12 対策会議
「最近の兵部大輔がウザすぎる」
日常となりつつある屋上での昼食。その日は珍しく春之は食べ終わってと横になって眠りにつくことはなかった。
理由はただ一つ。
最近の丹紫姫についてだった。彼女は春之に負けて以来、やたらとからんでくるようになった。それ以前も酷いものだったが、最近は更に目に余る。
つい先ほども、
「おい」
「‥‥‥‥」
「おい」
「‥‥‥‥」
「おい根原起きろ」
「‥‥‥‥Я не понимаю японский(私は日本語がわかりません)」
「Понятно.Я говорю на русском(了解した。私はロシア語を話せるぞ)
「‥‥‥‥」
「おい逃げるな」
「うるせえな何のようだよ暇人か!?」
「暇ではない。貴様が授業中にも寝ていることを注意しに来ただけだ。お前はもっと朱雀院の生徒としての自覚をだな━━━━」
「は? そんな自覚のない生徒に負けたお前はここにいる資格はないんじゃないんですか? そんなんじゃ、弾正尹は継げないんじゃないですか? わかるかな。俺はお前みたいな弱いやつには興味ないの。出直してこい(強いやつにはもっと興味ないけど)」
「私は弱くなどない。だいたい何を根拠に弱いなどと。私は地登勢家の次期当主で正五位下兵部大輔だ。貴様よりは強い」
「でも負けたじゃん」
「それは私のせいではない。貴様のチームに藤ヶ崎がいたのと、私の部下が弱かっただけだ。私だけなら貴様など歯牙にもかけず殺せた」
「でも負けたじゃん」
「同じ事を二回も言うな。今日という今日は許さ━━━おいこら待て逃げるな」
などという会話がなされていた。
端的に言ってただただ面倒だった。春之はそろそろ教師へ密告しようとも考えていた。迷惑なのだ。起こされるだけならまだしもただ何の意味もなく絡んでくる丹紫姫が。
「さっきも見てたわよ。一体何がしたいんだか‥‥‥」
「無視してみたらいいんじゃね?」
「汚物は消毒するに限るでありますよ」
「いや、それはまずいでしょ。陰で絞めるのが一番だわ」
「兵部大輔を殺せば面倒になるぞ。証拠は確実に隠蔽しないと」
「藤ヶ崎的には地登勢丹紫姫に消えてもらうのは大歓迎よ。でも今は冷戦状態だから私が関与してるのがバレたらやばいわ」
「そうでありますね」
「間違いなく即大戦争だ‥‥‥いや、兵部大輔が消えても意外と何もないんじゃ‥‥‥‥‥」
「ちくわ大明神」
「あの梟雄は使えるものは何でも使う男よ。たとえ家内で疎まれていても、『よくも我が愛娘をォォ』とか言って嬉々としてうちに宣戦布告してくるでしょうね。今でも戦争の大義名分を探してるみたいだし」
「今の誰でありますか?」
「まあ、理由もなく宣戦布告しないだけ地登勢弾正もまだマシって言うべきか‥‥‥‥」
丹紫姫の存在は下手につつけば爆発する迷惑な地雷であり、対策を考えるのは困難を極めた。
全員、腕を組みながら唸っている。春之のためにこれだけ真剣に考えてくれることに少しだけ感動を覚えた。
会話が途切れて少し経った頃、サブが何か思い付いたのか、自信満々な顔で手を叩いた。
「教師に相談すればいいんじゃね? さすがに地登勢さんでも教師には従うだろ」
「それは俺も思ってたけど、とりあえず黒ごまグリッシーニを振り回すのを止めろ」
ブンブンと黒ごまグリッシーニを振り回すサブを諌めながら、春之は頭の中で今後のことについて思案する。
余談だが、何でグリッシーニを食ってんだという言葉は呑み込んだ。
仮に教師に相談したとする。すると、その後教師から丹紫姫に勧告があるだろう。郷に従うくらいのことはできるだろうから丹紫姫はそれに表向きは従うだろう。
だが、あくまでそれは表向きであり、裏では何をし始めるかは分からない。最悪の場合、夜道で刺客に刺される可能性もある。
丹紫姫はポンコツだが、おそらく優秀なのは間違いない。まず、足がつかないだろう。
俺は刺されて死に、生き残ったとしても証拠がないため泣き寝入りだ。
質が悪いにもほどがある。
「刺客に殺られるのは嫌だからこれ以上は刺激したくないんだがなぁ」
「あんたを刺したら戦争になるわよ」
「え、そうなのか?」
「ならねえよ。サブが本気にしただろ」
打つ手は無いに等しかった。
丹紫姫は部下の諫言も何一つ聞かないようで、おそらくチームの四人に相談してもいい返事は貰えない。
春之はこれから三年間絡まれ続けることを想像するだけで頭を抱えた。
「あの、一ついいでありますか?」
彩月が手を上げた。アホ毛が下がってる所を見ると、あまり良い話ではないのだろう。
「春之殿には大変申し訳ないのでありますが、そろそろ五人目を探さなければまずい期間に差し掛かっております」
「「「‥‥‥‥」」」
全員が固まった。それは、五人目の事を失念していたからに他ならなかった。
鳴神紫音との接触や丹紫姫との模擬戦など、面倒事に追われる日々が続いていたためだと自己辯護したい━━━━が、非常にまずい。
彩月に指摘された三人全員のこめかみを冷や汗が伝った。
「ご、五人目が決まらなかったらどうなるんだ?」
サブが顔を真っ青にしながら聞いてくる。幽霊にでも会ったような顔だが、春之も同じような顔をしていた。
変なやつが入ってくれば平穏が失われる。誰も入ってこなければこれからの模擬戦が終わる。
「まさか詰んだ?」
「いいえ、まだ名簿の提出まで三日あるわ。今から勧誘に行くわよ。私の名前を使っていいわ」
美弥妃が慌てて屋上へ続く階段を駆け降りていき、それにサブと彩月も続いた。
必然的に春之一人が閑散とした中に取り残される形となる。
春之は一つ大きなあくびをすると、寝転がって目を閉じた。