15 計画
本文を大幅に変更させていただいております。
眼を開けた。手足は縛られており、転がされているため硬い床の冷たさが皮膚を刺激する。
どうやら魔封石で作られた手枷を嵌められているらしく、魔術が使える気配もない。
「私はどうなって‥‥‥」
丹紫姫は呟きながら自分がこうなる前のことを思い出そうと思考する。
誰もいない会議室。右の脇腹の鈍い痛み。そして━━━━
「起きられましたか?」
声がした。その声は幼い頃から聞いてきた忠臣の声。
「直‥‥哉‥‥?」
丹紫姫は目の前の光景が信じられなかった。何が起きたのか脳が理解できなかった。
夢ではないかと慌てる丹紫姫の姿を直哉は黙って見ていた。その瞳には侮蔑が宿っており、彼の失望感が現れていた。
「直哉? これは一体どういう‥‥‥櫻花はどうした。智大は? 小町は?」
「ここにいますよ」
丹紫姫の問いかけを待ったいたように扉が開き、室内に三人が入ってくる。
「どういうことだ。お前らは何を━━━」
「うるせえんだよ雑魚が」
直哉の口から聞いたこともないような声が聞こえた。日頃感情を表に出さず、淡々とした口調で話す彼とは思えないほど、怒りと蔑みが含まれた怨嗟の声。
その内容も相まって、丹紫姫は絶句する。直哉は、丹紫姫の元へ歩みよって前髪を掴み上げると、丹紫姫の頬に平手を放った。
渇いた音が室内に木霊する。
「お前さ。俺らを何だと思ってんだ? 俺らはお前の道具でも何でもないんだよ。
お前の指揮が悪いに負けたのを俺らのせいにする。俺らの実力が足りないのだとほざく。馬鹿にしてるのか?」
なあ? なあ? と何度も問いながら直哉は丹紫姫の頭を踏みつける。靴の裏で丹紫姫の髪の毛や顔を踏みにじり、泥を擦り付けながら、心の中の激情を吐き出していく。
「お前が強い? 笑わせるなよ。お前は弱い。誰よりもな。弾正様よりも、左近様よりも、当然根原春之よりもだ」
「黙れぇぇぇぇ」
直哉の侮辱に対して遂に激昂した丹紫姫が起き上がって飛びかかろうとする━━━が、足を払われて再び床に転がった。
魔術も使えず縛られて身動きのとれない丹紫姫に抵抗する能力はなかった。
「抵抗しない方がいいと思うぞ。その方がすぐに終わる」
「私をどうする気だ」
「どうするも何も、弾正様は藤ヶ崎との戦争を望んでおられる。そして、その大義名分を探しておられる。ただそれだけだ」
直哉の言葉を聞いた丹紫姫の頬を一筋の涙がつたった。
そうか。結局自分は父に認められられることは無かったのか、と。
丹紫姫にとって、父親に認められることは小さい頃からの夢であり目標であった。たった一代で中部地方から近畿地方まで勢力図を広げた尊敬するべき父の背中をずっと追いかけた来た。
だが、それも無駄に終わった。
丹紫姫は何もかも諦め、静かに眼を閉じた。
そうだ。自分は弱かったのだ‥‥‥。
「智大、櫻花、小町。お前達もそうなのか?」
「兵部様は人を統べる器ではござらん。某の仕えるに値する主ではない」
「ごめんなさいね。失敗して殴られるようなのはもうご免なんです」
「貴女についていけば身が持たないし何より利益がない」
丹紫姫は最後の望みとばかりに黙って傍観していた三人に問いかけた。いや、すがったという方が適切だろう。
しかし、三人は無慈悲に丹紫姫の希望を握りつぶした。
抵抗は無意味と悟った。縛られ、魔術も封じられた今、どう足掻こうとここから逃げられる可能性は皆無だ。
自分が裏切られたという事実は丹紫姫の胸に深く刺さっていた。
唯一信じていた忠臣達だと思っていた。家中に敵が多かった丹紫姫にとって、唯一心を許せる存在だと思っていた。
しかし、それは一方的なものだあったのだ。
悔しくて、情けなくて涙が溢れそうになった。しかし、唇を噛んで涙をこらえ、溢れ出す憎悪に身を焦がした。骨髄にまで浸透するような怨嗟が濃密な殺気となって流れだし、憎悪に目を光らせながら噛み締めた唇に血が滲み、不快な鉄の味が口に広がっていった。
「ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、良い。良いよ良い良いよ非常に良いよその顔だ。その顔が見たかったんだよ。だからわざわざ殺さずに生かしておいたんだよ」
会議室に直哉の嗤い声が木霊する。加虐の快楽に歪んだ高笑いを聞いた丹紫姫が殺気を滲ませながら怒鳴る。
「殺せ。私が殺したかったんだろう。貴様に嗤われるなどという辱しめを受けるくらいなら死んだ方がましだ」
「いや、お前にいつ死ぬかを選ぶ権利はねえんだよ」
直哉の足が丹紫姫の腹を捉えた。鋭い蹴りが鳩尾を貫き、口から空気が漏れる。一瞬呼吸困難に陥り、酸素を求めてもがいた。
嗚咽しながら顔を上げるとそこには直哉の狂気の笑顔。
そこから先は一方的な蹂躙だった。直哉の蹴りと拳が縛られて抵抗できない丹紫姫を蹂躙した。一発、二発、三発━━━。顔だろうが足だろうが腕だろうが関係ない。ただ、一番鋭い一撃を入れられる場所を蹴られた。
どれ程の時間が経過したかわからない。どれ程の数の暴力を受けたかはわからない。既に意識があるのかすらわからないような状況だった。
それでも直哉は暴行を続けた。愉悦と快楽が混ざりあった声で嗤いながら、何度も何度も━━━━。
憎い。これほど人を殺したいと思ったことはない。目の前の男に、自分が信を置いていた男に、裏切られ、罵倒され、嗤われた。
死が望みであるならば、いたぶるようなことはないだろうに、瞬時に首を取ってあたかも藤ヶ崎から贈られてきたかのように装おって本家の門の前に置けばそれでいいだろうに、ただ自分の快楽を満たすために自分を殴る直哉を殺したかった。
そんな男に抵抗できない自分を呪った。
しだいに意識が薄れゆく。視界が霞み、全身の痛みも薄れていく。
首を取られるのではなく、殴る蹴るの暴力によって死ぬ。自分の首はそれほど価値のない物なのだろうか。いや、首ではなく過度な暴行によって死んだ自分の死体こそ大義名分たりえるのではないだろうか。
どうしてなのか。どこで私は間違ったんだ。
そう問いたつもりだった。しかし実際には喉からヒュウヒュウと空気が漏れただけ。
自分は一人だ。それまでも、これからも━━━
「おいおい、ずいぶんと楽しそうなことやってんな。俺も交ぜてくれよ」