24 新制度②
春之が質問しようとして丹紫姫に先を越されたその質問。それは、新制度においてもっとも重要な問題だ。
校外に出るのには許可が必要になるため、もし領土と資金を失えば食べるものも寝泊まりする場所も無くなる。
その場合に、何かしらの救済措置があるかどうかということについては絶対に聞かねばならなかった。
「領地を全て失った場合は学校側が用意する施設に入ってもらうことになる。また、全生徒に毎月最低限の資金は配布する。勿論、本当に最低限の金額じゃがの。勿論生徒間での貸し借りも認める」
全損のデメリットはそれほどでもないように見えて非常に深刻だ。チーム拠点を失うのは痛いし、資金が足りなくなれば備品の購入や修理にも支障をきたすだろう。
そしておそらく、最低限の資金というのは間違いなく生きるのに必要な最低限という意味で、嗜好品の類いは全く嗜めなくなるのだろう。
チーム拠点で使う電力、ガス、水道、インターネットなどの費用もチーム資金から捻出するのだから、おそらくそれすらも脅かされる事態になるやもしれない。
楽しい生活とはかけ離れたものになることは簡単に予想できた。
それから五人はそれぞれに聞きたい質問をし、その後すぐに解散となった。
戸惑いや不安に胸を征服されたような気持ちのまま教室へ戻り、雑学の授業となった。
そして、それは春之も同じであった。領土を失えば即ち『健康で文化的な必要最低限の生活』よりも苦しい生活が待っているだろう。
確かに春之は寝ることにしか興味がないとはいえ、毎日空腹で過ごすのに全く嫌がらないほどではない。むしろ、満たされた生活の上に安眠が待っているという考えを持っている春之にとって、我慢の生活など苦痛以外の何物でもない。
丹紫姫がチームに加わったことすら胃が痛いというのにと心の中で毒づくが、だからと言って何が変わるわけでも無く、春之は思考を止めて睡眠へと逃げたのだった。
春之は目を閉じながら佐々木と最後に交わした言葉を思い出す。
「最後にいいですか? どうして、こんな改革を行ったのですか?」
「ほほほ。そうじゃのぉ。強いていうならば、この制度が国力を上げるにたると考えたからじゃ」
◇◆◇◆◇◆
その日学校が終わり、一度帰宅してから五人でチームに与えられた領土へと向かうこととなった。勿論何も建っていないため家具などは持ってくることはできない。
佐々木は特例として、生活が安定するまでは校外へ出ることを認めてくれた。その準備期間は二週間。それは他の生徒達も同じであり、既に他のチームは拠点を構えている。領土戦を始めたチームもあるようだ。
一旦、校門の前に集合ということになり、最初に着いたのはサブであった。サブが校門に背を預けながら待つこと数分。丹紫姫が徒歩でやってきて、その後すぐに美弥妃と彩月がバイクに2人乗りで到着した。
「春之は?」
「一緒に来てないからわからないけど、もう家は出てるんじゃないかしら」
「そうか‥‥‥まあ、まだ時間を過ぎたわけじゃねえけどよ」
「まったく、五分前行動は常識ではないのか」
「ねえ、今思ったんだけど、あんたまさか徒歩で来たんじゃないわよね」
「いや、徒歩だが?」
美弥妃が200CCオートバイの漆黒の車体を撫でながら丹紫姫の顔を見た。そして、丹紫姫の反応に目を見開き、慌てて彼女に詰め寄った。
「あんた、うちの領土までどんだけ距離があると思ってんの? 徒歩でいくなら一時間はかかるわよ?」
「何? そんなこと言ったら丸ノ内だって━━━━」
「あ、なんかすまん」
丹紫姫はサブを指さし、サブの背中に隠れるようにスクーターが止められていることに気づいてガクッと肩を落とした。サブはそれを見てそこはかと無く申し訳ない気分に陥ってしまったが、丹紫姫の失敗であってサブが申し訳なさを感じる必要はない。
「俺は重いし体もでかいから2人乗りはできないぜ?」
サブのスクーターは中古の50CCであり、身長190センチかつ春之に筋肉だるまとまで言わしめる彼の筋骨粒々な体を乗せると、その後ろには人が座れる隙間などほとんど無かった。
「あんた、どうすんのよ」
「いや、それは‥‥‥‥」
丹紫姫はそこで自分の失敗に気づくが時既に遅く、そもそもバイクをはじめとする乗り物を持っていない彼女には、乗り物を調達することは不可能であった。
