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第二部 現在の私(Ⅰ)  第二章 思考  第一節 教室

 人々が疑い、信じていないもの。

 人々が生きる為に捨てざるをえないもの。

 人々が既に手に入れることが不可能なもの。

 ここは学校である。ここは教室である。

 私は高校生であった。私は高校生である。

 周囲の同級生は記憶である。周囲の同級生は紙に描かれた絵である。

 教師には顔が無い。教師は仮面を被っている。

 教室の外は、赤黒い空がある。学校の外部は地獄の様である。

 世界は儀式である。世界は一つの生贄を必要としている。世界は一人の生贄を必要としている。

 教師は言った。

「皆で生贄を求めましょうよ。そうしましょう。願いを叶えましょう。神に血を捧げましょう」

 沈黙は同意である。

 生徒はそれが正しいと思っている。教師の言うことは絶対である。

 女子生徒は言った。

「先生! それは誰がいいのですか?」

 まさか、私ではないでしょう。

 きっと都合の良い人が見つかるでしょう。

 死んでちょうど良い者が。

 社会の役立たずが。

「生贄には、沢山の飾りを着けましょう。その最後を綺麗に飾るのです。華々しい最後にしましょう」

 沢山の、無数の、紐、拘束具、拷問の様な。

 全ての負を、苦しみを、結びつけるもの。

「嫌なものは、全て消去できるのです。私達は、私達の罪を贖うことが可能なのです。この世界は浄化されるのです」

 世界は、清浄でなくてはならない。

 世界は、欲望で満たされなければならない。

 何故なら、全てが欲望で満たされれば、すなわち、全ての希望、願望が現実と成り、それは苦が消滅したといえるからだ。

 欲望の充足こそが最優先であり、それには誰か、それを為しうる者の死が、あらゆる意味での死が、必要なのである。そして、そのような儀式があり、私は彼らにとっての生贄と成ったのだった。


 彼らの儀式に参加してはならない。

 彼らの罪に加担してはならない。

 彼らの祀る対象を認識してはならない。

 ここは学校である。ここは教室である。

 私は専門学校生であった。私は専門学校生である。

 周囲の同級生は兵器である。周囲の同級生は戦争で使用される道具である。

 教師には肉体が無い。教師の身体は金属でできている。

 この教室は脆い筏の上に建っている。学校の外部は氾濫した川の様である。

 世界は争いである。世界は戦争を必要としている。世界は一人の敵を必要としている。

 教師は言った。

「現代では個々の心身の強さを求められている。体を鍛え、心を鍛えねばならない。だが、それは何の為なのか?」

 沈黙は同意である。

 生徒はそれが正しいと思っている。教師の言うことは絶対である。

 男子生徒は言った。

「勝利の為です、先生! それは敵に対し、身体において勝利し、心において勝利する為です」

 僕はきっとその様な人間に成れるでしょう。

 きっと敵対する輩を打ち滅ぼすでしょう。

 排除されるべき者を排除するでしょう。

 殺すための法を確立するでしょう。

「そうだ! しかし、まだそれだけでは足りないのだ。最後の一つは言葉である。身の行為、心の行為、そして言葉の行為、このそれぞれにおいて、相手を打倒しなければならない」

 沢山の、無数の、暴力、傷、死体、瓦礫の山の様な。

 全ての怒りを、憎悪を、結び付けるもの。

「敵対する者は、全て消滅させることができるのだ。私達は、私達の自由の為に戦うことが可能なのである。この世界は浄化されなければならないのである」

 世界は、管理されなくてはならない。

 世界は、憎悪で満たされなければならない。

 何故なら、全てが憎悪で満たされれば、すなわち、全ての応報、天罰が現実と成り、それによって苦が消滅したといえるからだ。

 憎悪で満たされることが最優先であり、それには、この世界における巨大な敵が、あらゆる意味での悪が、必要なのである。そして、その様な計画があり、私は彼らにとっての敵と成ったのだった。


