第一部 意識体(Ⅰ) 第四章 真実の世界B
次回投稿は8月5日(土)の午前10時の予定。
槍に貫かれた頭部が死して、それは徐々に小さくなっていった。そしてその頭部が最後に消滅した場所から、二つの影がにょきっと出現した。
それは形をとり、黒いワンピースを着た双子の少女になった。片方の少女が言った。
「これから『地獄に向かう男』の上映を始めます」
そして、この場所が劇場になった。目の前にはスクリーンがあり、瓦礫の街に立っていたはずの彼は、劇場の椅子に座っていた。
そして、場内の照明が消え、『地獄に向かう男』の上映が始まった。黒いワンピースを着た双子の少女達は、それぞれ舞台上の、上手と下手に立っていた。
映画はこのような内容であった。以下、内容を箇条書きで記す。
〇ビル群の中に巨人が出現する。
〇その巨人は顔が赤子であり、体が人体の集まりで出来ている。色は真黒である。
〇その巨人は苦悶の表情を浮かべ、泣き叫んでいる。
〇その巨人の周りに、戦闘機や戦闘ヘリが群がる。
〇その巨人には攻撃が効かず、戦闘機をひょいと掴む。右手と左手に。
〇右手と左手に持った戦闘機をぶつけて破壊して遊ぶ。
〇この国が二つの勢力に分裂して、互いに争う。
〇二十代後半の私が登場する。私は映画の脚本家として登場する。
〇その私は、片方の勢力に拉致され、拷問を受ける。思想的な対立の所為であろう。
〇私はその施設に捕らわれていた他の四人の同士と協力して脱走する。
〇そして私を含めたこの五人で、もう一つの勢力に対抗するための作品作りをしようと誓う。彼らを倒すために。
と、ここで上映は終わった。意識体はもっと続きがあるのだろうと考えたが、この映画の続きは無かった。
「これで終わりか」と彼は舞台上にいる双子に尋ねた。
劇場に照明が点き、場内が明るくなる。舞台の上手と下手から双子は歩いて来て、中央で並んで立った。
「あなたは、どうしますか? 電車は出てしまいますよ。出発しますか?」
「地獄行の電車が出てしまいますよ。どうしますか? 行かないんですか?」
双子の表情が険しくなる。口が左右に裂け、牙が出て来る。皮膚の表面に鱗が浮かび、緑色になっていく。
彼は言った。
「もう列車には乗らない。私は涅槃に向かうつもりなのだ。それはここではなく、そして地獄行の電車に乗っても意味が無いだろう」
彼女らの体がさらに凶暴な形へ変化する。彼女らは、彼を殺したいのだ。彼女らは、彼を憎んでいるのだ。
私の意識体は何かを察して立ち上がる。彼女達は舞台をゆっくり降り、彼に近付く。
と、そこに客席の後方から男の声がした。
「二人とも、その人は大事なお客さんだ、止めなさい」
振り向くと、銀色の皮膚をした、痩せた中年の男性が立っていた。彼は、私はこの劇場の支配人であると説明した。そして、双子は元の少女の姿に戻った。彼は言った。
「『地獄へ向かう男』はつまらなかったですか? 退屈でしたか? 何が良くなかったのでしょう。監督? 脚本? 役者? 音響? 撮影? 具体的に言ってもらえると助かります。皆真面目に製作に取り組んでいますよ。ふざけた気持ちじゃないんです。どんなにつまらない作品でも、皆、面白い作品、お客様に喜んで頂ける作品を作ろうとしているんです。その我々の気持ちだけは誤解して頂きたくはないのです」
支配人は薄っぺらな笑顔をしている。何処かで見たことのあるような下らない内容の作品をさも自分達が苦労して作ったなどと言う。
ただ社会を対立しているだけ、と捉えている。彼らの頭の中には、『完全なる神』という者が住んでいて、彼らはその『完全なる神』が作り出す『完全なる対立(聖なる対立)』こそが優れているのだ、と思い込んでいる。そして、それを観ている人間にもそれを強要してくる。
彼は意識体を値踏みするようにじっくりと眺めながら歩いて来る。彼は意識体の非人間的見た目が気に入った様だった。
「あの迫力ある映像、リアルな造形、それだけでも観るに値すると思いますが、いかがですか」
「そもそも、あんな巨人はいないであろう。そしてその巨人の影響で、社会が割れることも無く、それが現実の人間達に影響を与えることは無い」
「つまり、どういうことです?」
「つまり、あなた方の神は存在しないということだ。あなた方には必然、つまりここでいうと才能というものが無いのだ。あなた方は作品など作るべきではなかった。あなた方の頭にある予定調和、勧善懲悪、起承転結、物語の構成自体が存在しないのだから。故に、あなた方は空っぽで空虚である。力の無い偶像にすがるあなた方は虚しい存在だ」
「まあ、そうかもしれませんね。我々は流されざるを得ない存在なのです。そしてそれはあなたも同じことです」
そう言った後、支配人は双子に元の位置に戻るように命じた。彼は意識体に言った。
「どうやらあなたも創作をする存在のようです。今度は『あなた自身』を主人公にしてみましょう。あなたが人間的存在であると仮定した場合のね。私には結果は同じだと思うのです。そして、もし結果が同じなら、より大きな方が、より長い方が、より刺激的な方が、観客の皆さんも喜ぶのです。結果が同じなら、地味なあなたの活躍など、誰も見ないのです」
「結果が同じ、とは?」
「つまり、あなたの筋書きでは、あなたが『完全なる神』を演じて、意図的に対立を創り、あなたの勝利させたい陣営を勝たせて、それを善だの正義だの智慧だの真理だのと定義している、ということですよ」
「私の中に、『完全なる神』の像があり、しかも私がそれを演じている、ということか?」
