女性部門 2位:一之瀬 葉
女性部門 2位:一之瀬 葉(得票数14票)
「うう……何故、私が……」
賽ノ地の羅刹狩りに着任してすぐ、上司である烏ノ介様と共に町の探索も兼ねて買い物へ出かけた。『烏組』の連中は自由で、あまり物事に頓着しないし、そもそも一所にじっとしていない。部屋で荷物の片づけをしていた私を烏ノ介様が買い物の連れに指名したのは仕方がなかった。
途中、町で評判だという団子屋に寄った。
まではよかった。
後から入ってきた二人組の少女と、幼い女の子が私と烏ノ介様が座っていた机で相席となった。
それも別によかった。
幼い女の子が団子を欲しがった。
そのあたりから不穏な方向へ向かっていた。
なんと烏ノ介様は残っていた私の分のお団子をその幼い子に差し出してしまったのだ。
まあ、ここまでは許そう……幼い子相手に怒るわけにもいかない。怒るとすれば勝手に私の分を差し出した烏ノ介様に怒るべきだが、そんな事は恐ろしくて出来やしない。
だが、その直後に烏ノ介様はなんと、私にすべての買い物を任せて立ち去ってしまったのだ。
大きな風呂敷包みを抱え、何とか買い物を済ませたもののすぐには帰る気にならず、こうして河原で気を紛らわしているのだった。
「……烏ノ介さまが冷たい……いったいあの人は、何を考えているのだろうか……」
河原に座り込み、ぶちぶちと草を抜きながら川面を睨み付ける。睨み付けている訳でないのだが、目つきが悪いせいで睨み付けているように見えるらしい。
と、その時、私に声をかける人影があった。
「こんにちは!」
ぱっと見ると、青々とした草の中でひときわ目立つ向日葵色。背は低く幼い雰囲気だが、長い刀を差している。何より、人影のないこんな場所にいるのだ。
おそらく、盗賊の一味だ。
「何奴?!」
私はとっさに置いていた槍を手にしていた。
完全に不意打ちだったはずだが、そいつはすさまじい反射神経を発揮してその切っ先から身を逸らした。
十代も半ばに届かないくらいの年の少年だ。癖のある飴色の髪は短く、広く出たデコが余計に幼く見せている。向日葵色の上着を翻し、背に負っていた長い刀を抜き放った。
させるか。
構える前に槍の返しざま、突きを放つ。
ところが。
「うわっ!」
確実に脳天を貫くはずだった攻撃は、横から凄まじい力で弾かれた。思わず槍を取り落しそうになり、握りなおした。
今の一撃で手がしびれている。
とても、見た目通りの力ではない。
この派手な色の衣、まさか――
過去の景色と感情が舞い戻りそうになり、唇を噛みしめた。
その少年は大きく上段に振りかぶると、思い切り突っ込んできた。
下手をすればこちらがやられる。
槍を大きく回転させて勢いづけ、何とかその一撃をかわす。
さらに襲い来る攻撃は、身をひねってなんとか避けた。上着の裾が刀に触れて、弾けるようにぱっと散った。
思わず舌打ちが漏れる。
強い。
一度距離を置くしかない。このままでは倒す糸口が見えない。まるでヤツらを相手にした時のようだ。
嫌な予感が渦を巻く。
「その年で……とても一介の盗賊とは思えんな。よもやその強さ……羅刹族、か……?」
その種族名を口にしたとたん、自分の胸の中にぐわっと黒い感情が広がったのを感じた。押し込めていたはずの過去が再び熱を持って溢れ出し、胸の内を支配した。
膨れ上がるどす黒い感情。
槍を握る手が震える。
その感情を吐き出すように、呟いた。
「羅刹は、嫌いだ」
口にすれば少しは楽になる気がする。実際は、気がするだけで本当に楽になったりはしないのだが。
それでも、私は何度もくりかえす。
「羅刹族など、滅びればいいっ……」
声にする事がこの救いのない世界への精一杯の抵抗なのだ。
目の前にいるこの少年が、ヒト族を越えた強さを持っているのは確実だ。羅刹族だとしても、幼い今ならまだ私の手でも――
と思って目の前の少年に視線を戻すと、少年は手にしていた長刀を肩に担いでいた。とんとん、と足で拍を取りながらこちらを見ている。
その表情は、先ほどと一変していた。
少年らしい快活な雰囲気を纏っていたはずが、だらりと体の力を抜き、口元に笑みをたたえている。しっかりと両手で握っていたはずの刀を片手で軽々と振り回す。
空気が変わった。
夏らしいむっとするような雨上がりの風が、一気に冷えたような気がした。
「いったい、何の真似だ?」
それでも私は、槍を突き付ける。
この少年から感じる得体の知れない恐怖を押し殺すように。
少年は返答をしなかった。ただ、とんとん、と地面を数度、蹴った。それだけだった。
次の瞬間、背後から殺気を感じた。
先ほどまでの攻撃とは全く違う!
