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ゾルの人生相談室、一人目!

穏やかな午後の昼下がり。

ノワールを外套とフードで顔を隠した一人の客が訪ねてきていた。


「あの、予約していたユリアですけど」

「あぁ、承っている。他の客もいないし、エリスは外に使いに出して当分帰ってこないから入ってきて大丈夫だ」


ゾルがそう言うと、ほっと一息ついて店に入り外套を脱ぎ去る。

高位の神官の証である礼装と、美しい銀の髪が特徴的なその少女は、席に着くなりどんと机に頭をうちつける。


「ゾル、ブラッドティアーをください。ストレートで」

「どうぞ。聖女様が真昼間から呑んだくれてるなんて知ったら信者たちが泣きそうだな」


ユリアは机に上半身を投げ出したまま顔だけあげて、差し出された血のように赤い酒を一気に煽った。


「はぁ……これですよこれ、私いま、生きてる、って感じがします……。おかわり」


ノワールに置いてある中でも一番強い酒を一気に飲み干し、顔を真っ赤にしながらグラスをゾルに返す。


「無理して倒れるなよ」


空いたグラスに新しい酒を注ぎながらゾルが忠告するが、ユリアは大丈夫大丈夫と手をひらひらと振って返した。


「私を誰だと思ってるんですか。聖女様ですよ? アルコール程度私のキュアでどうとでもなります」


呑んだくれ聖女相手に、これ以上何を言っても無駄だと判断したゾルは、無言でユリアに酒を差し出す。


「というか、何度も言うがここは喫茶店なので酒を飲むなら酒場に行って欲しいんだが」

「仕方ないじゃないですか。私有名人ですし。その辺で呑んだらすぐ教会にばれちゃいます」


ユリアは幸せそうに酒を飲みながらだらしない表情を浮かべ、そんなことをのたまう。


「それに、今日はゾルに愚痴に付き合ってもらおうと思ってきたんです。愚痴に紅茶は似合わないでしょう?」


それをきいてゾルは露骨に嫌そうな顔をするが、ユリアはお構い無しに語り始めた。


「ゾルも聞いてますね、あの二人が結婚することは。全く、私を差し置いて二人だけ幸せになるなんて……。挙げ句の果てにリナは、『次はユリアとクルツの番ね!』とか言ってきますし。思わず全力で呪いをかけるところでしたよ」


聖女らしくない物騒な言葉を、虚ろな目で口走るユリアは、ゾルの目から見ても非常に怖い。


「まぁあいつらとしてはある意味当然のことを言ったんじゃないか?お前と勇者はそういう仲だと思っているんだろうし」


そのゾルの言葉を聞いて、ユリアはバン!と机を叩く。


「そう、それです! 本当はそうなるはずだったのに、あの女狐が!」


しまった、地雷を踏んだとゾルが後悔した時にはすでにおそく、激昂したユリアは力強く拳を握って立ち上がった。


「私の憎き宿敵魔王……! 人間界の平穏だけじゃ飽き足らず、私の想い人まで奪うなんて……!」


憎悪に燃えるユリアの瞳は、決して聖職者の物ではない。

こんなのが女神の生まれ変わりだとか、慈愛に満ちた聖女だとか言われてるんだから人間界は恐ろしいとゾルはドス黒いオーラを纏うユリアを眺める。


「エリスにそんなつもりはない、というかあいつがそんなものに興味があるとは思えんがな」

「あの腐れ魔王にその気があるかどうかなんてのはどうでもいいです。問題はクルツが惚れ込んでしまったということ。きっと彼自身は気がついてないんでしょうけど、ずっと旅を共にしてきた私にはわかります」


忌々しそうにそう呟くと、グラスに残った酒を飲み干し、無言でゾルへと押し付けた。

ゾルはそれを受け取り、酒を注いでユリアへと手渡す。

再びぐいっと酒を喉奥へ流し込んだユリアは、項垂れて光の灯っていない瞳でブツブツと怨嗟の言葉を撒き散らしていく。


「わかりますか、魔王に想い人を寝取られる気持ちが。甲斐がいしくクルツに尽くし、共に苦難を乗り越え、この戦いが終わったあとは二人で幸せな家庭を気付くんだと夢見ていたというのに、それを怨敵に最悪の形で壊された私の気持ちが!!!」

「ま、まぁ同情はする……。というか、そこまで想っているなら勇者が自分の気持ちに気がつく前に手中におさめてしまえばいいだろうに」


そんなゾルの提案に、ユリアはふっと嘲るような笑みを浮かべる。


「やろうとしましたよそんなもの。でもあの鈍感男、何やっても私の気持ちになんて気がつかないんです。真正面から好きだといっても、『僕も好きだよ、君はかけがいのない僕の大切な仲間だ』とか言ってきますし。いやそれはそれで嬉しいんですけど、そういうことではなくて」


まぁあの男ならありそうだな、と妙に納得してしまうゾルを尻目に、ユリアはぶつぶつと愚痴を続けていく。


「いっそ夜這いでもしかけようかとおもったんですけどね。私一応立場的には聖女ですし、そんなことしたのがばれたらただじゃすまないからそれも厳しい。あともし夜這いして拒絶でもされたら身投げしかねない」


面倒臭い奴だなと言いたくなる気持ちを必死にこらえ、ゾルはそうかそうかとユリアをなだめる。


「相手が魔王じゃなければさくっと殺ってしまえばいいんですけど、相手はあのエリス。反則級の相手じゃないですか、どうあがいても私が勝てる気がしません」


ユリアも聖職者としての実力は相当なもので、かつてゾルと一対一でやりあって引き分けにまで持ち込んだほどだ。

しかし、魔族の中でも規格外のエリス相手ではさすがに手も足も出ないだろう。


「だから思ったんです。いつまでも実らない恋をひきずるより、私を幸せにしてくれる人を探すべきだって。でも、表向き魔王を討伐したことで聖女としての立場を得てしまった私に、言い寄ってきてくる人なんて誰もいませんし! というか、勇者と私がそういう仲だって大半の人が思ってるから私から声をかけてもみんな逃げていく!」


そこまで言うとドン!っとグラスを机にたたきつけ、その衝撃で飛び散った中の酒がユリアの顔に直撃した。


「私は一体、どうすればいいっていうの!!」


そんなことはお構い無しにゾルに向かって叫ぶユリアの目下には、かかった酒が血の涙のように流れていた。


「そこに、リナ達の結婚話ですよ。私、本当にこのままだと世界を呪い始めそうです」


実力ある聖職者が言うと本当に洒落にならないことをのたまうユリアに、ゾルはそっと温めた紅茶をだす。


「何、まだ諦めるような年でもなかろう。いざとなったら聖女なんて放り出してしまえばいい。いっそ魔界にでもいってみたらどうだ?」


半分冗談のつもりで言ったゾルだったが、ユリアは紅茶をすすりながらゾルの言った言葉を反芻する。


「魔界、魔界かぁ……。私をもらってくれる人がいるなら、魔界もありかなぁ……。はぁ、紅茶あったかい……」


紅茶を飲み干したユリアは、固まったまま静かにぽろぽろと涙を溢しはじめた。

もういい加減相手をするのが疲れてきたゾルは、さっさとエリスが戻ってきてくれないかと思いながら、とどまる事のないユリアの愚痴を日が暮れるまで聴き続けた。


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