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第三部 意識体(Ⅱ)  第一章 私の劇場

次回投稿は2018年4月21日(土)の午前10時の予定。

 列車に乗っていた三十代前半の私は、私にとって降りなければならない駅で降りることになった。そして、その駅で降りたのは、私一人であった。

 駅の前には、以前見たことのある風景が広がっていた。私が十九歳の時に、専門学校に通うために、独り暮らしをしていた街であった。三十代前半の私は、記憶を頼りに駅から、以前住んでいたアパートに歩いて行く。

 私はこの街に一年も住むことが出来なかった。私はこの街で統合失調症を発病した。その後、実家に帰り、専門学校を退学し、精神科に通院することにしたのだ。

 私はアニメの専門学校に通っていた。私はアニメの監督に成るつもりだった。しかし、私はこの学校に殆ど通わずに、一人でアパートの中に閉じこもっていた。

 今思えば、私は別にアニメに対してさして興味があった訳ではなかった。私は別のことに興味があったのだ。それもいずれ明らかになるだろう。

 私は、駅から商店街を抜け、住宅街に入って行く。そしてアパートがあった場所に到着した。その場所には、アパートと同じぐらいの大きさの首が、地面から生えていた。その顔は十九歳の私の顔であった。

 彼は苦悶の表情を浮かべ、呻き声のようなものを洩らした。私は、私のこの首が、建物であると知っていたので、この私の首にある、その呻き声の為に開かれた口から、私という建築物の中に入っていった。

 私は十九歳の巨大な私の舌を踏みつけ、前へ進む。ちょうど喉の部分に黒い穴が開いていて、私はその中へと入る。

 向こう側は、奇妙な部屋が在った。

 しかし、それは正確ではない。正確に言うなら、部屋を模した舞台のセットであった。

 私は周囲を見渡した。私の他は誰も居らず、しかし、照明は点いている。そして、目の前には、三百人くらい座れる座席があった。観客は誰も居ない。

 後ろを振り返ると、巨大な鼻と口が壁から生えていた。口は開いている。私はこの口から出て来たのであった。口から入って、また口から出て来たのだ。

 きっと、この場所は十九歳の私の内面世界に違いなく、私は、きっと私と対話しに来たのだと知った。しかし、この時の私は精神を病んでいたのだ。

 「おめでとう」と背後から声がした。

 振り返ると、一人の人物がちょうど口から出て来たところだった。彼は全身が黄色の男性であった。

 私は誰かに付けられていたのか、と思った。この駅に、この場所に用があるのは、私一人のはずである。

 口から飛び降りた彼は、それを見ていた私の隣に来て、話し掛けて来た。

「今さっき、侵入者の気配を察知したので、僕が確認しに来たところなんですよ。心配しないで下さい。あなたは選ばれたんですよ。あなたの苦労は報われたのです」

 そのように言った彼の顔は、映像の様な、テレビ画面の様であり、それはマネキンに投影した人の顔の映像が、口を動かしている様に見えた。しかも、様々な人物に移り変わっていった。

「何の話かさっぱり分からないな。それに君は誰だ。俺ではないようだが」

 彼は大げさに、おおーと言った。

「何と、驚きました。僕はこの空間を取り仕切ることを任されている、四人の意識体の中の一人ですよ。本当に何も知らないのですか? あなた自身のことなのに」

「そうかい。君こそ、俺のことを知らないなんて失礼な奴だな。それに俺は君のことをこの場所の支配人にしたつもりはないが」

 彼は聞いていなかったかのように、舞台の上を歩き出し、客席に降りた。そして、振り返って私に言った。

「もうすぐ劇が始まるんですよ。僕達は準備をしなければなりません。僕は知っていますよ、あなたが誰なのか、何処から来たのかもね。だからさっき『おめでとう』と言ったじゃないですか」

 私は語気を荒げて言う。

「だから何が『おめでとう』なんだ!」

 彼は平然として言う。

「あなたは生贄として選ばれたのです。だからこの劇の最後に殺されるまでは、あなたは如来の化身なのです。この劇は、過去の偉大な祭りの再現をした、心の舞台なのです。この舞台で最後まで演じることの栄誉があなたに与えられたのです。僕達もまたその栄誉に与れることになったわけです」

