フォール通り露店祭(2)
「帰ったぞ。ほれ、お望みの品だ」
すっかり日も暮れ、あたり一面薄暗くなった頃。
小袋いっぱいに赤い火鼠の毛をつめたゾルがノワールへと帰宅した。
「お帰りなさい、お疲れ様ですゾルさん。ほら見てくだい、こっちもいい感じですよ」
そういってエリスはビーカーにたっぷりと注がれた液体を指差す。
「うまいものだな、爆裂の実からその成分を抽出するのはなかなか難しいと聞くが」
「均等に衝撃を与えないとどんどん爆発しちゃいますからね、そこはまぁ腕のみせどころですよ」
自信気にえへんと胸を張るエリスに、収穫した品物を手渡した。
「結構集まりましたね、これだけあればたりそうです。後必要なのは……」
「お望みの物はそろそろ届くはずだ。俺にもお前がなにを作ろうとしているかは大体わかったからな」
エリスがきょとんとした顔をしていると、喫茶店の扉がコンコンとノックされる。
「言ってる間にきたようだな。どうぞ、入ってくれ」
ゾルが扉をあけると、そこには魔法で束ねた大量の小枝を抱えたミラが佇んでいた。
「あの、言われた通りなるべく長さが均等な小枝を集めてきましたけど、本当にこれでよかったんですか?」
「あぁ、十分だ。これで材料は全部揃った。そうだろう、エリス」
そうエリスに問いかけると、くすくすと笑った後にこくりと頷く。
「ゾルさんは私の考えをよく理解してくれますね。ありがとうございますミラさん本当に助かりました」
ミラから木の枝を手渡されたエリスは、長さを均等に揃えた後小さな刀で模様を刻み込んで行く。
そしてその先端には火鼠の毛が巻き付けたあと、爆裂の実から抽出した液体につけコーティングしていった。
「さてと、あとはこれが乾燥すれば完成です」
「あの、結局これはなんなんですか?」
出来上がった物を不思議そうにながめながら、ミラはエリスに尋ねる。
「それは乾いてからのお楽しみですよ。それまではゾルさんが作ってくれたご飯でもいただきましょうか」
「これは売り物だ、食べたいなら金を払え。おっと、ミラさんはタダで構わんぞ。先ほどいった手伝いをしてくれたお礼だ」
「お礼だなんて!私小枝集めてきただけですし……」
そういって謙虚に首をふるミラとは対照的に、エリスは涙目になりながらご飯をねだってきた。
「そんなこと言わずに……! 今日は爆裂の実の処理に夢中でお昼も食べてないんですよ! そんな時にこんな美味しそうなものを見せられて、いつものあんまり味がしない極貧食料だけで過ごすのは辛すぎます!」
どうせそういって駄駄をこねられると思っていたゾルは、事前に作っておいたもう一つの料理を疲れ切った表情でそっと差し出す。
「わぁ! さすがゾルさんです! やはりここに拠点を構える時相方として選んだのは正解でした!」
「……いや、これはエリスが悪いわけじゃない。俺が甘やかすから悪いんだな、もっと厳しくならなくては」
嬉々としてご飯に手を伸ばすエリスと、自問自答を続けるゾルを少しの間眺めながらミラはおかしそうに笑った。
「お二人はとても仲がいいんですね」
「割と古くからの付き合いですしね。迷惑を掛け合うくらいの仲ではあります」
「記憶の捏造はやめろ、一方的に迷惑をかけられた覚えしかないぞ」
二人がそんな軽口を叩いてるうちに、ミラは料理を食べ終わったようだ。
ちなみにエリスはゾルとずっと口論していたにもかかわらずミラよりも先にぺろりと食べ終わっていた。
「二人とも食べ終わったようだし、あれもそろそろできたんじゃないか?」
「ん、そうですね。じゃあちょっとミラさん外に出ましょうか」
エリスは制作したばかりの魔道具を数本手にし、ミラを外へと促す。
言われるがままに外にでたミラと、後から付いてきたゾルに一本ずつエリスはその魔道具を配った。
「じゃあよく見ててくださいねミラさん。ファイア!」
エリスが魔道具を構えてそう唱えると、枝に掘られた模様に赤い線が走り、火鼠の毛が巻き付けられた部分からパチパチと小さな火花が上がった。
徐々に火花は大きくなっていき、いくつもの小さな蕾が花開くようにその姿を変えていく。
「これは炎華と呼ばれる魔道具です。もっとも、用途はみて楽しむくらいしかないですけどね」
「綺麗……」
幻想的なその風景にミラは目を輝かせてうっとりと火花で象られた華を見つめる。
「やはりこれはいい。いつみても美しいものだ」
「そうですねぇ。それに昔を思い出してすこししんみりします」
エリスとゾルは、懐かしそうに炎の華をみながら懐かしそうに微笑んだ。
「最後にこれで遊んだのはいつのことですかね。ちょうど皆が集まったくらいでしたっけ」
「エリスが結成パーティを開いた時以来だろうな。あれから随分とたったものだ」
勇者と魔王の戦争が始まる前、エリスが魔界で腕利の仲間を集め、新生魔族軍を結成しようとしたときのことを二人は思い出す。
「あの! これ私でもできるんですか!」
そんな思い出にふけっている二人に、目を輝かせたミラが好奇心を抑えきれないといった様子でたずねた。
「えぇ、着火に多少の魔力はいりますけど、基本的には誰でも使えます。『ファイア』と唱えれば自動的に火がつくようになってますよ」
「ファイア! わぁ……!」
自分の手元で花開いた炎の華に、ミラはおもわず感嘆のため息をつく。
「そこまで喜んでもらえたなら何よりです。これなら露店で売れると思うんですけど、どうでしょう?」
「いいんじゃないか。あまり危ない魔道具を露店で並べるのもどうかとおもうし、何より祭りにはぴったりの道具だろうしな」
「絶対! 絶対売れますよ! 私、友達にもこのお店のこと宣伝しておきます!」
二人の絶賛をうけ、エリスは良かったと胸を撫で下ろす。
「よし、それでは残りの材料も全部使って組み上げてしまうか。エリス、俺も手伝おう」
「はい、あと一週間しかありませんし頑張りましょうね!」