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加乃です。


プロローグっぽいところを分けたので短いですが、二話連続で投稿します。


拙作をどうぞよろしくお願い致します。

 


 そこは屍山血河。黒煙が夜闇の中天高く昇り、チロチロと燃える炎が瓦礫と化した屋敷をうっすらと照らしていた。


 木や肉の焼ける臭気と血臭の染み付く生暖かい風に揺られてたなびく『三盛り亀甲に軸違い横見桔梗』。地には、踏みにじられ、泥が付着し、ぼろ雑巾へと変貌した『藤輪に剣花菱』。


 家の栄華は古来より儚いものであり、没落するかは時の運である。


 ここにもかつて栄華があった。豪胆無比かつ聡明であり、天下にこの家ありとまで言われたほどであった。春になれば庭を桜と藤が鮮やかに彩り、琴の音色が響き渡った。


 しかし、それもまた春の夜の夢のごとく、栄えし家も今日、皮肉にも舞い散る桜と共に滅び去った。


 舞った桃色の花弁は血と土が混じりあった赤黒い泥に埋もれ、かつての美しさの面影を無くした。




 そのかつて中庭であった場所に一人の少年が立っていた。青年というにはまだ顔つきが幼いと言わざるをえない。彼は服や顔を返り血で染め、相貌を悲痛に歪めていた。


 少年の前には一人の少女。彼女は、血泥で泥濘(ぬかる)んだ地面に膝をつき、後手に縛られて座していた。


「━━━━くん━━━」


 少女は背中越しに語りかけた。少年の頬に一筋の雫が伝った。零れ落ちた悲しみは大河となるも、少年は声を上げるのを堪えながらただひたすらに嗚咽した。


 しばらく無言の時が過ぎた(のち)に少女が振り返った。そして一言。その相貌は、少年のそれのは対比的に、微笑みを浮かべた優しいものだった。


 次の瞬間。少年の背から黒い流動体が溢れ出した。流れ出したそれは全身を包んでいく。


 ドクドクと音を立てながらその暗黒の流動体が少年を変質させていく。


 既にそこに少年はおらず、いるのは禍々しいナニカ。


 烏賊(いか)(たこ)の類いと人を混ぜ合わせて黒く染めたようなその容貌は神話の終焉さえも彷彿とさせる。


 先が刃のようになった触腕が背から無数に伸び、腕や足も背から生えるそれと同じように脈動する触腕となってウネウネと蠢き、見る者がいたならば刺すような顫動(せんどう)が全身を駆け巡ったことだろう。




 しかし、ソレを背にしても少女の優しい表情を浮かべていた。少女は少年の変質に気づいていた。


 しかし、その身の毛もよだつ容姿を見ても眉一つ動かさなかった。


 少女は少年に背を向けていた。それは、優しい相貌の裏に覆隠された、少年に辛い思いをさせることに対する謝意と、二度と少年と会うことができないということに対する痛嘆を隠すため。


 聡い少年なら少女の未練を感じ取ってしまう。しかし、少年は自分を殺さなければならない。であれば、それを悟らせてはいけない、という少女の考えからであった。



 しかし、彼女の意思に体がついてくることはなかった。



 遂に、込み上げる愛情と未練とが紅涙となって少女の頬を伝い、




 一閃。




 鎌のようになった触腕の一本がしなり、目に見えぬ斬撃は一瞬にして少女の命を刈り取った。



 胴体との接合を拒否された何かが泥に落ちて転がる音。


 桃色の接合部から、噴水のように生命の源水が吹き出し、血泥をさらに赤く染めていく。





 訪れた静寂。



 人の姿に戻った少年が、転がった球状のソレを胸に抱きしめながら夜闇の中に慟哭した。喉が裂けて口に血が滲むほど絶叫しながら、少年は何度も何度も少女の名前を呼んだ。


 今しがた己が殺めた少女の名前を。




 ━━━少年を慰めるが如く、小さく狐が鳴いた。





 




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