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魔道具喫茶ノワール

「いやぁ、平和ですねぇ」

「元魔王が言うセリフとはとてもじゃないが思えんな」


 カウンターに突っ伏しながら、のんびりとそんなことを口走る女に、食器を洗う手はとめず大柄な男が呆れたように物を言う。


「最初から私に魔王なんて向いてなかったんですって。平和が一番ですよやっぱり」

「お前が魔王に向いていたかはさておき、せめて営業時間くらいはもうすこししゃきっとしたらどうだ?」


 腰まで伸びた赤みがかった黒髪と、澄み切った黒の瞳が特徴的なその女は、体は机に預けたまま男の方へと顔を向けた。


「大丈夫ですよ、どうせお客なんてきませんし」

「店の経営は全然大丈夫じゃないのだがな……」


 そうため息をつきながら男は帳簿を投げつける。

 

「あいたっ!ちょっとゾルさん、やっていいことと悪いことがあるんですよ!いたいけな乙女に帳簿と現実を投げつけるなんてなんと鬼畜な」

「誰がいたいけな乙女だ。見た目はともかく実年齢は俺より上だろうに」


 ゾルと呼ばれた男がそう言うと、首筋にぴたりと冷たい物が当てられた。


「これ以上年齢の話をするならば首と胴体を永遠にお別れさせますよ?」


 にこやかに笑う女性の手にはいつの魔にか禍々しい装飾が施された剣が握られている。


「さっき平和が一番とか言っていたのはどこのどいつだったか……。というかエリス、お前絶対に客前で魔剣なんてだすなよ」

「出しませんよゾルさんは私をなんだと思ってるんですか」

「魔剣を首に当てて脅しをかけてくる女だが」


 エリスはジロリとゾルを睨みつけると、ふんと鼻息をもらしながら魔剣を持つ腕をふるう。

すると魔剣は霧のように空中へと溶け込んでいった。


「大体暇なら魔道具の整備でもしたらどうだ。喫茶の方は俺だけで十分だから」

「もう大体やりましたよ。ここ最近は何も売れてないので商品の補充も必要ありませんしね」

「……まぁ、昔に比べれば魔道具の需要も減ってしまったしな」

「平和になったのはいいことなんですけどねぇ……」


 魔王と勇者の争いは勇者側の勝利で決着がつき、現在魔族軍は「表向きは」人間の支配下にある。

そのため、人間界の治安は急激に上昇し、魔道具のような物騒な品物の需要は右肩下がりで落ち込んでいっている。


「少なくとも魔王城での暮らしは明日の食事は気にしなくてよかったという点では気楽だったな」

「あそこに戻りたいとは思いませんけどね……。もう毎日のしかかる重圧とストレスでお腹が痛くてご飯どころじゃなかったですし」


 げんなりとした表情でエリスは嫌な記憶を振り払うように頭を振る。


「あの頃に比べたら今は幸せですよ。……ちょっとまってください、今明日の食事の心配っていいました?え、今月そこまでやばいんですか?」


 ぎょっとした様子で先ほど投げつけられた帳簿を開いて確認し、みるみるエリスの顔から血の気が引いていく。


 チリンチリン。


 エリスが真っ青になるのと同時に、店内に来客を告げる鐘がなった。


「おや、お客様のようだぞ」


 ゾルの言葉にはっとしたエリスは慌てて佇まいをなおし、営業スマイルを浮かべる。


「ようこそ魔道具喫茶ノワールへ。お食事ですか?それとも魔道具をお探しですか?」

「えっと、魔法使い用の杖を探してるんですけど……」


 店の中に入ってきたのは気弱そうな少女だった。

黒いローブにとんがり帽子と、魔女の正装をしていることから、魔術師系の冒険者のようだ。


「はい、杖ですね。各種取り揃えていますよ。何かご希望はありますか?」

「実は、私今日から冒険者デビューで、何を買えばいいのかわからないんです」


 それをきいたエリスが、ぱぁっと顔を輝かせる。

 

「まぁ!それじゃあ私のお店で最初の杖を買っていただけるんですね。それはとても光栄です。となると、そうですねぇ……」


 エリスは一瞬思考を巡らせ、店の奥から水晶のような物を持ってきた。


「あなたのお名前を教えていただいてもいいですか?」

「あ、はい。私はミラ・アルベールと言います。」


 ふむふむとうなずいてエリスは水晶を机の上へ置き、その上に手を置くように促す。


「全知の水晶よ。ミラ・アルベールに眠る力を映し出せ」


 エリスがそう言うと、水晶に光り輝く文字が浮かび上がった。


「す、すごい……!なんですかこれ」

「まぁちょっとした適正診断みたいなものですよ。これであなたにあった杖を選んであげられます」

「魔族軍の秘宝も今やただの適正診断器か」


 魔族軍?と首をかしげるミラに気にしないでと言いながらエリスはゾルを睨みつける。


「ふむ、あなたは随分魔力量が多いようですね。じゃあこの杖とかどうでしょう」


 そういってエリスは光に反射して淡く紅く輝く一本の杖を取り出した。


「これは火蜥蜴の杖。普通の杖よりも消費する魔力は多くなるんですけど、その代わり高威力の魔法を放てます」

「わ、綺麗……。で、でも私普通の杖を買おうと思っていたからいまこれしかお金持っていなくて……」


 申し訳なさそうに懐から金貨が入った袋を取り出す。

確かに、これではこの店で一番安い杖を買うのが精一杯だろう。


「うん、じゃあこれでいいですよ。少しだけオマケしてあげます。その代わり、これからもこのお店をよろしくおねがいしますね」


 そういわれるとミラは、満面の笑みを浮かべて嬉しそうに自分のものとなった杖を抱きしめる。


「ありがとうございます!絶対またきますね!」


 元気良く店をでていくミラを見送り、満足そうに戻ってきたエリスにゾルははぁとため息をつく。

 

「満足そうなのは結構だが、値引きをしている余裕はうちにはないと思うのだが」

「い、いいじゃないですか。初めての杖を買ってもらえるのはお店としてとても名誉なことなんですよ?ちょっとくらい奮発したって」

「まぁ俺は構わんがな。もう来月分の食費は確保したしひもじい思いをしたければ一人でするがいい」

「あぁ!そう言うこというんですか!私たちは運命共同体でしょう?ひもじい思いをするなら一緒に、美味しい思いもするのも一緒です!」

「そう言うことは一度でいいから俺より稼いでから言ってくれないか」


 魔道具喫茶ノワール。

人間界で元魔王と元側近が経営する不思議な店は、今日も平和に人々が寝静まるまで喧騒を続けるのだった。

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