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16 絶望


本文を訂正しております。

 


「おいおい、ずいぶんと楽しそうなことやってんな。俺も交ぜてくれよ」


 そんな声が響いた気がした。手放しかけていた意識を必死に手繰り寄せ、視線だけを少しだけ動かして声のした方向を見上げる。

 部屋にいた全員の視線が集まった場所には一人の男が立っていた。


「根原春之」


 直哉が丹紫姫の頭を踏みにじっていた足を上げ、驚愕に染まった表情で春之の名前を呼んだ。瞬時に小町を振り返ったが、彼女もまた信じられないという表情で首を横に振った。


 どういうカラクリか小町の【探知眼】をくぐり抜けてきたらしい。


 いや、そもそも何故やつがここにいる。ここは学校ではなく、ましてや占拠されたビルという一番面倒くさがりそうな場所だ。そして、殴られて殺されようとしているのは一番嫌いな女で、死んだ方がいいと考えるのが普通なはずだ。


 直哉は把握していなかったが、この場において春之もまた直哉の味方。言葉の通り自分をいたぶりに来たのだ。


 丹紫姫はそう結論付けた。


 しかし、春之は丹紫姫の結論とは反対に薄ら笑いを浮かべつつも丹紫姫ではなく直哉達四人に向かって立っている。そして、上着の懐に腕を入れた。


 丹紫姫は理解できなかった。春之はこの場において自分の味方になろうとしていることを。理解できるはずがなかった。


 殺したいと思いこそすれ、助けたいとは思わないはずだ。少なくとも自分は助けられるような態度を取っていないし、自分が春之の立場だったら助けに行こうなどとは思わないはずだ。


 何故、と問おうとして、声が出なかった。同情されたのではないかという屈辱から涙が(こぼ)れてきた。


 しかし、春之はそんな丹紫姫のことなど全く意に関せず、静かに直哉を見据える。


 直哉が口角を上げた。


「お前が戦うのか? ここにいる四人と?」


 そんな直哉の問いに根原が笑う。


「お前馬鹿じゃねえの? 非力な俺が一人で突っ込んでくるわけないじゃん」


 扉が開き、風が吹くと同時に美弥妃の拳が直哉の鼻面を捉えた。

 肉の瞑れる耳障りな音と共に直哉の頭が破裂する。石榴(ざくろ)のように頭蓋の中身が弾け、血と能條の混じったような液体が床一面に飛び散った。

 一瞬の間もなく鳴り響いた甲高い音。それは金属と金属のぶうかりあうような音。


 ギロリと美弥妃が視線を向ける。音がなった場所━━━彼女の首を手で払った。

 音の正体は同時に放たれた斬撃が美弥妃の首に当たった音だった。しかし、【居合】によって拡張された智大の斬撃は美弥妃の首の薄皮一枚すら斬れてはいない。


 危険を察知し距離を取る智大に美弥妃が肉薄し、爪を振るう。智大は上体を反らして避けたが、頬に大きな赤い筋が浮かんだ。


「硬いでござるな」


 智大は頬に垂れた血を指で拭いながら歯こぼれした太刀の刃を一瞥する。


 一連の戦いに費やされた時間は三秒にも満たない。常人には肉眼で見ることすら叶わないだろう。


 睨み合う二人。

 騒ぎを聞き付けたのか複数の男達が部屋に入ってきた。


 発砲音が数発。魔銃ではない本物の拳銃から放たれた銃弾は男達の眉間を正確に捉えて絶命させた。

 春之の懐にあったのは拳銃だったのだ。


 銃を撃ったことによってできたほんの少しの隙。それを智大が狙った。閃光が煌めき、春之を捉える━━━直前、美弥妃の腕で止まった。


 破れた服の隙間や、裾から覗くのは黄昏色の鱗。金属音の正体はこの鱗であった。


 それこそ藤ヶ崎の氏個性。名を【(おろち)】。


 世界中には数多の神話や伝説が数多く残っており、同時に神や幻想生物の力を有する一族がいる。

 地登勢家もまたその一族だが、藤ヶ崎もまた龍を身に宿す家だった。


 龍鱗は万物を砕き、万物を防ぐ。最強の盾にも矛にもなる彼らの氏個性こそ、藤ヶ崎が首都圏を治めることができている所以だ。


 美弥妃の腕が肥大化していき、両腕が龍のそれに変わる。バチバチと稲妻を纏わせる黄昏色の龍の腕。


 圧倒的強者がそこにいた。


 各地で伝承される龍殺し。西洋であろうが東洋であろうが、龍を殺した者は英雄として祭り上げられる。

 それは何故か。(ひとえ)に、龍の強さが人よりも圧倒的であるからに他ならない。


 存在が暴力そのものである龍。人は古より、恐れると同時に憧れてきた。

 西洋では知恵の木の実の番人の子孫として、東洋では天を統べる権力の象徴として。


 美弥妃から漂う強者としての威圧に、智大と小町が後ずさる。しかし、鱗と同じ色の蛇の目で睨られれば動けなり、美弥妃の高電圧を体に受けて絶命した。


 幻想生物に対抗しうるのは幻想生物、あるいはそれ以上の━━━。



 春之が肉の焼けた臭いにえずきながら、床に転がった丹紫姫に歩み寄ってきて拘束を解いていく。

 顔中に冷や汗を掻き、血の気を失った顔だ。戦場ではよく嗅ぐ臭いだが、一般人である者が嗅ぐことはまずない。おそらく初めて人を殺したのだろう。


 丹紫姫はそう考えながら動かなかった。


 拘束を解かれた丹紫姫は美弥妃の肩を借りて立ち上がった。乱れた服を整えてから三人の遺体にゆっくりと歩み寄る。


 眼前には四つの(むくろ)。ずっと信頼していた者の変わり果てた姿。


「ははは。愚かな奴らだ。私を裏切り手を上げた罰だ。飼い犬に手を噛まれた私も馬鹿だったが、噛みついたお前らはもっと大馬鹿者だったな。くくくくくくあははははははは━━━」


 悲しくはなかった。むしろ死んで当然だと思った。自分を裏切り、すぐに殺さずにいたことが裏目に出て、無様に殺されたことを嗤ってやった。


 だがしかし、胸の中には渦巻く別の感情が存在していた。


「━━━ひぐっ‥‥なあ、何故、裏切ったんだ‥‥‥‥お前らだけは信じていたのに‥‥‥‥」


 丹紫姫の頬に再び涙がつたった。無様な四人を嗤っているのに、愚かな四人が殺されたことを(あざけ)ているはずなのに涙が零れた。


 嗤い声はいつの間にか止まり、代わりに本心とは違う声が漏れた。それに呼応するように頬を濡らす涙が濁流に変わる。


 それが信頼してきた者を失った悲しみからか、裏切られた悔しさからかは本人にもわからなかった。


 ただひたすらに嗚咽した。春之の前だというのに構わずに声をあげて泣いた。


 丹紫姫は本当に一人ぼっちになったのだ。


 自分にはもう何もない。



 ◇◆◇◆◇◆


 春之は黙ってその光景を見ていた。いつもお高くとまっている丹紫姫が人目も憚らず慟哭する姿を。

 確かに情けない姿だった。顔を涙や鼻水でぐちゃぐちゃにして声をからして赤子のように泣いているのだから。


 だが、それを春之が嗤うことはない。春之は知っているのだ。誰よりも身に染みて分かっているのだ。


 大切な者を失う悲しみを。


 人の焼ける臭い。何よりも辛い記憶が甦る。


 春之は胸元にいつもある首飾りを握りしめた━━━━そんな時だった。大きな爆発音が轟いたのは。









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