23 新制度
タイトルを少し変更しました。
佐々木の何気なく放った言葉は五人にとっては核兵器を超える威力を発揮した。
もしかしたらこの五人が集められた時点でそのことを想像するのは当然だったのかもしれない。しかし、五人全員がその予想をしていなかった。否、脳がその可能性に思い至るのを止めていたのだった。
「ちちちちょっと待ってこの五人が同じチームですって!?」
「あり得ないっすよ」
「まさかの展開でありますよ」
「兵部大輔の排除を求めます」
「校長。どうかご再考を。そもそも、地登勢と藤ヶ崎が同じチームに所属するなど考えられません。それに、根原の存在が気にくわないです」
必死の形相で捲し立てる五人の姿を見て、佐々木は仲が良いのぉと笑いながらキセルを吹かして五人を相手する気はない。
「ほほほ、しかしもう申請してしまっているから無理な相談じゃのぉ。まあ、チームリーダーは根原君じゃから地登勢家と藤ヶ崎家のどちらが下につくなどといういざこざはないじゃろうて」
「おおおおお待ち下さい。チームリーダーは誰とおっしゃいました?」
丹紫姫が聞き間違えかと聞き返す。その慌てようはあまりにも滑稽で、春之が吹きだす。それを丹紫姫が一睨みし、
「根原春之じゃと言ったが?」
佐々木の無慈悲な言葉にフッと意識を失い、倒れてきた丹紫姫の頭が春之の頭に激突して悶絶する。まさか気絶するなどとは思っていない春之は一切警戒していなかったため、突然倒れてきた丹紫姫に対応できなかったのだ。
自分の体に覆い被さっていた丹紫姫を蹴ってソファから落とし、ズキズキと疼く額を押さえて涙を堪えて苦悶に喘ぐ。
「それは完全に決定事項でありますか?」
「そうじゃな。さて、伝えなければならない重要事項がいくつかあるから地登勢君を起こしてくれんかの」
春之は頭を押さえながら懐からスタンガンを取り出し、丹紫姫の脇腹で電力を放出した。
バチバチとけたたましい音が鳴り、気絶していた丹紫姫が飛び起きる。一瞬何事かと辺りを見回し、春之の手に握られたスタンガンを見るやすぐさま飛びかかり、美弥妃に取り押さえられる。
「重要な話をしてもいいかの?」
佐々木の言葉に丹紫姫がおとなしくなり、五人が佐々木を見つめる。
「チームのことは諦めてくれ。もうお主ら五人意外は皆チームに所属しておるし、地勢君が組んでおった中隣君らももう既に五人揃えておるからのぉ」
直後、丹紫姫の表情が変わった。怒りと悲しみを織り混ぜた形相で佐々木を見つめる。しかし、その瞳は焦点が定まっておらず、虚空を見つめているようにも感じられた。
「今、中隣直哉が生きているとおっしゃいましたか?」
「勿論生きておるぞ。松野君も、賀須井君も、桃川君もな。今は新たに山葉鳴海君を加え、中隣君をリーダーにチーム一位として君臨しておる。二位相手に圧勝しておるからその順位は不動じゃろうな」
山葉鳴海は岡山守を拝命する山葉家の次男だ。非常に協力な中距離攻撃タイプの氏個性【大地脈轟】によって岡山県のほぼ全域を治める地登勢派の氏家である。
中国地方は御三家で九州の覇者たる天宮家と地登勢家の勢力が両立した地域であるが、天宮家の勢力に囲まれながらも岡山県ほぼ全域という広大な領地を治めることができているのは間違いなく【大地脈轟】の力によるものであった。
山葉鳴海は丹紫姫がいなくなったことで空いた術師の枠を埋めるに値する人物だろう。
件の丹紫姫は驚愕のあまり呼吸すら忘れていた。
しかし、春之や美弥妃は特に驚いた様子はなく、むしろ腑に落ちたというような顔をしている。
「まあ、当然だろうな」
「やっぱりって感じね」
そもそも春之はあの日のからくりに気づいていた。
考えてみればわかる話だ。明らかに全員が弱すぎたのだ。たとえ御三家の美弥妃とて、一睨みで智大を動けなくさせるほどの力はない。
また、こと戦闘力においては大和でも上位を争う松野家の【居合】の攻撃範囲が狭かった。
それらはどう見ても異常であり、何かがあることは自明の理であった。
そしてそれは中隣直哉がいたことでその異常理由を予測するなは容易であった。
中隣家の氏個性【傀儡匠】。それは、魔髄を使って傀儡を創り使役するという能力。それは決して傀儡に氏個性を持たせるほどの力はない━━━━が、中隣直哉は特別な能力があるという話を違和感を感じた時に思い出したのだ。
そう、中隣直哉は造り上げた傀儡に元の個体の能力を弱体化はするものの顕現させる力を持っていたのだ。界隈では『中隣の麒麟児』とまで言われている。
それは丹紫姫も知っている筈である━━━にも関わらずこれほど驚いていることに春之は呆れ返った。
それほどまでに味方の能力を把握していなかったというのか、と。
