町の治安向上目指して(2)
「で、具体的に私は何をすればいいんですか?」
エリスの問いかけにヴァンはおうと答える。
「頼みたいのは人間界用の街灯の開発だ。たしか魔界の街灯ってのは空気に含まれる魔力を元に動作してるんだよな?」
「そうですね。でもあれは人間界では動きませんよ?街灯程度ならそんなに魔力は使わないとはいえ、魔界の空気には多量の魔力量が含まれているからできた技術ですから」
魔界の街灯はエリスも開発に携わっていたので、その仕組みは大体理解していた。
こちらの空気にも微量の魔力は含まれているが魔界とは比べるまでもないので人間界では動作しない。
「わかってる。その対策として街灯の他にもう一つ、施設を建てることになっているんだ」
そういうとヴァンは懐から一枚の計画書を取り出した。
「……なるほど、魔鉱炉ですか」
エリスがその計画書に目を通し、納得したように頷く。
魔鉱とよばれる魔力を含んだ石を炉にくべることで、純度の高い魔力を取り出す技術が人間界にはある。
王都ではこの技術を使って、街中に魔力をエネルギー源にして動作する施設も建設されていた。
「ただ、魔鉱炉は制御が難しい。王都並みに大規模な魔鉱炉を作れるなら街灯くらいいくらでも作れるんだが、うちの街にはそこまでの資金力はないしな。で、お前さんに何かいい案はないか聞きたいんだ」
「王都では魔鉱炉で生成した魔力を空気中に放出して、擬似的に魔界のような空気を生み出してるんでしたね」
確かにその方法なら魔界式の街灯や他にもいくつかの施設を導入できるが、街の規模的にもあまり現実的ではない。
すこし考えた後、エリスはふむと何か思いついたように頷く。
「その方式は無駄が多すぎます。わかりました、こちらでちょっと案をまとめてみますね」
「お、本当か!ぜひよろしく頼む、一応今回使える費用や、現時点できまっている計画をまとめたものはそこの封筒の中に全部入ってるから好きに読んでくれ」
「ありがとうございます。それではある程度固まったらギルドの方へ直接出向きますので、取次をお願いしますね。だいたい三日くらいはかかると思いますので」
エリスの申し出に、ヴァンは本当に助かると頭を下げる。
「それじゃあ、俺はこの後ちょっと仕事があるんでそろそろお暇させてもらう。ギルドに来るときは俺の名前をだしてくれれば大丈夫だ」
そういって店をでていくヴァンを見送った後、エリスは置いていかれた書類をじっくりと読みこんでいく。
「こんな大層な仕事、引き受けてしまって大丈夫なのか?」
「まぁちょっと難しいですが、やりようはあります」
ゾルは魔道具に関してはさっぱりなので、今回は力になることができない。
だがこういうときは、エリスから話を聞いてやることが一番助けになるということは、魔王城での経験からよく知っていた。
本人曰く、人に話してると自分の頭の中が整理されるので案がまとまりやすいらしい。
「魔鉱石は、加熱によって魔力を取り出されるという性質がもっとも有名です。けれど、あの鉱石の本当の価値は、魔力を蓄積できるという所です」
エリスはごそごそと、店の裏から在庫にあったとある鉱石をとりだす。
「しかし、蓄えた魔力を取り出すためには加熱が必要。それが足枷となって、今主流の方法が空気中に放出するなんていうもったいない使われ方をしているわけです」
コロコロと手に持った鉱石を弄びながら、淡々と話を続ける。
「抽出と蓄積が自由にできるならば、そんな方法を使わずにすむんですよ。そう考えて魔王城にいたときにちょっとどうにかできないか色々やってた時期がありまして」
魔王城幹部には大体脳筋と認識されていたエリスだったが、戦闘力以外にも魔道具の開発においては魔族軍の主力を張るレベルだった。
そういった経緯もあって魔道具店を開いたのだが、致命的に経営能力がなかったためこっちにきてからその才能は一切使われていない。
「で、まぁさすがに成功はしなかったんですけど、副産物としてちょっと面白いものができたんですよ」
それがこれです、と手に持っていた鉱石を机の上に置く。
「この鉱石は、魔鉱石のように魔力を溜め込みますが、溜め込んでいられる量も、時間も魔鉱石とは比にならないほど少ないです。そのかわり、魔力の吸収率は魔鉱石よりも高い」
ゾルに対して話してはいるが、エリスの目は宙を向いている。
こういうときのエリスは、大体頭の中でいろいろな思考が渦巻いているときだ。
「例えばこれを粉末状にして扱いやすくて安価な銅みたいな金属に混ぜ、それを紐状にでも加工します。そこに魔力を流し込むと、蓄積と放出を短期間に繰り返すんです」
そしてこの鉱石の特性はもう一つ、とエリスが付け加える。
「この鉱石は魔力を放出している間はあたらしく魔力を蓄積することができません。以上をふまえ、何ができるかというとですね!」
いままで抑揚のない声で淡々と呟いていたエリスは、案がまとまったとばかりに目を輝かせて立ち上がり、ゾルに向かってびしっと指を突きつけた。
「魔力の伝送線を作れるわけですよ! 放出された魔力は空気に溶け込むより早く、魔力を放出していない、もしくは放出し終えた鉱石に吸収されていきますから、魔力はどんどん移動していくわけです」
「それを使って、魔鉱炉から街灯まで魔力を送ると?」
ですです、とエリスは得意げに頷く。
相変わらず何も口出ししていないのに勝手に話を着地させたエリスだったが、魔王城でも技術開発の時はそんな感じだったので今更ゾルは気にしない。
「まぁ欠点もいろいろありますけどね、とりあえずこれでヴァンさんには話を持って行きましょう」
久しぶりに燃えてきましたよー! とエリスはやる気満々で資料の作成に取り組み始めた。