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18 炎獄

 


 扉を一気に開け放ったサブは大剣で扉の前にいた男を斬り殺した。同時に彩月も小銃タイプの魔銃を使って敵を排除しながら人質の位置を確認して距離を詰め━━━━━


「そこまでだ」


 男の声と女性の悲鳴。目をやれば人質が集められていた一角とは全く反対側の場所に一人の男が立っていた。その男は彩月と同じく小銃タイプの魔銃を女性のこめかみに突きつけている。


 男は万が一の時のために手元に人質を一人置いていたのだ。


 サブは小さく舌打ちをしてから大剣を床に置いて手をあげた。彩月もまた同時に魔銃を置いて両手を頭の後ろに置いた。


「貴様がこの事件の首謀者か」


「いかにもその通りだ」


「どうしてこんなことをするんだ。全く意味のないことだろ? お前らのせいで人が死ぬんだぞ」


「全ては太平の世のためにだ。そのための犠牲ならまったく問題ないだろう?」


『全ては太平の世のために』。それは反魔術組織の中でも一際大きな団体が使う言葉だった。それほど情勢や魔術師の世界に詳しいわけではないサブでも知っているその組織の名前は━━━━


太平救世會(たいへいきゅうせかい)‥‥‥‥」


「いかにも。よく知っているな坊主。俺達は偉大なる救世導師様の元に集い、魔術師を駆逐し世界を太平に導くために戦う戦士だ。しかも俺は救世導師様より『炎獄』の位階を賜る男だ。貴様らがどうあがこうが勝てる相手ではない」


『炎獄』なる位階がどれほどのものなのかはサブにはわからなかった。こんな時春之なら分かったのではないかと考え、自分の勉強不足を後悔したが今さらだと思考の片隅に追いやる。


 男の位階はともかく、所属が太平救世會ならば納得できる点がいくつかあった。


 まず、装備の充実。構成員全員に防魔服と武器を携帯させることができるだけの資金を持ち、一度にこれだけの人数を投入できるだけの人材を抱えている組織。そんな大組織はこの大和にはそう数多く存在しない。


「何が魔術師の駆逐だ。お前だって魔術師じゃないのか」


 サブは男と話ながら彩月と指で会話を試みる。まずは人質の救出。この部屋には人質は五人。目の前の女性を合わせれば六人となる。

 そして、既に敵は男一人。そうなれば隙を見て男を殺すことが最も有効な手段だ。


「違う。太平の世のために行使する力は全て聖力であり、魔術などという下賎な力ではない」


「何が聖力だ。お前らはただの人殺しで、使ってるのは魔術だ。自分達の犯罪行為を正当化しようとするな。このテロリストが」


「何だと貴様ァァ」


 サブは男を煽った。逆上した男が銃口をこちらに向けることを狙ったのだ。

 そして男は思惑通りに銃口を女性から離してサブに向け━━━━直後、彩月が地面を蹴って男に肉薄し、人質の女性の懐に潜り込んで抱えて距離を取る。

 それを合図にサブも地面を蹴る。


 発砲音が響き魔弾がサブめがけて軌道を描く。サブは上体を反らして弾を避けると、男の脇腹に頭突きして吹き飛ばした。

 床を滑る魔銃を蹴飛ばすと大剣を構えて床に転がった男を拘束しようと接近し、男の周囲に火炎が上がった。


 人質達の悲鳴が鼓膜を揺する。彩月は人質を背に庇うようにして陣取り、サブもまた逃走の経路や方法などを頭に浮かべながら火炎に対峙した。


 部屋の一角から上がる火炎は火災旋風のように舞い上がり、勢いを増していく。床や天井が焦げる臭いが鼻孔を突き、思わずサブは顔をしかめた。



 焔が弾けた。男が焔を纏いながらサブに接近し、その拳を振るう。その一撃を腕を交差させて受け止めたサブの皮膚が焼け、思わず呻き声を上げて距離を取ったが、男は反撃を防ぐために追撃の手を緩めない。