振り返っている暇はない。勘だけで武器を振り回し、初撃を防いだ。
「くっ……」
両腕に凄まじい衝撃が加わる。左腕に焼けるような痛みが走った。
斬撃を逸らしたものの、かすったらしい。
らしい、という事しか分からないほどに攻撃が速い。
距離を置こうと後ろへ跳ぶが、少しも距離を取れる気がしない。
嵐のような攻撃が覆いかぶさってきた。
いかん、このままでは――
と思った瞬間、目の前に黒い影が飛び込んできた。
何が起きたかはわからない。
が、翻っていた向日葵色の上着はぱさりと地面に落ち、周囲を満たしていた物騒な殺気は跡形もなく消え去っていた。
左手で扇子をかざし、反対の手で槍の柄を抑えるようにして、上司の烏ノ介様が立っていた。手先まで隠す黒衣に、千鳥格子の肩掛け。その顔に映る表情が何なのか、私には判別できない。
肌を露出せず、心の内も見せない人だ。
「駄目ですよ、葉。自分の力量に合う相手かどうか、きちんと最初に確認しないと」
扇子で口元を隠し、目を細めてにこりと笑う。それが笑みなのかもわからない。
「彼と出会うにはまだ早いのですよ。『お話』はまだ始まっていない」
そして烏ノ介様は地に倒れ伏した少年を見下ろした。
「大丈夫。いずれ、必ず相対することになりますから」
「烏ノ介様……?」
言葉の意味が分からない。
しかし、問うたところでこの人は答えてなどくれはしないだろう。
「それより葉、買い物を頼んでいたはずだけれど、何故こんな場所で少年と争っているのですか?」
にこにこ、と微笑みながら尋ねられ、はっとした。
河原でいじけていたとは言えない。
ぱっと目を逸らしたが、無言の圧力を感じる。逃れられない。
だらだらと汗を流していると、ぱちん、と扇子の閉じる音がした。
「言い訳は詰所で聞きましょうか」
ひぃ!
私の心のうちなどお見通しだろうに、烏ノ介様はにこにこと笑った。
買い物の包みを抱え直して烏ノ介様の後を追いながらちらりと振り返ると、向日葵色の少年の傍に、同じ年ごろの少女が駆け寄っていくのが見えた。
あの少年は、いったい何者だったのだろう。
最初はただの盗賊かと思いきや、突如として急変した。あの力、あの速度、まぎれもなく、我々羅刹狩り集団『烏組』が相手にしている羅刹どもに勝るとも劣らぬ能力だった。
まさか本当に――
そこまで考えたところで視線を感じる。
少し前を歩いていた烏ノ介様が振り返ってこちらを見ていた。
「葉。余計な事を考えていないで、戻りますよ?」
ばれている。
私は余計な思考を打ち捨てて、重い荷物を抱えたまま駆けた。