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かつての部下

「ゾルさまああああ、私もうこんな生活いやですうううう!!」

「ただいま戻りまし……ぞ、ゾルさんが年端もいかない少女を泣かせてる……!」


買い出しにでかけていたエリスがノワールに戻ってくると、店内では一人の少女が大泣きしながらお酒をあおっていた。


「ゾルさん、あなたも魔族ですし多少下衆なのは仕方ないと思いますが、こんな少女を泣かせるのはちょっとどうかと思いますよ……」

「失礼なことを言うな。俺は愚痴に付き合っていただけだ。大体こいつは魔族だ、仮にも魔族の王だった者が見た目にだまされてどうする」


言われてから改めて泣き崩れている少女をみると、人間に擬態してはいるようだが漏れ出している魔力は確かに魔族の者だった。


「おや、同朋でしたか」

「こいつはリリ、俺の元部下で今は魔王城で人間たちと魔界の復興作業を進めているらしいんだが……。というかエリスは覚えてないのか?」

「私、魔王城にいた時は書類だけが友達でしたから……。あの城に住んでた人とか多分一割くらいしか知らないんですよね……」


言いながらどんどん瞳から光が失われていくエリスから、ゾルは気まずそうに視線をそらす。


「もう無理、もう無理ですよ! みんな好き勝手いって自分の要望が通らないと暴れるんです! 協力してくれてる人間たちも、魔族の誰かが暴れるたび、私たちに管理はどうなってるんだと詰め寄ってきますし……!」


再び大泣きしながらリリはグラスに注がれた酒をぐいっと飲み干す。


「おかわり!」

「なぁリリ、一応酒も置いているとはいえここは喫茶店なんで酔い潰れるのは他所でやってほしいのだが」

「こんな愚痴聞いてもらえるのはゾル様くらいしかいないんです! ガロウズ様は相談なんか乗ってくれるような方じゃないですし」


そう言われてゾルはガロウズと呼ばれた堅物の同僚を思い出す。確かにあいつは部下の愚痴に付き合うような性格ではなかったし、他にリリが相談できそうな者もいま魔王城にいる連中のなかには思い浮かばないなと納得してしまう。


「まぁ今は他にお客も来てないことだし大目にみるが、愚痴を言うならそこで死人のような目をして戻ってこないエリスにしてもらえるか?俺は食材も手に入ったことだしそろそろ仕事をしないといけないんだ」

「いや、魔王様に愚痴なんてそんな恐れ多いことは!……それに、エリス様ってずっと書斎にこもって、廊下に漏れ出るくらい呪詛を吐きつづけてたからあまり関わるなって皆に言われてて」

「私みんなにそんな風に思われてたんですか!?た、たしかに書類にまみれて一週間ほど一歩も外にでれなかった時は最後の方ずっと世界を呪い続けてた記憶が微かにありますけど」

「あの時はやばかったな、あと少し書類の量が多かったら本当に呪いが完成していたかもしれん」


リリはその話を聞いてすこしエリスから距離を置く。


「なんでちょっと離れたんですか!安心してください、私も身勝手な同朋に泣かされ続けてきた身です。誰よりもあなたの苦労は理解してあげられますよ!」

「ほ、本当ですか、じゃぁ……」





「で、お前たちは何をしているんだ」


エリスが買ってきた食材を処理し、ゾルが二人の元に戻ってくるとものすごく暗い空気が二人を包み込んでいた。


「いや、リリさんの愚痴を聞いてるうちにどんどん昔のことを思い出しまして、ちょっと気分が重く」

「エリス様ですらそこまで追い込まれていたのに私には無理、やっぱり無理……!」


どうやら二人にしたのは失敗だったとゾルは頭をかかえる。


「ほら、二人とも飯でもくって元気をだせ。ストレスの発散には酒もいいが美味いものを食うという手もある」


そういって二人の前にゾル手製の料理が並べられた。


「わぁ! ゾルさんの料理は相変わらずとても美味しそうですね」

「そんな、ゾル様の料理が食べられるなんて、私感激です!」


そういってリリとエリスは先ほどまでの暗い雰囲気が嘘のように目を輝かせ、料理へと手を伸ばす。


「お、美味しい!ゾル様にはこんな特技があったんですね!」

「城にいる時は結界の維持のために外に出ることもできなかったからな。暇つぶしにと覚え始めたんだがどうやら性にあっていたようだ」

「そんなに暇だったのなら少し私の仕事を手伝ってくれても良かったんじゃ……」


エリスがそんなことを言いながら虚ろな眼差しを送ってくるが、ゾルは一切視線を合わせない。


「それで喫茶店なんですね。お二人がお店を開くと聞いた時は驚いたものですがうまくいっているようで何よりです」

「稼ぎは大体私の喫茶の方だがな」

「な、何を言うんですか! 私の魔道具だってたまには売れていますよ! たまには……」


しょうもない主張をするエリスに、リリは苦笑を浮かべながら少し残念そうな顔をする。


「やはり、二人は城に戻ってくる気はないんですね」

「そうですね、一応表向きは私たちは死んだということになっていますし」

「いくらあの勇者の後ろ盾があるとはいえ、城に戻るのは難しいだろうな。直接いって助けてやりたいところだが、すまんな」


申し訳なさそうな顔をするふたりに、リリは滅相もないと両腕を振る。


「助けていただきたいとかそういうことでは。いや、そりゃ助けてくれるならもう誰でもいいので助けていただきたい惨状ですけど、そういうことではなく」


そういうとリリは少し照れくさそうに頬を染めた。


「お二人と話しているのはとても楽しかったので、エリス様とも城ではほとんどお話したことなかったですし、昔のように一緒に暮らせないのは寂しいな、と」


それを聞いてエリスはにこりと優しい笑みを浮かべる。


「私たちはいつだってここにいます。共に住むことは難しくても、話しがしたくなったら好きな時にきてください」

「そうしてくれると俺たちも助かるしな、食費の足しにもなるし」


そんなふたりのやりとりをみて、リリはふふっと小さく笑う。


「なんだか元気が出た気がします。そうですね、また耐えられなくなったら遊びにきさせていただきます。料理、ごちそうさまでした! 私もうちょっと頑張ってみますね!」

「お前はこの俺の自慢の部下だ。並大抵の苦難なら乗り越えられるだろう」


店に訪れた時よりも少し表情が明るくなったリリを見送りながら、ゾルはそう激励した。



ありがとうございますといってリリが店を出たあと、静かになった店内でふたりは静かにお茶を飲む。


「案外、魔王という立場も悪くなかったのではないか?あんなに優秀そうな部下がいたのだから」

「ふふ、そうですね。私はもう少し周りに頼るべきだったのかもしれません。だから、今度は頼りにしてますよゾルさん」


そういって笑いかけてくるエリスに、ゾルはぽつりと呟く。


「頼られても、ない金はでないぞ」

「どうにか! そこをどうにか! 今月私本当に飢えてしまいそうなんです!」


縋り付いてくる店長兼元上司をひっぺがし、ゾルはやれやれと首をふりながらエリスの食費をどう捻出するか考えはじめた。


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