 大剣の腹で拳を受け止めながら防戦一方になったところで彩月が男の脇腹を狙って魔銃の引き金を引いた。


 命中した弾によって男が軽く吹き飛ばされるが、膝に力を入れて転倒を防ぎ、体勢を戻す勢いを活かすように男が手刀で宙を切り、直後に焔の刃が飛ぶ。


 彩月はそれを辛うじて避けるが、肩に刃がかすめて肉が焦げる。


 サブは男に攻撃を仕掛けながら思考を張り巡らせる。

 男の焔の魔術は非常に強力であり、人質を守りながらの戦闘では勝てる見込みが少ない。『炎獄』なる位階は本物だったのだ。

 また、敵の魔術の攻撃範囲は広く、場合によっては人質に被害が及ぶ恐れも十分に考えられた。


 この場合自分が取るべき最善の行動は何か。人質を連れて逃げることが優先されるのか。それともいち早く敵を撃破することが優先されるのか。


「弱いな坊主に小娘。それほどの力しか持たないのに救世導師様の教えを侮辱するとは万死に値するな」


 男が指で印を結ぶと、彩月のいた場所に火柱が巻き起こった。


「彩月ィィィィィ━━━━」


「よそ見している暇があるのかな?」


「くっっ、てめぇ」


 既に男に激昂した様子などなく、サブ達を侮っていた。


 サブは彩月の名を叫びながら駆け寄ろうとして男の攻撃に行く手を阻まれる。焔の拳が大剣を熱し、柄を握る手の平を焼いた。しかし、サブに剣を手放して逃走するという道は残されていない。


 サブが剣を大きく振りかぶって男に肉薄する。焔に焼かれて赤くなった漆黒の大剣を振るうが、男は踊るように攻撃を避けてサブに一撃を与えていく。

 明らかにサブと男には大きな力の差が存在していた。


 あまりの焔にビルのスプリンクラーが発動して雨が降り始めた。しかし、男の放つ焔の勢いは多少弱まったものの、決して脅威で無くなったわけではなかった。

 火災旋風が降ってくる水を蒸発させながら迫り、サブを焼き殺そうと襲いかかった。


 既にサブの頭の中は、男に勝つというよりどうやって人質を逃がすかという思索に切り替わっている。

 自分はこの男に勝つことはできないため、何とかして人質を逃がさなければならないのだと。


 サブは何とか逃がすタイミングを作ろうと大剣を振るう。そんなサブの攻撃を嘲笑うかのように男の攻撃はサブの体を焼いた。

 ただでさえスプリンクラーによって視界が悪いのにもかかわらず、水が蒸発することによって発生した霧も相まって、男の姿を捉えにくい。


 サブの魔術は剣を錬成するというありきたりなものであり、強い属性魔術を帯びさせたり出来るわけではなく、既に戦闘は詰んでいる。そんな事実にサブはふがいない自分を責めながら、剣を振るった。


 男が二本の指で印を結んだ瞬間、霧の中から一つの影が現れて男の背中に一撃を食らわせた。

 体をくの字に曲げた男が霧の中に消え、ほぼ同時に壁にぶつかった音が響いた。


 一撃を加えたのは彩月だった。服が焼け焦げてほぼ半裸の彩月は大きなロケットランチャータイプの魔銃を壁に向けて放ち、大きな風穴を開けた。それにより、室内の霧が外に流れ、少しずつ視界が晴れていく。


「人質は逃がしておいたであります。後はこの男だけであります」


 サブは彩月の言葉に驚愕と感謝の混ざった声を上げた。サブが男と戦闘を繰り広げている間に、彩月は霧に隠れて人質を逃がしていたのだ。

 味方であるサブですら気づかなかった彩月の行動に舌を巻いた。


「すまない。助かった」


「大丈夫であります。さて、人質がいないのであれば私も本気を出すでありますよ」


 彩月は口角をあげると、男がいるであろう霧の向こうを睨みながらアホ毛を揺らした。すると、首筋や腕に薄水色の鱗が浮かび上がる。瞳孔が縦に伸び、瞳が金色に染まっていく。


「その鱗に瞳。藤ヶ崎の【龍】か‥‥‥‥」


 霧の奥から男が現れた。それを合図にするかのように霧が完全に晴れて視界が回復する。

 男は口元に滲んだ血を舌で舐めると、背中から焔の腕を伸ばしながらゆっくりと歩んできて二人の前で止まった。


「その鱗を見るに分家の者だろう? 中途半端な龍化では俺には勝てないぞ━━━━と言いたいところだが少々面倒になったのは認めよう」


「それなら自分から投降するといいでありますよ」


「それはできないな。それに面倒だとは言ったが‥‥‥‥勝てないとは言っていない」


 男が呪文と共に五本の指で印を結び━━━━世界が爆ぜた。












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