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10 弱さの理由

 


 その試合を観客席にて観戦していた井津國は興奮を隠せなかった。それは生徒達も同じで、一喜一憂したり、興奮の熱が冷めずに戦術について語り合っていたりした。


 井津國が興奮したのは藤ヶ崎家の同盟家の出身だからという理由からではない。


 四人全員が氏家出身者で固められた丹紫姫のチームが、圧勝とはいかないまでも終始圧倒し続け勝利するというの大多数の見解。井津國もまたそうなるだろうと思っていた━━━━が、結果は藤ヶ崎チームの圧勝となった。

 自分が読み間違えた、そのことに驚きつつ感動したからだった。



 今回の試合は抗争の縮図だ。西侵する藤ヶ崎家と東侵する千歳地登勢家。その二つの強大な勢力区域が静岡と神奈川の県境で接して以来、両家の関係は悪化の一歩をたどっている。


 故に、北陸や中央高地ではそれぞれの属家による末端抗争が激化しており、比較的平和な中国以西とは対照的に、本州の中央は大和で最も危険な地帯と化している。


 そしてその抗争は、本家の介入がないため断言することはできないが、地登勢勢力が優勢であるというのが現状だった。


 次期当主である丹紫姫が藤ヶ崎家の者に破れてしまった現在。地登勢家の面目は丸潰れに違いない。

 丹紫姫にとっては重大な失態である。


 実利よりも誇りを重んじる地登勢家だ。家督の相続権の剥奪さえもあり得る。

 家督相続で一揉めしたという背景もあった。


 これは中央内戦が更に荒れるかもしれない。それは北陸の井津國家も同じ。不安を感じる井津國は電光掲示板に映った春之達の姿を見て独白する。


「抗争の絶えない北陸の氏家じゃなく、平和な西日本の天宮家の属家に生まれたかったんだがなぁ‥‥‥‥」

 





 ◇◆◇◆◇◆



「春之。お前の指揮は最高だったぜ。さすがは俺らの指揮官(コマンダー)だな」


 試合が終わって仮想空間を出ると、すぐにサブが駆け寄ってきて春之にヘッドロックを決めてきた。

 サブにとっては喜びなどの表現方法なのだろうが、春之にとっては痛いし暑いしとろくなものではなかった。


 すぐに回された腕を掴んで振りほどくと、サブから距離をとる。


「なんだよ春之。テンション低いな」


「痛かったし、眠いんだよ。早く寝たい」


「試合時間はたったの三時間ほどだったでありますよ‥‥‥」


「情けないわねまったく」


 春之に責めるような三人の視線が集まるが、我関せずとその場から立ち去ろうとする。

 とにかく眠いため丹紫姫を煽る気にもなれない。


「それにしてもよく勝てたよな。しかも圧勝だぜ」


「当たり前だ。敵がチームとして━━━━」


 肩を掴んで話しかけてきたサブに適当に返答し、春之が逃げるように一歩足を踏み出した瞬間だった。


「おい根原」


 春之は自分の口から魂が抜け出るようなため息が(こぼ)れ出たのを感じた。


 その声は春之が逃げようとする原因であり、今すぐに寝たい春之にとっては天敵に等しい存在の声だった。




 ◇◆◇◆◇◆



「おい根原」


 丹紫姫は立ち去ろうとしていた春之の背中に呼び掛けた。ピタリと動きを止めた春之。


 丹紫姫は自分が負けた理由が理解できなかった。当然勝てると思っていた。

 それが結果は完敗となり、一度も戦闘を行わずに終わってしまった。したことといえば走ったくらいだろう。


 悔しかった。さんざん雑魚だなんだと馬鹿にした相手に惨敗したのだ。そんな相手に負けたのだ。自分が情けなかった。自分の言うとおりに動けなかった直哉達にも腹が立ったが、そんな状況下でも勝たなければいけなかったのだと自分を責めた。


「弱いな。お前」


「んなっ!?」


 春之がこちらを振り向きもしない。一瞬憤慨した丹紫姫だったが、自分が反論できない立場にいることを思い出し、うつむいて黙りこんだ。


「俺は眠いんだ。どうせ話を聞かないと解放してくれないんだろうから、とっとと用件を言ってくれ」


「これから寝るなら暇なんじゃ‥‥‥」


 背後で櫻花が疑問の声をあげたが丹紫姫の脳がそれを認識することはなかった。


「先ほどの試合は貴様が指揮していたのか? 藤ヶ崎ではなく」


「当たり前だ。あいつは先頭に立てても戦術の構築はできない」


 春之が丹紫姫の方へ振り替える。


「どうして負けたのかと思ってるんだろう? その顔はそういう顔だ」


 春之はその表情に嘲笑を隠さずにいた。誰が見ても馬鹿にした態度。口に出さずとも敗者たる丹紫姫を心の中で嘲笑っているように見えた。


 春之の態度に櫻花が激怒して掴みかかろうとし、それを智大に止められる。

 直哉は無表情で春之と丹紫姫を眺めていた。



 丹紫姫は何も言い返さずただひたすら黙っていた。胸の奥の様々な感情を圧し殺し、拳に力を込める。


 春之はそんな丹紫姫を見て、用はすんだとばかりに背を向けた。


「お前らは弱かった。そして俺らは強かった。ただそれだけだ」


「待て。私達は全員が氏個性持ちだぞ。弱い筈が━━━」


「じゃあ、お前ら四人の中で氏個性を使ったやつはいたか? 桃川は使ったようだが何もできずに撃破された。残りの三人に至っては使ってすらいないときた。俺にはなぜ弱くないと言い張るのか理解ができない」


「それは雨が降って━━━━」

 

「お前さ。つくづく弱いな」


 ━━━━『弱いんですよ。姉上は』

 ━━━━『丹紫姫。お前はいつまでも惰弱なままか』


 心臓を抉られたような気がした。春之の言葉とかつての記憶が脳をかき混ぜ、嗚咽を覚えた。


 何故だ。何故なんだ。どうして皆、口を揃えて弱いと言うんだ。地登勢家で父に並ぶ力を持っているのに。

 父も弟も揃って丹紫姫のことを弱いと言った。当主には相応しくないとまで言われた。


 そして、春之にさえも弱いと言われた。氏家出身でもないのに。非凡な自分とは異なり、凡才で━━━才のある者に、自分に従うべき存在であるはずなのに。


 理解できない。意味がわからない━━━


 春之はそれ以上何も言わずに去っていった。それに美弥妃達も続き、その場には丹紫姫達だけが取り残された。


 しばらくの間、丹紫姫は呆然と黙ったまま動くことができなかった。





 ◇◆◇◆◇◆

 

 その後丹紫姫は何も言わないまま、一人静かに訓練場を後にした。

 そんな主の背中を、直哉達三人は静かに眺めていた。


「あれはしばらく引きずるかもね。直哉、あんた励ましてきなさい」


「兵部様にお任せするのがいいだろう。それに俺達が何を言っても関係ない。あの方はそういうお方だ」


 直哉の言葉に、二人が黙る。その沈黙は無言の肯定を表しており、直哉は静かにため息をついた。


「某らは何もすることができなんだ。不甲斐ない限り」


 智大の言葉を合図にするように直哉が歩き始め、それに二人も続く。

 彼らにとって丹紫姫は使えている主。しかし、配下の言葉を聞いてくれない主ほど支えにくい者もいなかった。


「ところで、某、先の戦で少々物足りなくてな。欲求不満というやつなのだ。もしよければ今晩あたりどうであろうか」


「黙れ智大。俺は衆道に興味はない」

 









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