22 退院
あの事件から一ヶ月が経過した。
春之達は無事退院し、今日久しぶりの登校の日を迎えることとなった。
「あと三年入院したかった」
「何、馬鹿なこと言ってんのよ」
入院と言っても最先端の治療によって軽傷と言えるほどにまで回復していたこともあって痛みなどに苦労した記憶などない春之にとっては入院生活は非常に有意義で楽しい日々だった。なぜなら一日寝て過ごしても誰からも怒られないからである。
それなのに退院させられ、自分の家に戻った春之は、自分のベッドに寝転がりながら、再び学校に行かなければならないことを思いだし枕を涙で濡らしたのだ。
春之の態度にいつものごとく美弥妃が噛みつき、それを見て彩月が笑う。
そんな騒がしくとも懐かしい光景に、美弥妃にヘッドロックをかけられながら心温かくなる━━━はずもなく、ただただ学校生活が面倒だと感じて思わずため息をつくのだった。
「おお、おはよう」
「おはよう」
「‥‥‥‥」
教室に入ると先にサブが登校していて、教室に入ってきた二人に挨拶をする。春之は眠たさに大きなあくびをしながら、自分の椅子に座って制服の一番上のボタンを外した。
「お前は相変わらずだな」
「ああ、めんどくせえ」
「ま、元気が一番だろ?」
春之は机に伏せながらサブに返答する。やはり久しぶりの登校とは体と脳が気だるさを感じてしまうものであり、今すぐに帰りたいというのが春之の本音である。
しばらくサブと話していると眠気を感じてきた春之。朝のHRも始まるためそろそろ眠りにつこうと考えたその時だった。
「なあ、サブ」
「なんだ?」
「チームってどうなったんだ?」
春之は思い出してしまったのだ。チームがまだ決まっていなかったのだということを。
◇◆◇◆◇◆
通常、朱雀院では入学一週間後にチームメンバーを書いた用紙を学校に提出する。これによって正式にチームが結成されたことになる。
だがしかし、春之達は一週間経つ前に一ヶ月の入院期間が入った。故に、そのチーム結成の用紙を提出していないのだ。
しかも最後の一人すらも見つかっておらず、四人しかメンバーがいないときている。どう考えても詰んでいる案件であった。
慌てた春之が美弥妃とサブ二人と話し合おうと考えた時、担任である讃岐が教室に入ってきたことで出来ずに終わった。
HRの間もその事について気が気でなかった春之。
HRが終わり、讃岐が退室しようとした時だった。
「地登勢、藤ヶ崎、丸ノ内、根原、この四人はちょっと来てくれるかな?」
讃岐がその四人の名前を呼んだのは。
◇◆◇◆◇◆
「それにしてもあんたよく無事だったわね。私はてっきり腹を切るかどこぞに嫁に出されると思ってたわ」
「うるさい。これでも正式に家督相続権を失って少し落ち込んでいるのだ」
「地登勢さんも落ち込むことなんてあるんだなぁ」
「それはどういう意味だ丸の内」
「うるせえ‥‥‥‥」
讃岐に連れられて生徒指導室へ向かう途中、騒がしい三人に春之は眉間にシワを寄せながらため息をついていた。入学してからすっかりため息が癖になっている春之。
そろそろ幸せが逃げてマイナスになるのではと考え始めた始末であり、一人静かに寝るのが好きな春之にとっては苦痛でしかない。
「あら、彩月も呼ばれてたの?」
春之達は生徒指導室に入った。するとそこには既に彩月がいて、ソファに座って人を待っている状況だった。
讃岐は四人にソファに腰かけるように言い残して部屋から出ていってしまった。他に誰もいない部屋に取り残された五人。
廊下を歩いていた時とはうって変わって静まり返る。
何故か喋ってはいけないのではというような気まずい空気が広がり、春之はこれ幸いと目をつぶり、太股を美弥妃につねられて悲鳴を上げた。
「ねえ、家督相続権を失ったから今は無位無官なの?」
春之の悲鳴によって喋ってはいけない空気が消え、しばらくしてから美弥妃が丹紫姫にそう問いかけた。
彼女は春之とは違ってじっとしていたり静かにしているのが嫌いな性格であるため、少しでも話して時間を潰そうという考えであった。
「いや、弟は『鬼』の字を父上から賜り、正三位下弾正大弼を拝命したから官位官職の剥奪は無かった」
「正三位って‥‥‥弾正大弼でそんなに高いのを貰えるもんなの?」
「藤ヶ崎の次期当主殿が従三位であるからそれに対抗したのだろう。我が家では次期当主は弾正大弼を拝命するのが習わしだからな」
「まるで他人事のようね‥‥‥あんたの家の話でしょう?」
「私は既に地登勢であって地登勢ではない。父には『私には貴様のような愚かな娘ではない。私の前から早く消えろ』とまで言われてしまったからな」
「ほえ~、それはまあ大変ね」
「お嬢様、もう少し言葉を選ぶでありますよ‥‥‥‥」
敵対する家ではあっても同じ御三家の出身者同士である丹紫姫と美弥妃は話が合うようで、それに彩月も加えて会話に花を咲かせ始める。
「なあ、春之。俺は家とか官位とかわからねえけどよ。千歳さん、少し変わったよな。何て言うか、丸くなったような」
美弥妃や彩月と話している丹紫姫の顔はまるで憑き物が落ちたのではというほど晴れ晴れとした顔だった。
それを見た春之は静かに目を閉じる。
「そうかもな。クソうぜえのは変わらないが」
「何だ根原。何か言ったか?」
春之の言葉を丹紫姫の地獄耳が捉えた。
「‥‥‥‥何でもねえよ」
「嘘つけ。貴様今クソうざいと言っただろ」
「‥‥‥しっかり聞いてんじゃねえか」
「やはりそうだったか。だが根原。私も貴様が嫌いだ」
「奇遇だな。俺も元次期当主様のことが大嫌いだ」
「き、貴様、だからそのことについてあまり触れるなと言っただろう」
「は? わざとに決まってんだろアホか」
再び先ほどの廊下のように騒がしくなる生徒指導室。今度はその中心に春之がいる。
春之に掴みかかる錦野とそれを止める彩月。腹を抱えて笑う美弥妃と、止めるべきか悩んで右往左往するサブ。
そんな混沌に包まれた空間を打ち破ったのは扉が開く音だった。
「ほほほ。盛り上がっているところ失礼するよ」
暴れていた五人は慌ててソファに仲良く並んで座り直す。部家に入ってきた壮年の男は、五人に向かい合うように座ると、早速話をきりだした。
「まずは退院おめでとう。君達の活躍は聞いている。人質を救出したそうだね。さすがは朱雀院生だ」
男は立派に蓄えた顎髭を撫でながら笑った。
この男を知らない者はこの学校にはいない。それは春之ですら当てはまる事実である。
男の名前は佐々木菊五郎。この朱雀院高等学校の校長を今年から拝命した男である。
「さて、気になっていると思うからそろそろ本題に入ろうか。今日呼んだのは君達が入院している間に新たに決まったことだ」
佐々木に五人の視線が集まり、
「おっと、その前に。ここにいる五人でチームを結成しておいたから仲良くするようにな」
そう言うと、佐々木はニヤリと口角を上げた。
一瞬の間が空いた。それはあまりに突然叩きつけられた衝撃の事実に脳が理解するのを止めたからに他ならない。
春之もまた、チーム結成って何のことだっただろうかと現実逃避した。
しかし、だからと言って事態が改善されるわけではない。時間が経つにつれて嫌でも理解が追い付いてくる。
直後、生徒指導室に五人分の悲鳴が木霊した。




