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第一部 意識体(Ⅰ)  第三章 真実の世界A

次回投稿は7月22日(土)の午前10時の予定。

 ここから『真実』の世界がしばらく続く。しかし、それは真理とは言えない。ただ、そのものがそのものとして存在する世界であり、いわば肉体や精神が記号化したかのような世界でもある。ここには、分類や体系は存在しない。彼を除いて。

 私の意識体は列車を降り、この世界の街を散策していた。胸から流れ出た金色の血が、彼の歩いた後に点々としるされていた。

 この街は廃墟の街であった。そして、列車の乗客は誰一人この駅で降りることはなかった。

 崩れかけ、ひび割れたビル群の中を歩いて行く。この街の住人は誰もいない。車は一台も走っていない。

 彼は知っていたかのように、迷わずそのビルを見つけた。そこは、彼にとっての病院の様な所であった。きっと他の人にとっては、妄想、空想、玩具、言葉遊びに過ぎない場所でもある。

 彼はビルの最上階まで、階段を昇って行った。以前は大きな会社のオフィスでも入っていたのかもしれない。しかし、何年も使われていないようで、デスクやパソコン等がそのまま放置されていた。

 そのフロアの中央に大きな台座があり、巨大な頭部が安置されていた。その頭部は普通の人間の頭部の五倍以上はあり、手入れのしていない伸びた髪と無精ひげが生えており、サングラスをかけていた。

 その頭部はおそらく生きているのであろうが、彼が入ってきたことには気づいていないようだった。彼はそれに近付いて行く。

 すると、その頭部の後ろに二十代前半の私が隠れるように立っていた。彼は手に平べったい箱を持っていた。

 私は私の意識体に気が付き、彼に近付いて来る。そして、手に持っていた物を彼に渡した。

 それは昆虫の標本であった。しかし、奇妙なことにそれらの標本の昆虫達は皆、頭部が無いのだった。

 私が彼の顔を窺っていることに、私の意識体は気が付いた。きっと、彼は何かを言わんとしている。

 二十代前半の私は近くにあった、一つのデスクを指し示した。そのデスクの上には、首の無い哺乳類の様な生き物が入った、ホルマリン漬けの容器が置いてあった。これはさっきまであっただろうか。

 彼が気が付くと、全てのデスクの上に同様の容器が置いてあった。彼はその一つを確認する。それは、首の切断された小型犬だった。その隣の席のデスクの上には、猫であろうか、同様に首がなかった。

 私の意識体は私に尋ねた。

「これはどういうことなんだ?」

 私は答えた。

「この巨大な頭部の支配し、望んだ世界なのです。彼の創作物の世界なのです。これが彼にとっての欲望であり、彼にとっての希望の世界なのです」

 意識体は、「これが希望? しかし、自分自身は体が無いようだが」と巨大な頭部を見た。

 私は神経質に笑った。

「彼は愚かであり、馬鹿なのです。自らの頭をあなたと交換するつもりでいるんですよ。そして、自らをあなたの代わりとして登場させたいのです」

「よくわからないな。それとこの昆虫や動物に何の関係があるのか」

「彼は自らの人生、過去世の自分、未来の自分、業や因縁、神を否定したのです。そして、自らを神として、周囲に崇めさせたのです。その為に彼の過去世の生は否定されなければならなかった」

「それでは、これらの生き物は否定された結果としての彼の過去世ということなのか」

「そうです。彼は自らが神の如く才能と知性があり、過去も未来も現在もそのような存在であると思い込み、執着しているのです」

「なるほど。支配的人間になったことで増長したのか……?」

「そして彼が次に企てたのが、あなたを殺害し、あなたの役割を乗っ取ることだったのです。彼にとっては、あなたは悪魔、ないしは異世界の怪物、邪神の如き存在なのです」

「ははは。それでは自らが無能であると証明しているようなものだな」

 二十代前半の私はうつむき、言った。

「彼は結果を考えない。周囲を愚かな計画に巻き込み、まるで話を聞かないのです。彼と会話する時は注意して下さい。きっと、あなたを殺そうとするでしょう」

 そう言うと、この私は消えた。

 そして、この巨大な頭部は目を覚ましたようだった。彼は私の意識体を見かけると、「まさか、あなたの方からお越し頂けるとは」と言った。

 私の意識体は頭部に言った。

「もう、その様な時間なのだ。私も役割を終えるためにここへ来た」

「それはわざわざありがとうございます」

「ああ、そしてこの役割を終えるためには、この胸に刺さった槍を抜かなくてはならない。それについて君の話を聞きたい」

 頭部は微笑んだ。

「確かに、それは私向きの内容かもしれませんね」

 意識体は近くのデスクから椅子を持って来て、頭部の前に座った。彼はこのフロアに一人置き去りにされたようであり、近くで見ると汚れていて、本当は誰にも尊敬されていないのだな、と思わせるものであった。そして、彼は一人では歩くことも、物を持つこともできない。それは彼が人間としての生き方を否定したためだ。

