17 矛盾
体調不良につき投稿が遅れました。
15、16を大幅に変更しております。もしよろしければご確認下さい。
時間を少し遡る。
春之達はビルの地下駐車場を駆け抜けていた。激しく焦げた場所や成人男性と思われる死体が所々に見つけられる。
間違いなく丹紫姫がここを通ってビル内部へと向かった証拠だ。
「ハル。あんたの目はまだ見つかってないんでしょうね」
前方を走る美弥妃が振り返って春之に確認する。今のところ春之の目はまだ見つかっていない。だが、こと人工物などの中においてはいつ見つかるかわからないような危ない橋を渡っていると言わざるを得ない。
「ああ、大丈夫だがそろそろあっちもまずいぞ」
ビルの内部にもやはり戦闘の痕跡が見られる。刃物で首を一太刀で落とされた死体が多いのは【居合】の成せる業だろうと春之は推測する。
「敵の足音が三つ」
「俺に任せろ」
階を一つ上がったところで彩月が音を捉えた。それに呼応したサブが片手剣を取り出して三人を出会い頭に斬り殺した。
人を殺したのだからサブに変化があるかと思って顔色を伺う。少し汗をかいているようだったが、嘔吐などの身体障害となりえるような様子はなかった。
春之はそんなサブの肩を叩いて擦る。
「人を殺したのは初めてか?」
「ああ」
「気にしないことだ。このご時世、魔術師として生きていくなら人を殺すことはいつしか当たり前になる。が、今の気持ちを忘れないことだ。忘れたらその瞬間から人では無くなる」
サブは春之に礼を言ってから頬を自分の叩いた。
「少しでも急ぐぞ。時間がない」
「ねえハル」
「何だ」
「地登勢丹紫姫が裏切られるってことはわかったわ。あんたが言うなら疑う気はない。でも、あんたにあの女を助ける義理はあるの? 普通ならあんたが危険に飛び込む意味はないでしょ?」
駆ける足を止めずに美弥妃は率直な質問を述べる。
確かに美弥妃の言うとおりなのだ。丹紫姫を助ける義理など春之には一切ない。むしろ見殺しにした方が今後の学校生活も平穏なものになるだろう。
一瞬、何故自分は今必死になって助けようとしているのか悩んだ。
丹紫姫はあの地登勢だ。春之が何よりも憎んでいる地登勢だ。助ける義理どころか自分が殺してやりたいと思うほど憎んでいるはずなのに。
しかし、その問いの答えは自然と見つかった。春之自身も驚くほど簡単に。
「なんとなくだ。よく言うだろ? 目の前で死にかけてるやつを見殺しにして明日食う飯が美味いかって。そんなもんだ」
矛盾しているなと自嘲する。我ながら面白い思考だ。
それでもこの場で見殺しにする気は何故か起きなかった。
「そう。それなら早く行くわよ」
「ふふふ。春之殿らしいでありますね」
「意外と男らしいところもあるんだな」
サブの軽口に突っ込もうしたところで急停止した。春之の目は丹紫姫達を視ることができる。だが、本来見るべき視界と同時に見るのは困難を極める。
できるか否かはその日の調子にもよるが、今日はできそうになかった。
春之は確認のために丹紫姫らに視界を同調させたところでその光景を視てしまったのだ。
そこは会議室のような部屋だった。その一室で、直哉によって丹紫姫が暴行を受けている光景を。
丹紫姫は、魔封石製と思われる手枷を嵌められ、一方的に痛め付けられていた。
まさか直哉がそこまでするとは思っていなかった。春之は丹紫姫を捉えてテロ集団に引き渡す程度だと思っていたのだ。
万が一殺そうと画策したとしても、丹紫姫ならそれを避けて時間を稼ぐくらいのことはできると判断していた━━━が、結果として春之の構想は外れた。
直哉の性格を読み誤ったことと丹紫姫が予想以上に四人のことを信頼していたことが失敗の原因だった。
直哉は寡黙な性格の内側に、憎悪と殺意を隠覆していたのだ。
また、模擬戦で見た丹紫姫の三人に対する態度は酷いものであり、小町を含めた四人になったとしても使えない僕程度の扱いだと思っていたのだ。
どうしてあんな扱いをしているのに心の中では信を置いているんだと毒づくが、それに答える者はいるはずもない。
それよりも今は会議室に向かわなければならない。このままではじきに丹紫姫は絶命するだろう。
丹紫姫の死はそのまま大戦争への引き金となる。その未来だけは理が非でも避けなければならないのだ。
「中隣が兵部大輔に暴行を加えている。そろそろヤバイぞ」
「そんなこと言ったってどうするのよ」
春之は静かに考える。最上階まであと二階層。しかし、事態は一刻を争う。
「悪手だが美弥妃と俺で会議室に先に入るぞ」
「んなっ、どうやって━━━」
「できるの?」
サブの言葉を美弥妃が遮った。サブには悪いが説明してる暇はない。美弥妃が理解してくれていて幸いだった。
ここから会議室に転移できるかという問いに対しての答えは『できる』だ。だが、その後戦闘ができる可能性は五分五分といったところである。
自分だけならばまだしも美弥妃を共に連れるとなれば消費する魔髄の量は一気に跳ね上がり、魔髄に乏しい春之には大きな賭けとなる。
「できるかじゃねえだろ。今は行くぞ」
その返答は美弥妃に対してか一瞬躊躇した自分に対するものだったのか春之にはわからなかった。しかし、分かることはただ一つ。たとえ戦闘不可能な状態に陥っても、美弥妃のことを信じるまでだということだ。
「彩月とサブは敵の本拠地に向かえ。そこを制圧して人質を救出するんだ。何よりも人質の安全を第一に考えることを忘れるな」
「「了解 (であります)」」
彩月とサブが上階を目指して廊下を駆けていった。
春之はそれを見送ると、魔術の構築に着手する。美弥妃の手を握り、会議室の前へと転移した。
◇◆◇◆◇◆
サブは廊下を進みながら、隣を走る彩月に問いかけた。
「なあ、春之は転移魔術が使えるのか?」
転移魔術なるものは存在しない。しかし、サブは知っていた。有名な氏個性に【転送】というものがあることを。
サブは春之がその氏家の出身ではないかと考えたのだ。
「違うでありますよ」
しかし、その疑問は彩月の否定によって打ち砕かれた。
「春之殿のことはお嬢様の方がお詳しく、私は意外と知らないことだらけであります」
ですが、と彩月が付け加える。
「春之殿のお力は把握しているであります。後で聞いてみれば教えてくれると思うでありますよ」
春之は良いやつだとサブは心から思っている。だが、不思議なやつだとも同時に思っていた。
春之には謎が多すぎるのだ。そもそもの謎は何故藤ヶ崎美弥妃という大物と幼馴染みという関係を築けるのかということ。彩月とも親しげに話すことから家としての関わりなのかもしれない。
それについて深く聞きたかったが、人には隠し事があるのが普通だ。いつか話してくれる時を待とうとサブは疑問を頭の片隅に追いやった。
「敵の拠点はまだか?」
「すぐそこでありますよ。戦闘体勢を取るであります」
春之は信頼に値する男であり、今は自分が任された仕事をこなすだけだろう。
サブは階段を登り最上階へと到達する。そして、敵の拠点である部屋の扉の前に立ち、一気に扉を開け放った。