街に明かりを灯そう(2)
「と、こんな感じなんですがフィーナさんはどう思いますか?」
フィーナにもヴァンにしたのと同様の説明を行い、エリスは彼女の意見を仰ぐ。
「確かにこの方法なら私たちが現在抱えている問題の多くは解決しそうです。それにしてもよくこんな鉱物の存在をエリスさんは知っていましたね」
「えっと、和平成立以降は徐々に魔族との交流も始まっていますからね。魔道具を扱うものとして彼らがもつ技術に関する情報には目を光らせてたんです」
フィーナの質問にエリスは内心冷や汗ものだったが、平然を装いながら適当なことをいってごまかす。
「商売人にとってはそういった情報は生命線ですよね。ところで、そもそもこの伝送線自体を輸入することはできないのですか?」
それなら開発コストも押さえられるのでは、と疑問を投げかけるフィーナに、エリスは首を振って答える。
「魔界では空気そのものに多量の魔力が含まれているので、そもそも魔鉱炉を使う必要がないそうです。そのため王都式の魔道具が主流で、伝送線のようなものは開発されてないんじゃないでしょうか」
「となるとやはり原料を輸入してこちらで加工するしかないわけですか」
ふむ、とフィーナはそれを聞いて少しの間考え込む。
「やはり問題なのは予算でしょうね。エリスさんの計算通りなら予算内に収まりそうですけど、この予算案は伝送線の開発でつまずかない事が前提となっています」
ですが、恐らくそう簡単にはいかないのではないでしょうか、とフィーナが続ける。
「この伝送線、鉱物の割合が端から端までなるべく均等になるよう混ぜ込まないと、伝送率は落ちてしまいますよね。あと、鉱物をどれくらいの率で混ぜ込むのが最適なのかなど、いろいろ実験を行わなければいけません。そうすると開発コストの部分は、エリスさんの案の倍はかかるんじゃないかと思います」
そのあたりはエリスも懸念していたところで、魔界の技術力なら簡単に作れそうではあるのだが、人間界だとどうなのかはさすがに把握できなかった。
技術部長であるフィーナがいう以上、開発にかかる予算の見積もりは彼女の方に軍配があがるだろう。
「とはいえ、これ以上の案が出てくるとは思えません。……というわけでギルド長、私が何を言いたいのかはお分かりですね?」
フィーナはエリスに向けていた視線をヴァンへ移して、ニコリと微笑んだ。
「はぁー……。わかったよ、前案ほど無茶な金額じゃないからな。俺が国王に話をつけてこよう」
大きなため息をつき、またあいつに借りが増えちまうなとヴァンが一人ごちる。
「ありがとうございましたエリスさん。元々、この予算ではどうあがいても厳しいという話が技術部内で出てましてね。ギルド長には予算をもっと確保してくれって前から頼んでいたんです」
「簡単に言うけどな、今は王国全体で資金不足だからそう簡単に引っ張ってこれないんだよ。ま、そういう事情もあってエリスに協力を頼んだんだけどな。とりあえず今回は助かった、あとでうちの職員に報酬は届けさせておく」
そのことについてなんですけど、とヴァンの言葉にエリスが反応した。
「今回の報酬の他に、伝送線についての開発データを頂きたいんです。私も原案者として気になるので」
「えぇ、構いませんよ。実用レベルの物が出来次第、そちらにデータを送らさせていただきます」
フィーナから承諾をもらい、エリスはありがとうございますと頭をさげる。
「んじゃ、今日はお開きだな。どうだエリス、久しぶりに一杯飲んでくか?」
もちろん俺がおごるぜというヴァンの申し出に、エリスはにやりと笑う。
「さすがヴァンさん、太っ腹ですね! フィーナさんも一緒に行きましょうか」
「え、いやあの私はこれから今回の件をまとめないと」
「まぁまぁフィーナ。そう言わずにたまには付き合えよ。ギルド長命令だぞ」
それ職権濫用ですよ!と抗議するフィーナをまぁまぁと宥めながら、エリスとヴァンは彼女を引きずり未だ賑わっている冒険者ギルド内の酒場へと向かった。
「どうしましたヴァンさん、顔赤いですよ」
「うるせえ酒が回ってるだけだ。お前もこめかみひくついてんぞ」
