第一部 意識体(Ⅰ) 第一章 意識の世界
私はこの話を私から聞いた。
聞いた私は作家である私であり、語った私は意識体としての私である。
意識体の私は次のように語った。
「あなたはもうすぐ表舞台に出なければならない。そこには多くの困難や障害が待っているであろう。あなたはその中であちらこちらに流され、あちらこちらで衝突し、それに流されるまいと抵抗し、それに負けるまいと反発するだろう。そして私の声が届かなくなることもあるであろう。それ故に、今ここで、私の見て聞いた事物をあなたに話しておきたいと思う。そしてあなたはそれを記憶し、書き記さなければならない。己の戒めと目的のために」
私は彼の言葉を聞き、ああ、もうそのような所まで来たのだろうな、と思い、彼の物語を書き記すことにした。
彼はある目的のために旅に出かけ、そして私と合流し、合致した。そしてその目的と合致した点とは、涅槃に至ることであった。
彼は私と合流し、合致するまで、様々な困難を乗り越え、克服してきたのだ。
旅の始まりはこのようであった。
彼は彼の住んでいた意識界から旅に出るための許可をもらいに宮殿に出かけた。
この意識界から出て行くための扉は一つしかなく、そこには門番が居て、彼の許可なしには通行することが許されないからだ。
門番は、頭と体は獅子、尻尾は蛇、そして背中に白鳥の首と羽が生えている生き物であった。そしてこの生き物は、獅子と蛇と鳥の三つの首がそれぞれに話をすることが可能なのであった。
私の意識体は言った。
「私は涅槃に至るために、旅に出かけたい。その扉を開けて、私を通してもらえるだろうか」
獅子は答えた。
「あなたはここを通るために、私に対し『勇気』とは何かを示さなければならない」
蛇は答えた。
「あなたはここを通るために、私に対して『知恵』とは何かを示さなければならない」
白鳥は答えた。
「あなたはここを通るために、私に対して『運命』とは何かを示さなければならない」
彼は言った。
「『勇気』とは一切の生けるものを害することなく、傷つけることなく、殺さないことである。故に、それを示すために涅槃に至らなければならない。
『知恵』とは一切の無知が存在しないことである。故に、それを示すために涅槃に至らなければならない。
『運命』とは必然の中の必然であり、善の中の善でなくてはならない。故に、それを示すために涅槃に至らなくてはならない」
彼はそう言い終わると、扉の方へ歩き出した。通してもらえると思ったからである。
しかし、この生き物は私の意識体の方へ体の向きを変え、再び彼に言った。
「『害することなく、傷つけることなく、殺さない』とは何か?」
「『一切の無知が存在しない』とは何か?」
「『必然の中の必然、善の中の善』とは何か?」
彼の目に、獅子、蛇、白鳥が順番に映る。彼は言った。
「『生じず、滅することの無い者』は、生きることも、食べることも、争うことも無い。故に、害することはできず、傷つけることはできず、殺すことはできない。
『生じず、滅することの無い者』は、考えることも、判断することも、思うことも無い。故に、知も無知もそこには無い。
『生じず、滅することの無い者』は、存在することも、行為することも、結果が生じることも無い。故に、必然的な行為も善なる行為もそこには無い。
さあ、この扉を開けて、私を通してくれ」
しかし、獅子は彼に向かって唸り声を発し、尻尾の蛇は彼を威嚇し、背中の白鳥は彼に叫ぶのであった。
意識体は再び彼らに言った。
「別に君達が生じず、滅することの無い者に成るわけではない。これは私の求めるものだ。それに、もう一度ここに戻って来るだろう。そうすれば結果もわかる」
この三位一体の生き物は、彼を疑いの目で見つめたまま、扉を開けた。
彼はそのまま入り、そして扉は閉まった。