 意識体は彼に語りかけた。

「駅からここに来るまで、誰も見かけなかった。そして、このビルの中にも誰もいない。君はその人々が何処に行ってしまったか知っているのか?」

 台座に安置されていた頭部は、意外そうな顔をして言った。

「誰も? それはおかしいな。人が避難したのはこのビルだけだと思っていました。この近くの区画は軍隊などが配置されているはずです。もしその時が来たのなら」

 彼は以前、多くの人々に崇められていたのであろう。彼は以前、多くの人々を信じさせ、命令し、また彼の世界のために指示を出していたのであろう。

 しかし、彼の予測し推理した、そして計画した未来は来ることが無い。それを察知したこの街の、そしてこのビルの人々はここから立ち去ったのであろう。そして彼だけが、その立場を捨て去ることができなかったのだ。

 彼のことを知っている人間は大勢いる。彼のことを尊敬している人間も大勢いる。彼を崇拝している人間もいるだろう。

 しかし、彼の支配するこの街は廃墟であり、人はいない。私の意識体が何も言わず黙っていると、頭部は心配そうに言った。

「そういえば、あなたは胸に大怪我をしていたのでしたね。大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。そしてこの傷は君の存在故に治ることがなかったのだ」

 頭部はその言葉が聞こえなかった様に、「早く病院に行った方がいいですよ」と言った。

「ふん、この傷を治すつもりでここへ来たが、それは君にとっての不幸かもしれないな」

「治すつもりで? しかし、この街には人はいないのでしょう?」

「そうだ。しかし、まさにこの街が存在するために、この傷は存在する。私の血で創られた街であるとも言える。こう言えば、君は理解できるのか?」

 頭部はそう言われて、少し思案する。

「しかし、この世界では、敵と戦い勝利しなくてはならないのです。そのためにこの街は建設されました。侵略者からこの世界を守るために!」

 私の意識体は肩を落とし、言った。

「そういうのは、もう、止めろ。その虚言によって、誇大妄想によって、多くの人が迷い、そして傷ついたのだ。お前の無知と邪な見解のために」

 彼は以外そうであった。彼は過剰に称賛されて来た。彼は過剰な世界に取り巻かれて、過剰な欲望と妄想の中で生きている。

 私の意識体は言った。

「生けるものは、自己保存を基に行動するのだ。そして、自己保存の意志や行為のある世界に、異世界の住人も、異星人も、平行世界も存在せず、存在することができない。その様な世界が存在するという妄想を持てるのは、自己の行為に無自覚であり無反省な、知性を失った者共だけである」

 きっと彼らは、どんな不幸が襲って来ても幸福なのだろう。たとえ地獄に堕ちても、その身が引き裂かれ、焼き尽くされても、歓喜の中に生きるのであろう。きっとこの幸福ほど愚かなものは無いだろう。

 崇められていた巨大な頭部は言った。

「いいや、それは違います! 私の予言は正しいのだ。しかし、大衆はそれを聞かなかった。我々は戦いのために備えておくべきだったのです。まだ、あれらが攻めて来ないと決まったわけではないのだから。あなたも直に分かるだろう……」

 巨大な頭部の声色が疑いの声に変わる。

「というより、あなたがその邪神ではないのか……? あの神である異星人、邪悪な天使なるものが人類に襲来することは本当であったのだ!」

 巨大な頭部がさらに大きくなっていく。

「しかし、何故神を恐れる必要があるのか、私には分からないな。君は神が何処にいたのか、理解できなかっただけなのではないか?」

 デスクやパソコン、棚などをなぎ倒し、フロア全体にこの頭部は膨れ上がっていった。

「何故恐れるのかだって? それはあなた方が、我々人類を滅亡させてしまうからだ! 我々だって生存する権利がある!」

 そして、このビルは巨大な頭部の成長によって破壊された。しかし、なおも意識体は彼の目の前に存在する。彼を殺すことは何人たりともできない。

 私の意識体は言った。

「そうだろうか? 私にはお前が人々を殺すつもりでこの様な事態を引き起こしたのだと思っていたのだが。お前はまだ理解できないのか」

 この頭部はついに、街そのものよりも巨大になった。そして彼は自らが街を粉々に破壊したことに気付いてはいなかった。

「生きることは素晴らしい! 生きていることは素晴らしい! 今この瞬間生きていることが世界の全てだ!」

 そう言うと、頭部は突然叫び声をあげ、横倒しになった。彼の後頭部から口にかけて、槍が突き抜けて刺さっていた。彼は口から血を流し、絶命した。

 そして、私の意識体に刺さっていた槍は消えていた。よく見ると、巨大な頭部に突き刺さっていた槍がその槍であった。

 きっと自ら受けるべき報いを受けたのであろう。彼は自らの業を否定し、自らの行為を忘れることで巨大な欲望を形成した。そしてその欲望の大きさに比例して名声を得たのだった。しかし、その人々はもはやこの街にはおらず、彼は自分だけの世界で自らが怪物と成り、街を破壊することによって、この欲望の世界を完成させたのだった。

 意識体は破壊された地上に降りた。


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