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20 事件の爪痕

 


 事件があったビル━━━元々はビルだった瓦礫の山というべきか━━━の前はパトカーや救急車、警官隊が囲み、街中とは思えない異様な光景となっていた。スマホを片手に騒ぐ野次馬や、カメラを構える報道局の群れの声とそれらの侵攻を阻む警官隊の声や笛の音が響き渡り、喧騒に包まれた人の群れの中を、丹紫姫はタンカーに乗せられて運ばれていた。


 運ばれる丹紫姫と、彼女を運ぶ救急隊員の声を聞いた警官隊が、野次馬を下がらせて救急車が通れる道を作り始める。


 丹紫姫の意識ははっきりといる。しかし、直哉によって受けた暴行による傷は、アドレナリンが出ていたため痛みを感じていなかったが相当深刻なものであったようで、事件が終息した今となっては激しい痛みに苦しんでいた。



 事件に居合わせた者達については、まず人質は奇跡的に全員が大小の怪我こそあったものの、命に別状はなかった。


 美弥妃は爆発によって外に投げ出され、氏個性もあって落下による衝撃は小さかったが全身を火傷し最初に病院に搬送された。


 サブは彩月と共に瓦礫に落下。彩月に守られるようにして着地したことで命に別状は無かったが、手足の骨折に火傷などで病院に搬送された。


 サブを庇って落下した彩月は、龍鱗もあってやはり大きな怪我には至らなかったものの、骨折に火傷によって病院へ。


 二人は、警官隊の捜索によって瓦礫の中から発見された当初は意識が無かったが、今は病院で意識を回復させている。


 そして、春之は未だに懸命な捜索が続いているなか、見つかる気配すらない。



 春之が落下した直後大規模な倒壊が起き、瓦礫の深く奥に埋もれたのだろう。丹紫姫がいた場所も倒壊はしなかったが非常に命の危険にあったようで、助けられて五分後に崩れ落ちてしまったらしい。


 また、直哉達の遺体や犯行の首謀者も見つかっていないという。


 丹紫姫はタンカーに揺られながら空を見上げた。雲に覆われて月どころか星さえも見えない夜空を眺めながら、春之の言葉を思い出していた。


 丹紫姫には、自分がこれからどうすればいいのかがわからなかった。

 おそらく、めでたく次期当主から外され、場合によっては地登勢姓の剥奪の可能性もある。朱雀院を中退し、嫁入りという可能性も考えられた。


 仇敵である藤ヶ崎家の領内での不祥事に首を突っ込み、愚かにも大怪我を負うというのはそれほどまでに家の顔に泥を塗るような大失態だ。

 事件の犯人の詳細がわかっていないのであれば藤ヶ崎家への宣戦布告の大義名分となり得たものの、今回の犯人は太平救世會の犯行であることが判明している。

 太平救世會が藤ヶ崎と手を組むことなど絶対に考えられず、それも首謀者が【獄】という幹部に値する位階であったのだから、無理に藤ヶ崎家に罪を擦り付けることは不可能だった。


 この事件で生まれたのは、『地登勢家の次期当主が太平救世會に敗れた』という絶対的な事実のみ。

 地登勢家にとっては屈辱しか生まない事件であった。


 タンカーが救急車の前に到着し、車両内部に運び込まれる。丹紫姫はこれからの未来を憂いながら目を閉じた━━━その時だった。


「見つかったぞオオオオ」


 警官隊の声と思われる男の声が丹紫姫の耳に届いたのは。


 扉を閉めて発車の準備に入ろうとしていた救急隊員に叫んで制止し、痛む体のことなど忘れて救急車から飛び降りた。慌てて丹紫姫を取り押さえようとする救急隊員を振り切って、ビルの方へと必死に駆けた。


 足が折れていなかったのが幸いした。丹紫姫は全速力で声のした場所を探した。


 そして丹紫姫は立ち止まる。瓦礫から一人の男が救出され、タンカーに乗せられていた。そのまま救急隊員によって運ばれる男の乗ったタンカーが、立ちすくんでいる丹紫姫の前で止まった。