 正しい存在を認識しなければならない。

 正しい意志を認識しなければならない。

 正しい法を認識しなければならない。

 ここは学校である。ここは教室である。

 私は大学生であった。私は大学生である。

 周囲の同級生は不信仰者である。周囲の同級生はメッキをされた偶像である。

 教師には骨が無い。教師の体はぐにゃぐにゃになっている。

 この教室は胃液で溶かされている。巨大な生物に飲み込まれている。

 世界は光である。世界は新しい法を必要としている。世界は一人の救世主を必要としている。

 教師は言った。

「皆で神に祈りましょう。皆で戒律を守りましょう。施しをしましょう。そうすればこの世界にその人は現れるはずです」

 沈黙は同意である。

 生徒はそれが正しいと思っている。教師の言うことは絶対である。

 男子学生は言った。

「先生! 奇跡はきっと起こりますよね!」

 この様な危機的状況を、神が放っておく訳がない。

 きっとその為の、全てを解決する為の人が派遣されるはずである。

 最高の知恵と最高の法を携えた者が。

 新しい人間が。

「その人が現れたなら、皆でその人を祝いましょう。そしてその人の業の目撃者となるのです。私達が待ち望んだ世界が来るのです」

 沢山の、無数の、光、宝石、貴金属、装飾品の様な。

 全ての富を、権力を、結びつけるもの。

「私達の望むものは、全て手に入れることが出来るのです。私達は、私達の積み立てて来た富を受け取ることが出来るのです。この新しい世界は私達のものとなるのです」

 世界は、言葉でなくてはならない。

 世界は、契約で保証されなければならない。

 何故なら、全てが契約の下に在るならば、すなわち、全ての希望、預言が現実となり、それは苦が消滅したと言えるからだ。

 契約を取り付けることが最優先であり、それには誰か、それを保証しうる人物の登場が、あらゆる意味での奇跡が、必要なのである。そして、その様な命令があり、私は彼らにとっての救世主と成ったのである。


 善なる存在が称えられなくてはならない。

 善なる者達が報われなくてはならない。

 邪なる者達が報いを受けなくてはならない。

 ここは学校である。ここは教室である。

 私はシナリオを学ぶ者であった。私はシナリオを学ぶ者である。

 周囲の者達は罪人である。周囲の者達は『書』に書かれることのない者達である。

 教師には目と耳が無い。教師は特定のもの以外は見ることも聞くことも許されない。

 教室の外には誰も越えることの出来ない塀がある。ここはこの世界の底である。

 世界は罪である。世界は一つの裁きを必要としている。世界は一つの執行者を必要としている。

 教師は言った。

「皆で最後まで生き残れるであろう。この場所こそは地球上で最も安全な都市だからである。どの様な災厄があっても安全である」

 沈黙は同意である。

 生徒はそれが正しいと思っている。教師の言うことは絶対である。

 女子生徒は言った。

「先生! でも私達だけしか生き残れないのはかわいそう」

 外に取り残された人達はかわいそう。

 きっと災厄が襲うでしょう。

 私達は必ず救われる事が確定しているけれども、外に住んでいる人達は罪人だから。

「彼ら外に居る者共が反乱を起こさないように、偽の情報を流す事にしよう。彼らが最後まで混乱せず、おとなしくさせる為に」

 沢山の、無数の、偽善、欺瞞、詭弁、女王アリと卵の様な。

 全ての不信仰を、無知を、結びつけるもの。

「汚らしい、穢らわしい、あの底辺で這いつくばっている、この都市に入る資格の無い、貧乏かつ貧弱な者共は全て消え去るのだ。そしてそれこそが神の裁きなのである」

 世界は、富んでいなくてはならない。

 世界は、財物で満たされなければならない。

 何故なら、全てが財物で満たされていれば、すなわち、全ての信仰、崇拝が現実と成り、それは苦が消滅したと言えるからだ。

 財物の充足こそが最優先であり、それには誰か、既に財産を持っている者の失脚、その財産の没収こそ必要なのである。そして、その様な策略があり、私は彼らに財産を奪われたのであった。


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