第二部 現在の私(Ⅰ) 第二章 思考 第四節 仕事
私の病を創った存在。
私の病を深めた存在。
私の病を癒した存在。
ここは空港である。ここは職場である。
私はここで働いていた。働いている。
この仕事は、海外から輸入される品物の内容を点検することだ。
具体的記述ではない方法を模索すること。智慧は因縁の理解にあること。
人物の名前や容姿を書かないこと。本質的な事は書くことが不可能なこと。
説明することよりも、実行すること。誰かを待つよりも、自ら為す方が容易であること。
全てがそれを見捨てたとしても、それが失われることはない。証明は為された。
兵士の像は言った。
「働きながら書くといい。今のこの経験が後に役に立つ時が来るであろう。社会とは、世間とはこの様であると学ぶことだ」
軍勢が襲いかかる。
各地で紛争が起こる。私の軍隊は各地で敗北をしている。
私は言った。
「まだ大丈夫なはずだ。ここが陥落しても、まだあの要塞が残っている」
私は敗走する。既に追手は迫っている。私の道は封鎖される。
兵士の像は言った。
「君に勝ったあかつきには、盛大な祭祀を執り行なうつもりだ。神々に君の首を生贄に捧げよう。盛大な祭りだ」
沢山の、無数の、私の肉、私の記憶、私の信念、削ぎ取られ、盗まれ、壊されたもの。
私の因縁を、理解させる事柄。
私は言った。
「俺は君に負けることはないだろう。俺は君に生贄にされることはないだろう。君は最後に、負けた瞬間に、自らが何を祀り、崇めていたのかを知るだろう。君は地獄で焼かれる存在と成るであろう」
彼は、自らが恐れていることを知らない。
彼は、恐怖がどの様に滅するかを知らない。
彼は内心に理想を持つ。それは絶対性から来るものである。彼は外部に理想を適用し、絶対的に一致しない者を認めない。
しかし、私はそれらを征服したのだ。
私の死を創った存在。
私の死を深めた存在。
私の死を癒した存在。
ここは工場である。ここは職場である。
私はここで働いていた。働いている。
この仕事は、印刷業務の補助だ。小説や漫画などの単行本を刷り、それをチェックしたり、印刷用紙を準備したりする。
詩的な言葉を用いること。智慧とは啓示による理解にあること。
風景の描写に字数を割かないこと。ただ美麗なだけの描写は自己の利益にしかならず、まったく無駄なものであること。
何よりも私が見たものを書くこと。誰かが理解するだろうなどと考えないこと。
全ての人が理解出来ないとしても、それが失われることはない。証明は為されたのだ。
学者の像は言った。
「皆が苦労して働いているよ。自分だけ好きなことをしてはならないよ。食べる為に働く方法こそ、正しい智慧だよ」
様々な、有力者、権力者、権威のある者達。
威圧、懐柔、自分達の奴隷として従属させる為。その為の理屈。
私は言った。
「まだその時ではない。ぎりぎりまで材料が揃うのを待つしかない」
私は敗北する。私は追手に捕まっている。私は牢獄に捕らわれる。
学者の像は言った。
「君を捕えることの出来た僕は、明らかに智慧において君を凌駕していたよね。きっと僕の智慧ほど有意義なものはないよね」
沢山の、無数の、偽善、偽信仰、偽の行為、捏造され、崇められる為の。
私の業を、理解させる事柄。
私は言った。
「俺は君に捕らわれることはないだろう。俺が君の智慧を認めることはないだろう。君は俺が解放された瞬間に、自らが何を知らなかったのかを知るだろう。君は地獄で焼かれる存在と成るであろう」
彼は、自分が無知であることを知らない。
彼は、無知がどの様に滅するかを知らない。
彼は内心に理想を持つ。それは相対性から来るものである。彼は外部に理想を適用し、相対的に成らない者を認めない。
しかし、私はそれらを征服したのだ。
私の生を創った存在。
私の生を深めた存在。
