勇者来訪!(3)
「さて、そろそろ僕は帰ろうかな」
「ん、もうこんな時間ですか」
一通り話しが盛り上がり、そろそろ話題も尽きてきたため、、時間を確認したクルツは少しずつ帰る準備を始める。
「今日はありがとう、いい息抜きになったよ」
「また暇ができたら遊びに来い。エリス、片付けは俺がしとくから見送ってってやれ」
「はいはい、それじゃあ行きましょうかクルツさん」
すでに街は寝静まり、道を行く人影はエリスとクルツを除いてひとつもない。
静寂が支配する街の中を、二人はゆっくり歩いていた。
「ねぇエリス、ひとつ聞きたかったことがあるんだ」
歩きながらぽつりと呟くクルツに、エリスは静かに歩みを止める。
「なんですか?」
クルツも歩みを止め、エリスの方へと向き直った。
「エリスが平和な世界を望んだ、本当の理由は何?」
それを聞いて、エリスは困ったような笑みを浮かべる。
「前にいった理由じゃ納得できませんか?」
「争いで、これから芽生えるかもしれない人々の可能性が消えていくのが我慢できないから、だっけ」
魔王城での戦いの後、エリスが自分に言った言葉をクルツは口にする。
「でも僕はそれだけじゃないんじゃないかと思ってる」
「ひとつ、クルツさんの質問に答える前に私から聞いてもいいでしょうか」
そう言ってエリスは一歩前に足を進め、ゆっくりとクルツの頬へ手を添えた。
「あなたは、私が怖いですか?」
頬に感じる冷たい手と、先ほどまでとは別人のような無機質な声に、クルツは無意識
に背筋をこわばらせる。
「怖いよ」
しかし、気遅れることなくクルツはまっすぐエリスの瞳を見つめ返し、そう言い放つ。
「僕はエリスが怖い。理不尽なまでの君の力を、心の底から恐ろしいと思ってる」
それを聞いたエリスは、嬉しそうな、それでいて少しだけ寂しそうな顔をする。
「私が平和な世界を望んだ理由は単純です。ただ、退屈だったから」
エリスは頬に添えた手を離してクルツから一歩距離を取る。
「私は、強くなりすぎました」
クルツは、いつかゾルが言っていた言葉を思い出す。
曰く、エリスは誰よりも魔族らしい魔族だと。
「争いが支配する世界は力こそが全て。そこでは、私が望むものはなんでも手に入ってしまう」
人間側で、元魔王が生きていることを知っている者は少ない。
そして、エリスを知っている者たちも皆、エリスとは理解し合うことができる良き協力者だと思っている。
しかし唯一、直接魔王と刃を交わしたクルツだけは、エリスの危険性を正しく把握していた。
「私は魔族です。魔族は、欲がなければ生きられない」
争いの中で欲を見いだすことができなかったエリスは、平和な世界に自分の生きる糧となる欲を求めた。
「あなたが感じた恐怖を、忘れないでくださいね」
そういってエリスは、クルツが初めて魔王城で彼女を見たときのように、妖しい笑みを浮かべる。
「もしこの世界が私を退屈させるようならば、魔王は復活してしまうかもしれませんから」
「……肝に、命じておくよ」
魔王エリスは決して人間の味方ではない。
結局のところ彼女は、自分の欲望に従っているだけなのだと言うことを、クルツは改めて実感した。
そしてもう一つ、かつての風格を纏うエリスをみて気がついたことがある。
魔王城での決戦のとき、彼女の笑みから感じ取ったのは果たして恐怖だけだったのだろうか。
あのとき、自分はその姿を畏怖と共に、美しいと感じていたのではないかと。
なぜならこんなにも、今自分はエリスに惹きつけられているのだから。
「さすが魔王、その笑顔も魔性だね」
頭の中でちらついた疑問を振り払うようにクルツは軽く頭を振るう。
「そうですよ、なんたって魔族の王ですからね」
そして、先ほどまでの柔らかい雰囲気で、エリスはいたずらっ子のように笑った。
その日の夜、クルツは昨日の夢の続きを見た。
激戦の果て、仲間は皆地にひれ伏し、もう立っているのは自分自身だけしかいない。
だが決して諦めることなく、未だその瞳は強い光を持って倒すべき宿敵へと向けられていた。
「これで最後だ、魔王……!」
対するエリスもすでに満身創痍で、荒い息をついている。
お互い次の一撃で勝負が決まることを察していた。
「あなたは見込み通りでした。やはりこの世界もまだ、捨てた者ではありませんね」
そう言って魔法を構え佇むエリスに、クルツは残った力すべてを込めて聖剣を叩き込む。
二つの強大な力がぶつかり、魔王城に激震が走った。
「かふっ……」
視界を覆いつくす白い光が消えた後、その中から地に伏し聖剣で心臓を貫かれたエリスと、その姿を見下ろすクルツの姿が現れる。
「お前の負けだ、魔王」
「えぇ本当に、まさかここまでとは……」
急所を貫かれたにも関わらず、エリスは嬉しそうに笑った。
そして、おもむろに胸に突き刺さった聖剣の柄を掴む。
「何を……ッ!」
違和感を感じ、エリスに手を伸ばそう足した瞬間。
呼吸ができなくなるほどの圧迫感が、クルツを襲った。
あまりの衝撃にひるんだクルツは、目の前で信じられない光景を目にする。
エリスがずるずると自分の身に刺さった聖剣を引き抜いていくと、まるで最初から無かったかように傷が癒えていったのだ。
「何をそんなに驚いているんですか?こんなもの、ただの治癒の魔法ですよ」
驚愕の表情を浮かべるクルツを、エリスは可笑しそうに笑う。
エリスの言う通り、使われている魔法は一般的な治癒の魔法。
だが暴力的とも言えるエリスの魔力量の前では、ただの治癒魔法でさえ神話の秘術と見紛うような効果を発揮していた。
ようやく、クリスは目の前の怪物と自分に隔たる、圧倒的な力の壁を理解する。
「私を一撃で殺したいのならば、心臓ではなく脳を狙うべきでしたね」
すべての傷が癒えたエリスは、聖剣を放り投げ代わりに空中から一振りの剣を引き抜く。
「でも、十分です。だから、これから見せるのはほんのお礼」
禍々しい装飾が施された剣を大きく振りかざし、エリスは邪悪な笑みを浮かべる。
「よく目に焼き付けておいてくださいね、私の本気なんて滅多に見れるものじゃありませんから」
そして、クルツは初めて抗う気すらおきない圧倒的な暴力を味わった。
エリスの放った剣撃は、器用にクルツと仲間をよけ、城の一部とその背後にあった山の一角を消し飛ばす。
「勝負はつきました、私の勝ちです」
もうもうと立ち込める粉塵の中、もはや聖剣を拾おうともしないクルツの首筋に、エリスはぴたりと魔剣の刃を当てた。
「……なんで、止めを刺さない」
その言葉を敗北を認めた証と受け取ったエリスはニコリと笑う。
「言ったでじゃないですか、積もる話があるって」
地に足をついた勇者に、エリスはゆっくりと手を差し伸べる。
「あなたに、お願いがあります。私と一緒に、平和な世界を築いてくれませんか」
もはや驚く気力すらなくなったクルツは、その突拍子もない提案に大声で笑い、ひとしきり笑ったあと差し伸べられた手に自分の手を重ねた。
「その話、詳しく聞かせてもらおうか」
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