「如来の化身? 殺される為の?」

「だってこれは、あなたが望んだことではないですか? あなたが僕達に指示したことですよ。あなたは忘れてしまったのですか? 僕達は、私達は、我々は、過去の、過去世のあなたの業なのです。僕達は、あなたの心の業を、信仰を、善を、正しさを、繰り返し実行しているだけなのです」

 そう言った、画面の様な彼の顔は、目まぐるしく切り替わる。まるで、その一人一人が私の過去世で私と関わって来た人々だ、とでも言わんばかりに。

 私は不意に、私の両側に気配を感じる。見ると右側には青色の、左側には赤色をした男がいた。黄色の人物と同じ様な顔をしていた。

 私はここで、この彼らの言う『祭り』に参加させられ、きっと逃げることは出来ないのであろうと悟った。

「別に逃げはしないよ。君らがこれから何をするのか説明してくれ。俺には分からないんでね」

 客席にいた黄色い男は笑って言った。

「いや、別にあなたが逃げ出すとは思っていませんよ。これから始まる劇の為に、あなたには脚本の内容を覚えてもらって、この祭りの意味を理解してもらいたいのです。これは神を祀った、人々の幸福を願う祭りなのですから。観客と僕達と、主人公であるあなたがきちんと役割を理解していなければならないのです。彼らはその為の案内人ですよ」

 それを聞いた、私の右側にいた男は言った。

「いや、待て、私は案内人ではない。君は私に指図すべきではない」

 そして私の左側にいた男も言った。

「まあ、そういうことは俺がやろう。こいつは俺が案内する。お前ら二人と、あと女達を含め、皆で準備をしておけよ」

 右側の青い男は客席に降りた。左側の赤い男は私に、こっちだと言った。私は彼に付いて行く。十九歳の私の、過去の祭りの再現の為に、生贄として殺される私である、三十代前半の私の心に悪寒が生じた。

 私は何かに打ちのめされた気分になった。これが、私の人生の終着点なのか? 私はきっと十九歳の私の精神に影響を受けてしまっている。それとも、これが、私が私を殺すことが、やはり私の過去の清算として相応しいということなのだろうか?

 私達は、下手の舞台袖から出た。先を歩いていた彼は、近くにあったドアを開けた。そこは楽屋だった。

 室内はさほど広くなく、壁に面して鏡台が幾つか並んでいた。そしてテーブルと椅子があった。彼は椅子に座り、私にも座るように促した。

 私が座ると、彼は話し出した。

「これから上演する演目には、正確に言えば台本なるものは無い。お前はその場において正しい台詞を推測して言わなければならない。とはいえ、決まりきった流れがあるから、それに身をまかせればいい。よし、それじゃあ、説明する……」

 彼は掻い摘んでこの演目の構成を説明した。まず、第一部では、私が如来の化身であることが説明される。そして次に、私が如来の化身であることが舞台上で示され、それについて彼らが称賛する。

 そして第二部では、五人の女神の化身である女達が登場し、歌い踊り、如来の化身である私を褒め称え、私は彼女らと結婚する。

 第三部では、舞台が石造りの神殿に変わり、私はそこで石の寝台に寝かされ、彼らが私の胸を切り裂き心臓を取り出す。そしてそれが神に捧げられる。

 そんなに難しくないだろうと赤い男は言った。しかし私は未だ死ぬ理由が分からず、彼の言うこともあまり頭に入らなかった。

「お前が昔から散々やってきたことじゃないか。すぐに思い出すさ」

 私はぼんやりとテーブルを見ながら言った。

「それは生贄を神に捧げる様な儀式の類を、過去世の俺がしていたかもしれないということか? しかし、それは今の俺に何の関係があるというのか?」

「関係あるだろ。俺達は皆、お前自身なんだ。お前と一体なんだよ。俺達は、この方法で人々を、世界を救えると信じているんだ。俺達はお前であり、この世界の人々であり、世界の意志であり、世界の意識が生んだ舞台なんだ」

 彼らは私であり、私ではない。彼らは私が作り、しかし私以外の者に作られた。彼らはただの映像でしかない。

 私はそう思いたかったが、彼らを否定しようとすると、思考が出来なくなるのだった。私は何者かが私を導いているのを感じる。そしてそれは、私にとって本当に知るべき存在のような気がしていた。

 十九歳以降の私は精神を病み、自殺願望のある、自暴自棄的な性格をした若者であった。私は私の役割を知りたい。彼らがこの世界の真実だとしても私は私の道を行くだろう。


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