怖いのは
ホラー目指しましたがさほど怖くありません。
短いので一気に読めるかと思います。
女三人のトークで話が進みます。
あたしと梓沙と美由紀の三人は高校時代の友人。同窓会があるからと久しぶりに実家に戻って来ていた二人との会食は、パンケーキが美味しいと噂の地元の喫茶店。
地元に残ったあたしのおススメのお店だ。
「ねえ、ここ少し寒くない?」
「あんたが薄着なのが悪いんでしょう。それに窓際だから隙間風のせいじゃない?」
梓沙が身震いしながらぼやくと、美由紀が梓沙の服装を見て答える。
確かに、もう九月末だというのに梓沙は薄い生地の服だし案内された席が窓際だしね。美由紀がそう言うのも当たり前。
「真夏だったらかき氷の美味しいとこ案内したんだけど」
「いやいや、コーヒーおいしそうだし充分。ありがと、凛」
あたしがお店選択理由を述べれば、コーヒー好きな美由紀が鼻をクン、と嗅いで嬉しそうな顔をした。
注文した品が揃い、舌鼓を打つ。
「あ、梓沙。そういえば、あんた『実家の異常』どうなってるの」
一息ついた美由紀が話を振った。
梓沙の実家の異常……懐かしい話題だな。
高校時代、新しく建てた家に住み始めた梓沙はよくぼやいていたのだ。曰く、自室の機械類がすぐに不調になる。自分も体調を崩す、誰もいないのに音が鳴る、などなど。
「なんかね、霊のせいじゃないかってお祓いしたのよ。で、良くはなったんだけど一時凌ぎだった。どうもさ、霊道ってやつがちょうどあたしの部屋通ってるらしくって」
梓沙によれば、霊道により心霊現象が誘発されていて、お祓いでは問題解決にはならないらしい。ただ、梓沙の部屋さえ注意していれば無害らしいので今では梓沙の部屋は封印されているとのことだった。
「だからね、家を出たら元気元気。機械も故障しなくなって電化製品買う率下がったし。でもさ」
梓沙が眉根を寄せて少々声を潜める。
「霊感、が強くなったみたいでね。神社とか、廃墟とか、嫌な感じになる場所ができちゃったのよ。見えるわけじゃないんだけど、寒気が止まらないことあって」
「おお、おめでとう。霊能者デビューだ」
高校時代、霊現象のテレビや本にはまっていた梓沙を知っている美由紀がわざとらしく笑い、拍手しながら冷やかした。
「ばか。気持ち悪くなって大変なんだよ」
心底嫌そうな表情で梓沙がずずっと音を立てて紅茶を飲んだ。
「大変だね、梓沙。霊感って言えば美由紀は病院勤めでしょ? そういう話多いんじゃない? 怖い話ないの?」
あたしから話を振られた美由紀は口にしていたフォークを外した。そうだねぇとしばらく考える仕草を見せて。
「霊感ある人が、亡くなった事務長見たとか、鏡に何かが通ったのを見たとかは聞くけど」
「え、それって働いてて怖くない? 」
梓沙が身を乗り出して美由紀に訊ねる。
「別に。私、霊感ないからね。病院にはなんだかんだで患者さんがいてひと気があるから、幽霊とかで怖い思いしたことないなぁ。でも幽霊見るより怖い思いはしたこと何度もある」
「え? なになに?」
「ゴキブリ見た」
「それ、別の意味で怖い」
あたしと梓沙が同時に突っ込む。
「あー、じゃあ、真夜中の巡視で、廊下に血まみれの男の人が倒れてた」
「え、それって……」
「何事かと思ったら、足の手術後の人で、点滴してるのに寝ぼけてトイレに行こうとして歩けなくて転んで針抜けちゃったんだよね。あれさあ、掃除するの大変なんだよ。私のせいじゃないのに報告書も書かなきゃいけないしさ」
「それ、怖いの?」
あたしが首を傾げるが美由紀はそのまま話を続ける。
「他にも足の手術後二時間で正座してたおじいちゃんとか。綺麗に正座してる姿見た瞬間血の気引いたよ。管理不足って先生にスッゴく怒られるのこっちだからさぁ」
「先生が怖い、のかな?」
美由紀の言いたいことに気が付いた梓沙が苦笑する。
「じゃあ美由紀が病院で働いてて一番怖かったのは?」
「そうねぇ。老衰で死にそうな人の家族に、『遺産相続の関係で三日は持たせろ、死んだら困る』って詰め寄られた時かな。どんなに怒鳴られても命の引き延ばしなんてできないよ。病院は神様じゃないっての」
あたしの質問に腹立たしく答えた美由紀は、詰め寄られた記憶が蘇ったのだろう。濃いブラックコーヒーを飲んだ時よりも苦々しい顔になっていた。
「霊感ない私からすれば、生きてる人間の方が断然怖い。凜は?」
「え、あたし?」
美由紀から話を振られて、悩む。
霊と人間、どちらが怖いかすぐに答えが出ない。だって、どっちも怖いから。
「うーん。あたしは人間も幽霊も怖いんだよね。前に友人がストーカー被害にあったことがあって。人間って怖いなって思ったんだよね。でもって実は今、あたしもストーカー被害中でさ」
「ええ!? 誰に?」
驚く二人を見ながらお代わりしたコーヒーをすする。
「えと、どっかで出会った30代の人。名前は知らない」
「ちょっと、警察は?」
行ったの? とあたしのことを心配して怒鳴るように確認を取る美由紀。でもあたしは頭を振る。
「相談してない」
「なんで?」
驚いた表情の梓沙。友人がストーカー被害にあっていたなら警察に相談していて当然と思っているのだろう。
今も彼はあたしのそばにいる。窓の向こう、道向こうの電信柱に隠れてこっちを見ている。
「早く行こうよ」
「でも無駄だから」
警察に行くことを拒否するあたしに、そんなことないよ、警察行こうよと二人が必死に勧めてくれるけど、無駄なのは確実なんだ。
だって。
「だってそのストーカー、幽霊なんだもん」
お読みいただきありがとうございました。