「まあ、そういうことじゃよ。での、重大な知らせはこれからじゃ」
佐々木が話を切り替え、丹紫姫が再びソファに腰を下ろす。しかし、その顔から上の空であることが明らかであり、憎悪の滲む瞳を見開いて何やら小さな声で呟いている。
「今年から私が校長となったことで、新制度を導入することと相成り、既にそれは始まっておる。新制度はズバリ、領土戦じゃ」
「領土戦‥‥‥」
サブが佐々木の言葉を復唱する。
領土戦とは領土を奪い合う戦だろうがまさか、と春之はある可能性に思い至る。もし、その文字の意味通りの制度であるとしたならば、制度内容は一つに絞られてしまう。
「想像した通りじゃろうな。ランキング戦とは別に、これからは領土戦、つまりチーム領土を奪い合う戦闘をしてもらうことと相成った。ルールはランキング戦と変わらず、仮想空間で戦って先に全滅したチームを敗北とするデスマッチ戦。宣戦布告制で、領土戦を申し込まれたチームに拒否権は存在しない。布告側は望む領土と同じ面積の領土を賭けなければならず、勝った方が賭けられた領土を総取りということになる。」
つまり、領土戦を挑み、負ければ即ち自分の領地も失うことになるということか。大きな領土を望めばその分リスクも大きくなる。どのチームも最初は面積が等しいため、全領土を賭けて挑めば全損もあり得るというわけか。
しかし、それほどの大きなリスクが存在しているならば一つだけ疑問点がある。
「領土戦を挑まない者が現れるのでは?」
チーム領土とは、全てのチームに等しく配られる自分達で好きなようにして良い土地のことである。生徒はその土地に自分達でチームの拠点を建て、作戦を立てたり、チームに一つずつ配られる仮想空間を構築する装置で訓練に励んだりするわけだ。
チーム領土は確かに必要だろうが、言ってしまえばそれくらいしか価値はない。
そのためどう考えても大きな領土は必要ない。故に、春之には、わざわざ自分のチームの領土を失うリスクを冒してまで他のチームから領土を奪おうとするとは到底思えなかった。
「ほほほ。まあ、そこだけ聞けばそうじゃろうな。じゃが、まだ話は終わってはおらぬぞ。新制度の根幹。それは、生徒の全寮制じゃ。まあ、寮を作るわけではない。住居はチーム領土内に自分達で作ってもらう。共に生活すれば親睦も深まるじゃろう? 同じ釜の飯を食った仲間という言葉もあるくらいじゃしの」
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。チームには男女があるんですよ!?」
「丸ノ内君の心配はもっともじゃが、何か心配があるなら男子と女子で居住区を別々にすればよい。まあ、それだけの領土があればという話になってしまうがの」
「まあ、確かに‥‥‥‥」
「あとは、チーム資金についての制度も変わっておる」
チーム資金とはチームに配布される資金のことだ。その金は校内でのみ使用可能な独自の通貨であり、新しい機材を買ったり、購買などで弁当を買ったりなど、校内での売買に使われている。
今まではランキングの順位によって貰える額が変わる制度であったがそれが変動したということは━━━━
「資金はこれまで通りランキングの順位に応じて配布されるものに加えて、領土面積に応じても相応の額を配布することになった。そして、これから校内では円を初めとした外部通貨の使用はできない。学校の外に出るのも許可制にするため、必要な物は学校内で全て購入してもらう」
一気に資金の重要度が跳ね上がった。校外に出られないということは食料も学校内で買わなければならないということだ。佐々木はスーパーや雑貨店などは既に敷地内にオープンしていると付け加えた。
「また、許可無しに他チームの領土に侵入することは禁止とする。敷地内を移動する際は公道を使用してもらう。これを破れば厳罰に処する」
「なるほど。それほど資金が重要になるならば、下位のチームはほぼ自給自足を強いられる。領土によっては山や川があるわけで、そこは大きな取り合いになるというわけですか」
「そうなるの。猪を狩るのも釣りをするのも問題ないが、領土内でということじゃ。一応、新制度の説明は以上じゃが、何か質問はあるかの?」
春之には質問したいことなど山ほどあった。情報不足ほど自分達の首を絞めることはない。
そして、この場合それは資金や領土を失うことに繋がり、安寧さえも脅かす事態に繋がってしまう。
どれほど質問があろうとも、春之は最初にする質問は決めてあった。それはおそらく、他の四人も同じ質問をするだろうという絶対に必要な情報。
「領土を全損したり、資金が底をついた場合はどうなるのですか?」