「根原‥‥‥」

「その様子だと無事だったようだな」


 春之が生きていることすら驚愕するべき事実であったのに、彼が意識を保っているという事実に丹紫姫は一瞬夢かと思ってしまうほどだった。

 そもそも落ちた高さからして人が生存できる可能性はまずない筈だったのに━━━━意識を保っているのは夢だと思ってもおかしくないほどあり得ないことだったのだ。


「根原‥‥‥お前‥‥‥私は死んだものと‥‥‥」


 丹紫姫の目に涙が浮かんだ。ポロポロと零れ落ちる涙は止まることをしらず、落ちた雫がコンクリートの地面に染み込んでいく。


「勝手に人を殺すんじゃねえよ。お前の前であんな高説たれておいて、自分は死ぬとかそんな格好悪いことできるはずがないだろ」

「お前っ‥‥‥私は心配してっ」

「お前が俺を心配? 随分と丸くなったもんだな。ああ、チョロイチョロイ」

「なんだと貴様ァァ」


 声を荒げた丹紫姫を見て春之が笑った。そんな春之を見て、丹紫姫も思わず声をあげて笑ってしまった。


「根原」

「あん?」


 丹紫姫は怪訝な顔をした春之の顔を見ながら、満面の笑みを浮かべ、


「やっぱり、私はお前が大嫌いだ。いつか必ずぶっ殺してやるからな」


 そう言ってさらに大声で笑った。それを合図にしたかのように救急隊員が丹紫姫を拘束して救急車へと運んでいく。

 そんな丹紫姫の後ろ姿を見ながら、春之は静かに呟く。


「そうだ。俺を殺してみろよ兵部大輔。それまで死ぬんじゃねえぞ」





 ◇◆◇◆◇◆



 春之達が搬送されたのは関東最大の病院だった。最先端の医療に加え、魔術師達の魔術による治療が迅速に行われ、全員が全治一ヶ月という脅威の回復を遂げたのは春之を驚愕させるものだった。


 春之は病院に搬送された後すぐに意識を失い、一週間もの間、死んだように眠り続けた。そして、先日眠りから覚醒し、今では病室のベッドで(うた)た寝をして過ごしていた。


 そんなある日の昼下がりのこと。

 春之は何かを思いたったようにベッドから下りて隣の病室へと向かった。


 その病室に寝泊まりしているのは春之の腐れ縁たる少女。


「よお、くそったれ美弥妃。お前がビルの外に投げ出されなかったら今ごろはこんな怪我してないかもな」

「目覚めて一発目の会話がそれって‥‥‥まあ、ハルらしいけど」


 文句を言いながらノックもせずに病室に入ってきた春之をジトッとした視線で睨み付けた美弥妃だったが、春之がどういう人物だったかを思い出して肩をすくめた。


 そんな春之は美弥妃の寝るベッドの横にある椅子に座り、見舞品であろう林檎を手にとって皮ごと齧った。


 それは私のお見舞い品なんだけど、という言葉を飲み込んだ美弥妃はため息をつきながら春之に話しかける。


「あんた、それにしてもよく生き残ったわね。七階の高さから瓦礫に落ちたんでしょ?」


 シャリシャリと林檎を齧る春之の姿を静かに見つめる美弥妃。


「あんた、まさか━━━━」


 そこまで言いかけたところで丹紫姫は慌てて口をつぐんだ。春之は少し青い顔になった美弥妃を一瞥してから、新しい林檎を手に取ると、ナイフで器用に林檎の皮を剥き、所謂ウサギさんの形にしてそれぞれに爪楊枝を刺した。

 春之の意外な一面を垣間見た瞬間だった。


 春之は数匹のウサギを皿に載せると美弥妃にそれを手渡す。


「お願いがあって来たんだけどさ」


 春之は美弥妃の瞳を覗きこむ。


「俺、今からちょっと出掛けるからナースさん達を誤魔化しといてくんない?」

「は? あんた何を」

「んじゃ、そう言うことで。その林檎はその代金ってことにしといてくれ」

「いや、ちょっと待ってよ、だからこれ元から私の林檎━━━」


 春之は美弥妃の言葉を無視して病室から駆け出していった。扉の外から看護師の説教の声が聞こえてくる。廊下を走る患者を叱る声だ。


 美弥妃は皿の上のウサギをしばらく眺め、爪楊枝を摘まんで林檎を口にいれる。


 無駄に上手なウサギにどこか釈然としない気持ちが芽生えるが、どうやって看護師を誤魔化そうかと考えている辺りから、美弥妃はやはり春之を甘やかしてしまうことが証明されていた。





 ◇◆◇◆◇◆



 春之は病室の窓から飛び降りて大通りでタクシーを掴まえた。


「場所はどうしますか?」

「ホテル・シャロン・クレーナまで」

「かしこまりました」


 行き先を運転手に伝えるとすぐにタクシーが発車する。春之が伝えたホテルは有名なホテルであったのだ。


「本日はお泊まりですか?」


 しばらく走ったところで運転手が雑談として春之に話しかけてくる。

 春之はそんな質問に対して、


「いや、会いたい人がいるんだ」


 と、静かに答えた。














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