意識体の言葉に支配人は得意げな顔をした。
「まあ、そういうことになります。我々は、いわばあなたに従っただけですよ。そしてあなたは、あなたという神の存在に基づいて創作した我々の作品を、あなた自身が否定したことにより、あなた自身が存在する意味を失ったということになります。……しかしこの真実の世界で、存在意義を失うことは、消滅に値するのではないですかね」
支配人はそう言って、彼から二つ離れた座席に座った。そして、これからあなたを主人公にした映画を上映しますよ、と言った。
意識体も再び腰を掛けた。そして、再び場内の照明が落ち、上映が開始された。その内容を箇条書きで記す。
〇マンション。主人公である三十代後半の私がそこに住んでいる。
〇私は犬を一頭と小鳥を二羽飼っている。
〇私は中学生くらいの女の子と暮らしている。その子は制服を着ている。
〇私は小説家であり、原稿を書いている。
〇私が出かける。私は電車を乗り継ぎ、かつて自分が暮らしていた住所を訪ねて回る。
〇会社員だった頃のアパート、大学生だった頃のアパート、専門学校生だった頃のアパート、実家。
〇その都度呼び鈴を鳴らすが誰も出ては来ない。実家で鳴らした時は、何故か頭部が巨大な目玉になっている人物が出て来て、下らない知識を私に披露する。目玉人は私のファンであるらしい。
〇私は最後に、小学生の頃暮らしていた街に行く。途中で、二人の同行者が加わる。一人は同じマンションに住んでいた同級生の男で、もう一人は私の全く知らない、私よりも年齢が上の男性である。
〇その三人でマンションの五階にある、かつて生活していた部屋を訪ねる。呼び鈴を鳴らす。そして待っている間に、私の知らない男性は、マンションの手すりから飛び降りてしまう。しかも不自然に頭から飛び降りる。
〇小学校の同級生は私を人殺しであると責める。私は誰かに連絡しに、マンションを降りる。
〇外の道路で事故が起こっている。ちょうど救急車に怪我人が担架に乗せられている。私は運ばれているその人に、連絡をする。
〇その運ばれている人は、「私は電話を受けて知っている」と言う。
〇私は飛び降りた男性の所に向かうが、何故か百貨店に到着する。そしてその店内に小学校の同級生がいる。
〇その百貨店の五階に行くと、小さな受付がある。その受付を通り過ぎ、ドアを開けると、この百貨店の敷地面積より明らかに広い本屋が広がっている。
〇そして、この百貨店は外から見る限り五階建てであるのだが、本来存在しないはずの六階以上が存在していた。私は不審に思い、受付に戻る。私はさっきの事件が解決していないことを思い出す。
〇同級生と二人でエレベーターで一階に向かう。しかし、エレベーターに乗ったところで、同級生が消滅する。私は一階に到着する。
〇私がエレベーターを出て行くと、辺りが騒然としている。私の脇を二台の担架が運ばれて行く。そして、その内の一つはさっき消滅したはずの同級生が乗せられていた。
〇私は警察官に囲まれる。外では飛行機が墜落し、車が衝突を繰り返す。銃弾が飛び交い、そこかしこで爆発があり、人が大勢死ぬ。
〇そして、スクリーンは人々の死亡する瞬間、そして、人々の死体などが次々に映し出され、そのまま終わる。
上映が終わると劇場内の照明が点き、明るくなった。上手と下手に居る双子は言った。
「『地獄を創る男』の上映は終わりました」
「どうしますか、地獄に行きますか? 行きませんか?」
私の意識体はあきれて言った。
「またその話か? この映画を見せられて、どうして私が地獄行きなどと言えるのか。君達は狂っているのか」
支配人は拍手をしていた。彼は立ち上がって、意識体に向かって叫んだ。
「これが明白な事実なんだ! 世界はお前の悪行の所為で崩壊しようとしている! お前が悪魔であり、巨大な怪物なんだ! きっとそうだ! 皆知っているんだ!」
「……皆? 一体何を知っているんだ?」
「お前がまったく売れない小説を書いていることをだ! 無駄な駄文を創作したことをだ! そして、お前に、全く金の臭いがしないことをだ! 一体この映画の製作に何百億かかったと思っているんだっ! ありえない……、この世で生きていて、こんなに金の臭いがしない創作物を創ってしまう存在など……。お前は気違いか? 廃人か? 乞食か? 畜生か? いや、おそらく悪魔や怪物の類だろう……」
意識体は、支配人の大げさに見える言動に苦笑して言った。
「神や聖人、もしくは慢心や渇愛を捨てた存在かもしれない」
「そんな者は存在しない! 居るはずがない! 何故なら、何故なら……、この大衆に神と崇められ、多くの供物を受け取り、信者を思うがままに操り、あらゆる対立を創り上げ、争わせ、大衆を拘束して搾取し、この世における破滅と永遠の損失を創り出した俺こそが……、俺こそが……」
「神である」とそう言いかけた時、支配人の頭は巨大な斧が振り下ろされたが如く、破裂した。彼の頭の肉と骨が、周囲に飛び散った。
そして、それと同時にこの劇場が大きく揺れ、天井の照明が割れ、一瞬のうちに、何十年も経ったかの様な廃墟となった。
上手と下手に居たはずの双子の所には、成人と思われる人骨があった。
舞台上のスクリーンが在った場所には大きなトンネルの様な穴が開いており、意識体は向こう側へ向かうために舞台へ昇った。
その時、私の意識体は、胸に穿たれた穴が塞がっており、出血も止まっていることに気が付いた。
彼は舞台の向こう側へ歩いて行った。