「一時間なら歩いても━━━」
「山の中らしいけど」
「‥‥‥‥」
山道を一時間というのは労力を多く消費する。それは、本当にどうしようかと丹紫姫が頭を抱えていたそんな時であった。
「んあ? 何か揉め事か?」
四人にかけられた声は待っていた最後の一人━━━春之の声。彼は400CCのバイクを四人の前に止めてから降りると、頭を抱える丹紫姫を指さす。
「あんた、またでっかいバイクね‥‥‥でも助かったわ。地登勢を後ろに乗せてやってあげて。徒歩で来たんだって言うからさ」
「は? 徒歩? 馬鹿じゃねえの? 歩いて行けよ何で俺がお前なんかを乗せなきゃなんねえんだよ」
「んなっ、き、貴様。こっちが願い下げだ。おい藤ヶ崎、お前が根原の後ろに乗れ」
「べつにいいけど、あんたバイク乗れるの? 言っとくけど彩月に運転させようとしたって無駄よ?」
「申し訳ないであります」
丹紫姫はバイクに乗れなかった。故に、彩月の後ろに乗せてもらおうという彼女の考えは崩れ去った。
「あ、俺もスクーターしか乗れねえからな。一応言っておくけど」
サブを振り向こうとした首を急停止させた丹紫姫は泣きそうな表情で美弥妃を見つめた。しかし、彼女は首を横に振る。
美弥妃は意地悪で言っているわけではない。バイクに乗れる者が春之と美弥妃しかいないのだから仕方がないのだ。
「それなら藤ヶ崎の後ろに乗せて━━━━」
「あ、このバイクは彩月の魔髄使ってんのよね。だから、このバイクに彩月は固定だから」
二十一世紀半ばとなった今日、世界には魔術二輪、魔術四輪という乗り物が普及している。それは乗り手の魔髄を燃料として走る乗り物であり、排気ガスを排出しないという点において非常に優れた代物である。
しかし、魔髄を抽出するという行為そのものが難しく、それを動力に変換するのは更に困難を極めた。同じ魔髄を持つものが二人といないという性質も相まって、魔髄動力学は現在最も注目されている分野である。
現在では魔髄登録数三人というのが最先端であり、一般に普及しているのは一人や二人の物である。
美弥妃の魔術二輪は登録人数二人で、彩月と美弥妃を登録してあるのだが、人によっては魔髄を体内から抽出される感覚に、乗り物酔いに似た症状を引き起こすことがあり、美弥妃はまさにその通りであった。
そのため、美弥妃が運転する際は後ろに彩月を乗せ、彩月の魔髄を使って走るというのが普通になっていた。
「くっ、それでは根原の後ろに乗るしかないではないか」
丹紫姫も、魔髄抽出で酔う者がいるという話は聞いていたため反論することができず、憎々しげに春之を睨んだ。
「いや、俺はお前を背中に乗せる気なんてないからな。なんか、俺は乗せても良いけどお前が拒否してるみたいな雰囲気になってるけど」
「な、なんだと貴様。私を背中に乗せたくないというのか」
「ああ」
「なっ、むぐぐぐぐ」
即答した春之を涙目で睨み付け始めた丹紫姫に、春之は大きなため息をつく。
丹紫姫を一人歩かせるという選択肢を除けば、自分が後ろに乗せる以外に選択肢はないことはわかっていた━━━が、乗せてもらうという立場の人間が偉そうに拒否権を主張しているということが春之は腹が立っていたのだ。
単純に丹紫姫を乗せたくないという感情との比率は前者三割、後者七割といったところであった。
◇◆◇◆◇◆
春之はバイクを走らせていた。
彼の後ろには一人の少女。小柄な肢体に豊満な双丘を装備し、頭頂部に俗にアホ毛と呼ばれる癖毛がピョコピョコ揺れている少女━━━そう、彼女の名前は本郷彩月である。
春之は思い出したのだ。自分のバイクは魔術二輪ではなく、普通のバイクであるということを。
春之は魔髄に乏しく、魔術二輪を転がそうものならすぐに魔髄欠乏症を引き起こしてしまう。そのため彼は普通のバイクを購入していたのだ。
それを思い出した春之は、自分のバイクに美弥妃を乗せてその後ろに丹紫姫を乗せた。
そして自分は美弥妃のバイクに股がった。美弥妃のバイクは燃料タンク付きであるため、春之の魔髄を使わなくても運転ができるのだ。
少し複雑そうな顔をしながら黙って乗せてもらっている丹紫姫と、ニヤニヤしながらバイクを転がす美弥妃、そして筋肉だるま過ぎてあたかも三輪車に乗っているようで滑稽に見えるサブと共に領土へと向かったのだった。