「あんまりヴァンさんが張り合いないから、ちょっと頭の体操していただけですよ」
剣呑な雰囲気を醸し出す二人を、ぐるりと囲みながら多くの冒険者が固唾をのんで見守っている。
二人はテーブルを挟んで座り、がっしりとお互いの手を握りながらにらみ合っていた。
「大体、こんなか弱い女の子に本気出して恥ずかしくないんですか?」
「どこがか弱いんだよ、お前今無敗じゃねえか」
よく見ると握り合った手には血管が浮かび上がり、相当な力が入っていることが伺える。
「す、すげえ、もうかれこれ30分はあのまんまだぞ……」
「微動だにしねえもんな。というかヴァンとやりあって張り合えるあの姉ちゃんは何もんだよ」
観戦者達も驚きを隠せない様子で二人を見ていた。
そもそもどうしてこうなった方というと、始まりは一人の冒険者がヴァンから酒をおごってもらっていたエリスに声をかけた事がきっかけだった。
「なぁなぁ、魔道具屋の姉ちゃん。そんなむさいおっさんと飲んでないでこっちで一緒に飲まないか?」
「おい、誰がむさいおっさんか言ってみろ。ギルド証剥奪すんぞ」
ヴァンも酔っ払ってるため、声をかけてきた冒険者ににじり寄る。
「うるせーぞヴァン! お前ばっかりそんな美人に酌してもらってよ!」
まけじと迫る冒険者に、まぁまぁとエリスが間にはいった。
「そうですね、私と腕相撲をして勝ったらお酌くらいいくらでもしてあげますよ。その代わり、私が買ったらご飯おごってください」
そういってエリスは魔王時代に培った魔性の笑みをもって男を誘惑する。
「ほ、本当か! よし、俺の本気をみせてやる!」
まんまとひっかかったその彼は、エリスの前に座るとその腕を差し出した。
「それじゃあ行きますよ」
その腕にそっと自分の手を重ねたエリスは、にこやかに勝負の開始を告げる。
「ふんっ……! あれ……?」
女性相手に大人気なく本気を出したその男だったが、エリスの腕はぴくりともしない。
「では、こちらの番ですね。すいません、このフィレ魚のソテーください!」
エリスは一瞬で冒険者の腕をテーブルの上にたたきつけ、そのまま料理の注文をした。
「ごちそうさまです」
てへ、と舌をだして笑うエリスに、成り行きを見ていた冒険者たちから歓声が上がる。
「おう、姉ちゃん次は俺だ。もちろん飯はおごるぜ」
するとすぐに次の挑戦者がエリスの前に立ちはだかった。
もちろんエリスは笑顔で挑戦を受け、再び手を重ねあう。
三十分後、そこには目の前に大量に並べられた料理を幸せそうに頬張るエリスと、敗北を喫した男たちの集団が出来上がっていた。
「お前らだらしねえなぁ。それでも王国一のギルド所属の冒険者かぁ?」
酒を見ながら観戦していたヴァンがそう言って煽ると、まわりからブーブーと避難の声が上がる。
「そこまで言うならお前も挑戦しろよヴァン!」
「そうだそうだ!さっきから酒飲んでるだけのくせによ!」
その言葉をまってましたとばかりにヴァンはふっと笑みを浮かべ、エリスの前に座った。
「ふふふ、私に勝てると思ってるんですかヴァンさん」
食べる手を止め、エリスは目の前のヴァンに不敵に笑いかける。
「おいおい、俺をなめてもらっちゃあ困るな。人類の最終兵器と呼ばれた、このヴァンさまをなぁ!」
そう言ってかっと目を見開き、どすんとテーブルの上に手を置いた。
「いいぞやっちまえヴァン!」
「男の意地を見せてやれ!」
先ほどまでの非難はどこへやら、ギルド内はヴァンへの声援で溢れかえる。
そしてエリスも今までとは違う真剣な表情でヴァンの手を握り、お互い戦闘準備を済ませた。
「「勝負開始!」」
二人の声が重なり、戦いの火蓋が切って落とされる。
お互い一歩も譲らず、ぴくりとも動かない両者の腕に、大歓声があがった。
「あの、すいません。ノワールという喫茶店にゾルという方がいらっしゃるので、呼んできてはもらえないでしょうか。はい、彼女の保護者らしいので」
一方その頃、収集がつかなくなった酒場内を尻目に、フィーナはヴァンから聞いていたエリスの保護者を呼んでくるよう、職員に頼みこんでいた。
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