勇者来訪!(1)
「ようやくここまでたどり着いた」
禍々しい装飾が施された扉の前で、勇者一行は緊張した面持ちで立ち止まっていた。
「この先にいる魔王を倒せば、長かった戦いも終わるのね」
「おし、俺は覚悟をきめたぜ。いつでもいける!」
身の丈ほどの大剣を携えた青年が、ぴしゃりと頬を叩いて気合をいれる。
「我らに女神フォルナの加護を……。行きましょうクルツ、この戦争を終わらせるために」
神官の格好をした少女にクルツと呼ばれた青年は、こくりと頷いて腰に下げた鞘から淡く光り輝く聖剣を抜く。
「行こうみんな、魔王を打ち倒すんだ!」
そして、目の前の扉を押し開けた。
「勇者ご一行ですね、お待ちしておりました」
覚悟を決して魔王城再奥の広間へと足を踏み入れたクルツ達だったが、そこにいたのは戦いの場には場違いなドレスに身を包んだ女性が一人。
予想外の光景に気をとられているクルツ達をみながら、女性は優雅に礼をする。
「私の名前はエリス。この城の主です」
「お前が、魔王エリスか」
いち早く状況を理解したクルツは、聖剣を構えて魔王と正面から対峙する。
そんなクルツをみながら、エリスは嬉しそうに眼を細めた。
「あなた達が来るのを待っていました」
そういうとエリスは、コツコツと武器も持たずに数歩前へと歩みを進め、クルツ達を歓迎するように両手を広げる。
「積もる話はありますが、まずは」
魔族の証である紅い瞳を爛々と輝かせ、無邪気な笑顔を浮かべながら。
「あなたたちのお望み通り、殺し合いをしましょうか」
ゾッとするほど妖艶で、引き込まれるような笑みに、皆一瞬息を呑んで完全に硬直してしまう。
「みんな構えろッ!!こいつはやばい!!」
激戦をくぐり抜けてきたクルツは、その笑顔を見て直感的に目の前の女が危険だと本能で感じていた。
それは、クルツが初めて感じる、心の奥底から湧き上がる恐怖。
そしてクルツは思い出す。
この光景が過去のものであることを、今自分はかつての記憶を夢で見ているのだと。
なぜなら、自分はこの先の結末を知っているから。
これは、決して忘れる事のできない恐怖の記憶。
そして、勇者クルツが生まれて初めて刻み込まれた、敗北の記憶。
はっと眼を開けたクルツは、動悸の治らない胸を抑えて、荒い息を抑え込む。
「この夢を見るのはこれで何回目かだってのに、慣れないもんだな」
汗でびっしょりの自分の手をみながらクルツは小さく苦笑する。
「っと、もうこんな時間か。今日は遅れるわけには行かないし、急がないとな」
時計を見たクルツは、急いでベッドから飛び降りる。
なにせ今日は因縁の相手で、奇妙な友人達に久しぶりに会いに行く約束をしているのだ。
悪夢のせいで遅刻をしたなどと言えばきっと笑われてしまうだろう。
もっとも、こんな夢を見たのはその約束のせいかもしれないけれど。
「それにしても、クルツさんの人気って本当すごいですよね。もはや宗教化してますよ」
露店祭の後、クルツから久しぶりに暇ができたので遊びにいくという手紙をもらったエリスは、彼を迎えるためにせっせと店内を掃除しながら、料理の仕込みをしているゾルに話しかける。
「実際、教会も後押ししているしな。女神フォルナの使徒と呼ばれ、名実ともに歴代最強の勇者だ。祭り上げられてもおかしくはあるまい」
それを聞いたエリスはポンと手を叩いて思いついたとばかりに立ち上がった。
「そうだ! クルツさんにサイン書いてもらって、店内に飾っておきましょう! 勇者お墨付きの魔道具店となればきっと今よりお客さんが来るようになりますよ!」
「もう突っ込む気にもなれないが、お前は本当にそれでいいのか……?」
都合の良い時以外自分の前職を完全に忘れている上司に、ゾルは呆れた眼差しを向ける。
「いいですかゾルさん。生きていくためにはプライドなんてそこらのモンスターにくれてやればいいのです。それがたとえかつての宿敵勇者に媚びる事になろうとも!」
「普段から飯のたびにすがりついてくるエリスがいうと説得力があるな」
そういうとエリスは珍しく落ち込んだ姿を見せる。
「ゾルさん、私は決めたんです。もう飢えに負けてみっともない姿を晒すのはやめようと」
「いまプライドがどうこう言ってたのはなんなんだ」
「それはそれ、これはこれです。実はこの間のお祭りの時、ミラさんにいっつもご飯ねだってる人と誤認されている事を知ってしまい……」
「事実じゃないか」
そっけないゾルの言葉に、違いますよ!とエリスはばんと壁を叩いた。
「身分を隠す必要さえなければ、魔王城での私がいかに素晴らしく、ゾルさんにも尊敬されていたかを語るところなんですけどね」
「わかったわかった、いいから手を動かせ。早くしないと勇者が来るのに間に合わないぞ」
さらりと受け流すゾルに、喉までこみ上げる罵声を押さえ込んで、エリスは小さく息を吐く。
「私は大人になるんです。ゾルさんの子供じみた挑発に載せられたりはしません」
「それだけ長い間生きてて今更そんな事を言っているような奴には到底無理だと思うがな」
今度こそエリスは、こみ上げる情動に逆らう事なく、手近な場所にあったたわしを全力でゾルへと投げ付けた。
評価、ご感想など頂けると嬉しいです。