私の生を癒した存在。
ここは空港である。ここは職場である。
私はここで働いていた。働いている。
この仕事は、海外旅行者の手荷物の宅配を受付することだ。
信仰の告白であること。自らの業を明らかにすること。
偽善者にならないこと。病は病のままに書くこと。自らの言葉を信じること。誰もが書くことを止めた所から始めること。
何よりも私自身が絶望しないこと。たとえ書くことによって、私の運命や役割がより明確に提示されてしまったとしても。
全ての人々がそれを拒否したとしても、それが失われることはない。証明はされていたのである。
宗教家の像は言った。
「君が我々と違う道へ進むことを残念に思うよ。きっと君も我々の仕事に加わる事を必然と感じているだろうと思っていたから」
抜け出すことの出来ない城塞都市。それはそこで暮らす人々の為の施設ではなく、敵から人々を守る為に造られたのでもない。
私は言った。
「僕にはその時は来なかった。そしてもう永遠に来ることはない。その記念すべき瞬間が」
彼らは勝利する。それは初めから分かっていたことだ。
宗教家の像は言った。
「仕事は沢山ある。未来に為すべきことも山ほどある。問題は山積みだ」
沢山の、無数の、くたびれた人々、ふらつきながら歩き、そこに辿り着いた人々。
全ての運命を、必然を理解させる事柄。
私は言った。
「きっとその通りになるでしょう。あなた方を遮るものは何一つない。人間の全てはそれを知りながらも抵抗するのでしょう。僕は最後まで見届けるつもりですが、その内容や仕事は知るつもりがないのです」
彼は、自らの運命を知らない。
彼は、運命がどの様に滅するかを知らない。
彼は内心に理想を持たない。それは慈愛から来るものである。彼は外部に絶対者による法を適用し裁くこと以外の方法を認めない。
しかし、私はそれらを征服したのだ。
私の老いを創った存在。
私の老いを深めた存在。
私の老いを癒した存在。
ここは工場である。ここは職場である。
この仕事は、プラスチック製品の為の、金型を作ることだ。
書いた作品から自由であること。他者の小説に縛られないこと。
文学の歴史を正しく認識すること。自己の思考に即して日本語を使用すること。証明の為の構成を新たに創り出すこと。ばらばらの自己はその通りの立場で表現すること。
そして、世界の終りでこれを書いていると自覚すること。最後の人間となること。本質的な独覚の役割。
全ての人々が如来と独覚の役割など知らない。繰り返された世界。証明があった。
機能的な自我は言った。
「僕らはどうしてここまで違ってしまったのだろう。もう取り返しがつかないよ。果たして君の行いは正しかったのか? 本当に正しいのは僕の方ではないのか?」
その空想上の世界。誰かの予測を基に成立した仮想世界。全ての人々が機能的に動く世界。人間の生存のみある世界。
私は言った。
「僕は君にこそ知って欲しかったよ。それを知ることが出来たなら、どんなものも価値などないということを」
彼は覚らない。寝ぼけた目を擦りながら、今日の予定が埋まっていることを喜ぶ。
機能的な自我は言った。
「僕の仕事は順調で、皆の評価も高い。沢山の人々に読まれているし、今度、有名な賞の受賞も決まったんだ」
閉じられた門。巨大な門。抜け出すことの出来ない妄想。仮想、非道理世界。
私は言った。
「僕は君のことを情けなく思う。一体、どんな甘言で誘われたんだ? どんな名声や利得を与えられたんだ? でも、もうきっとこの声も君には届かないのだろうな」
彼は、自らの死を選んだ。
彼は、自我や世界がどの様に滅するかを知らない。
彼は内心に理想を持たない。それは慈しみから来るものである。そして彼は相対的に外部を見て、世界は相対的なものであると語る。
しかし、私はそれらを征服したのだ。