はそこでしょ?」


「否定はしない」






 ◇◆◇◆◇◆



「あんまり伐りすぎるなよ。必要最低限の量にしろー」


「この木はどれくらいに切るでありますか?」


「木材加工はまだいい。とりあえず無駄な場所は落として一ヵ所に集めてくれ」


 サブの指示の元、丹紫姫達は木を伐っていく。家を作るにしてもとにかく場所を確保しなければ話しにならない。

 まず優先すべきは居住区である。最悪、小さな掘っ立て小屋でも作戦は練れるが、寝泊まりする場所はきちんとした物を作るべきであると春之が提案したからだった。


 良くも悪くも春之のチームはパワー馬鹿が多い。丹紫姫も、美弥妃も、サブも、力だけは無駄にあった。


 サブと丹紫姫が木を伐り倒し、重機を使って彩月が運び、丸太を作って次々に並べていく。そして、倒した場所に美弥妃かやってきて切り株を抜いて整地する。


 何故か無駄に手際の良い分担作業によって次々に開けていく森。

 そんな中、春之は川原の大きな石の上で昼寝をしていた。開墾作業が始まって三日目となるが、この大きな石の上で寝るのが春之の日課となっていた。


 木々の間からほどよく注ぐ日光と、川辺の涼しい風が、昼寝するのにとても心地よい空間を作り上げていたのだ。風で木が揺れるサワサワという音も、BGMとしての機能を果たしていた。


 腹の上には萌桃が寝ている。まだ四月で少し寒さが残るため、萌桃の温もりが絶妙である。


 春之には開墾作業などできない。非力な春之には、木材加工くらいしかやることなどなく、まだ木を伐る段階であるため、彼にできるのは魚を釣るくらいしかない。

 まあ、猟銃片手に森に入り、鹿や猪を狙うという手もあるのだろうが、まだ外出許可のある春之にとって、わざわざジビエを用意する必要などなかった。


「なあ、萌桃」


 春之は萌桃の背中を撫でながら大空を見上げる。目を凝らせば少しずつ流れていく雲を眺めながら、春之は静かに言葉を紡ぐ。


「やっぱりさ、地登勢家のやつとつるむのは良くないよな」


 垂れていた耳がピンと跳ね上がり、萌桃が目を開けた。そして、春之の顔を見る。


「俺はさ。まだあの事を夢に見る。あの日のことは、絶対に忘れないだろうからさ。だから、まだ地登勢が怖い‥‥‥」


 萌桃は何も言うことなく、ただ黙って春之の言葉を聞いている。


「お前は赦せるのか? お前には言ったよな? あれは地登勢が仕組んだことだって。お前の飼い主も、地登勢が殺したんだって」


 春之は胸元の首飾りを握りしめる。力強く握りしめる。


「僕は気にしないけど」


「‥‥‥‥」


「だって、丹紫姫だっけ? あの娘がやったわけじゃない。弾正がやったことでしょ? 彼女を恨むのは筋違いじゃないのかな。僕も地登勢は嫌いだ。君のことも嫌いだよ。でも、僕は君といる。理由はわかるでしょ? そういうことだと僕は思うよ」


「‥‥‥‥」


「あの娘に会いたいのはわかる。それは僕も同じだ。でも、何をしたってあの娘には二度と会えないんだ。それを忘れちゃいけないよ。過度な憎悪は人を狂わせる。それは古の時代から変わらないからね」


「‥‥‥わかってるけどさ。でも━━━」


「じゃあ、君はどうしたいんだい? 彼女を殺すのかい? 無視するのかい? いくらグタグタ考えても丹紫姫ちゃんと離れることはできないんだ。まずは分かってやりなよ。お互いに何も知らないままじゃ、どのみち戦えないでしょ」


「分かってやる、か‥‥‥‥」


「ふふふ。そうだよ。さて、柄にもないことを言ってたらお腹が空いたな。魚を捕ってくれない? 内蔵を取って焼いてくれると嬉しいな」


「自分でやれ駄狐」


「むかっ、僕のことを駄狐呼ばわりしたな」


「するだろ。食っちゃ寝してるだけのやつが命令する権利を持ってると思ってるのか? そうは問屋が卸さねえだろうよ」


「餌をあげないなんて虐待だ。動物愛護団体に言いつけるぞ」


「やってみろよ。式神のお前が保護対象になるか是非とも教えてほしいものだね」


「なんだとこのロクでなしめ」


「痛いっ、おい噛むんじゃねえ。ふざけるな離せよ駄狐━━━━」


 その後、手に穴が開くほど強く噛まれたことは言うまでもない。










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