勇者来訪!(2)
「久しぶりだねエリス、ゾルさん」
ゾルとエリスは度々乱闘を繰り返しながらも、なんとかクルツの到着までに店の片付けを終え、約束の時間通りやってきたクルツを迎えた。
「久しぶりです。待ってましたよクルツさん。ささ、こちらへどうぞ」
そう言われ席へと通されたクルツだったが、席に座るなり目の前の壁に空いた拳大の穴に若干引きつった表情を浮かべる。
「久方ぶりだな勇者、元気そうで何よりだ」
「えぇ、おかげさまで。……あの、後ろの壁は」
そんなものは全く意に介せず挨拶をしてくるゾルに、若干戸惑いながら尋ねた。
「あぁ、エリスが全力でたわしを投げて壁をぶち抜いてな。明日には修理するから気にしないでくれ」
「そ、そうか……」
相変わらずの破天荒ぶりを見せ付ける友人達に、クルツは苦笑いを浮かべる。
「ま、長旅で疲れただろう。とりあえずこれでも食べるといい」
クルツの来訪に備え、あらかじめ作っておいた料理をゾルがテーブルの上に並べていく。
「ありがとうゾルさん、早速いただくよ」
そう言って並べられた料理に手をつけるクルツの横に、エリスがちょこんと座った。
「ところでクルツさん、他の皆さんは元気ですか?」
「あぁ、みんな元気でやってるよ。ユリアは戦いが終わった後、教会に戻って司祭になるための修行に励んでるらしい。リナとガウェルは、今度結婚するんだってさ」
「ほう、あの連射魔と脳筋剣士がついにか。思ったより早かったな」
かつて自分と対峙した勇者一行の魔法使いと剣士を思い出し、ゾルは懐かしそうに笑う。
「できれば二人にもお忍びで来て欲しいって言ってたよ」
「式は是非行かせてもらいます。それにしても、こうして幸せそうな話を聞くと平和になったという実感がわきますね」
クルツのために並べられた料理をつまみ食いしながら、エリスは感慨深そうに呟いた。
「それもみんなエリスのおかげさ」
「私は何もしてませんよ。今もこうして隠居生活おくってるだけですし」
「店の平和は乱しまくってるしな」
今度余計な茶々をいれると、またたわし投げつけますよとゾルをおどすエリスを、クルツがまぁまぁとなだめる。
「君があの時和平の話をもちかけなかったら、歪とはいえ魔族と人間が共存している今の世界はありえなかっただろうからさ」
「元々私は争いがあまり好きではなかったですしね。戦争なんてさっさと終わるにこしたことはありませんよ」
その割には初対面の時、殺し合いましょうとか物騒なことを言っていたような、と言いたくなる気持ちをクルツはぐっとこらえた。
「勇者よ、言いたいことがあるならはっきり言った方がいいぞ。エリスは言われないとわからないからな」
どうやらゾルには見透かされていたようだが。
「僕からはこれくらいとして、二人はどうなの?」
「特に変わりはない。エリスの望み通りのんびりやっている」
「飢えかけるのは私の望みではないんですけどね……。でも最近は前よりお客さんも来てくれるようになって少し生活が楽になってきました」
露店祭以降、ノワールの名は以前よりも広まり、客足も徐々に伸びつつある。
「特に最近は小さな子のお客さんが多くてとっても可愛いんですよ!どうやら露店祭以来子供達の間で炎華が流行ってるようで、ここのところ毎日お小遣いを片手に誰かしらたずねてくるんです」
心の底から嬉しそうに笑うエリスを、クルツは安心したように眺める。
「うまくやってるみたいでよかったよ。エリスが街で店を開きたいと言った時はどうなることかと思ったけど」
「大丈夫ですよ、私には優秀な店員がついてますから。ね、ゾルさん」
「あぁ、俺がいる限りエリスは安心して任せてくれ」
「ゾルさんは頼もしいな。僕にもそんな優秀な部下がほしかったよ」
少し寂しそうに言うクルツに、エリスは不思議そうに首をかしげる。
「そういえばクルツは今なにをしているんですか?私を打ち取ったということは国でも大々的に評価されるでしょうし、やっぱり軍のお偉いさんとかになってるんですか?」
「だったらまだよかったんだけどね。どうやら今僕の処遇をどうするか国と教会で争ってる最中らしい。だから今僕はちゅうぶらりんで軽く軟禁状態なんだ」
参ったよと笑うクルツに、エリスもげんなりとした表情で返す。
「人間は本当そういうの好きですよね。結局、私たちがいなくなっても争ってるんじゃ世話がありませんね」
「返す言葉もないよ。まだ国が完全に平和になったわけでもないのに上はもう権力争いに夢中だからね」
「その辺りは魔族の方が単純で楽なのかもしれないな。魔族は力さえあれば面倒な駆け引きなんぞいらんしな」
魔族にとっては、力が全てのため、自然と権力も全て力を持つものに集中していく。
ただそれもエリスが魔族の王となったことでだいぶ形骸化してきてはいるのだが。
「とはいっても僕が魔族と同じやり方を推奨するわけにもいかないしね。なんとか力づく以外の方法で両者の落とし所を見つけられるよう、頑張っているところさ」
「勇者も大変ですね。私がそんな立場になったらお腹痛くなりそうです。まぁ魔王やってた時も毎日お腹痛かったですけど」
本当もうあの頃には戻りたくないですね、と呟くエリスをみて、クルツが困ったような顔をゾルに向ける。
「前から思ってたんだけど、エリスって二重人格か何かなの?僕が初めてあったときはなんかもっとこう威厳にあふれてたと思うんだけど」
「もっと言ってやってくれ。まぁとはいえ昔からそんな感じといえばそんな感じだな。これでも少しは成長したが」
「いやいや、何言ってるんですかゾルさん。私は昔からしっかりしていましたよ」
「ほう、では勇者よ、ひとつエリスの昔話をしてやろう」
そうして過去の話しを持ち出したゾルをエリスが真っ赤になって止めに入る、そんな様子をクルツが楽しそうに見守りながら少しずつ夜は更けていった。
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